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幕間 「ミリア・サンフラワー1」
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ミリア・サンフラワーは勝利を得たが、その快感に酔いしれてはいなかった。
むしろ、得体の知れない不快感に歯噛みをしたい気持ちだった。
目の前には、激しく傷つきながらも、どこか満足そうな顔で永遠の眠りについた二人の男ーかつてローズウッド伯爵とその執事だったーが倒れ伏していた。
二人の腕前はミリアの予想以上のもので、数で圧倒したアイアンメイデンにも複数の死傷者が出ていた。
いずれは命を奪うことになると思っていたが、このようなかたちでの最期は正直予想外だった。
「娘とはいえ、どうして誰かのために命を捨てることができるのかしら...」
ミリアに彼らの気持ちはわからなかった。
ましてや肉親ですらない、いわば雇い主にすぎない伯爵に忠義を尽くして死んでいった老執事の気持ちは完全に理解不能だった。
ミリアにとっては、幼い頃から自分が生き延びることが全てだったからだ。
ミリアは辺境の貧しい家に生まれた。
今でこそサンフラワー男爵家の姓を名乗っているが、それは借りものでしかない。
本当の姓はもちろん、両親の顔もまるで覚えてはいない。
故郷が大きな飢饉に襲われた時、実の両親に森へ捨てられたからだ。
ミリアを置いていくときに、母親が泣きながら何か言い訳をしていたような気もするが、記憶には残っていない。
要するに自分は不要だから捨てられた。その事実だけが冷然と彼女の認識を支配していた。
長らく森を彷徨い、虫を食べ、腐り落ちた果実を啜って何とか生き延びようとした。
飢饉の影響は森にも及んでいたから、口に入るものならどんなおぞましいものでも放り込んだ。
そうして数日の間、幽鬼のように森を彷徨ううちに、ぼんやりとした生き物の影のようなものが見えるようになった。ーその影こそが精霊であり、彼らに干渉することで魔力を引き出す才能が自らに備わっていることを知る。
自らの力を自覚した時、ミリアはそれを使って単に生き延びるだけでなく、自分を捨てた両親、ひいてはこの世界に復讐することに決めたのだった。この世の摂理は弱肉強食であり、弱いものはただ惨めに死ぬ他はなく、力あるものが全てを手にする資格がある。彼女の行動原理はいたってシンプルに規定された。
同時に、ミリアは自らの力の源泉である精霊についてもできるだけ情報を集めることにした。それだけが自分を守る術なのだから、詳しく知っておきたかった。各地の伝承を調べるだけでなく、精霊術に詳しいというものがいればわざわざ足を運んで話を聞いたりもした。
この王国を守る遙か古代の伝説、そして精霊王について知ったのは、とある森の奥地に住まう、もはや年齢もわからないような老婆の口からだった。精霊王とその契約者の結界こそがこの国の護国の礎であると知ったとき、彼女の目的は定まった。まずは精霊王をその契約者を探し出し、徹底的に追い込んでこの国を破壊と混乱の渦に追い込んでやるのだ。そうして初めて、ようやく彼女の人生が始まる。
森で捨てられてから幾月も時は流れ、ミリアはすでに美しく成長していた。その頃には精霊への干渉技術を応用し、人の心をもある程度操ることが可能になっていた。子供がいない手頃な田舎貴族の男爵夫婦を籠絡して自らの娘だと思い込ませ、サンフラワー男爵令嬢の立場をやすやすと手に入れた。力さえあれば、生きる糧はかくも容易く手に入るのだと思うと、かつての辛酸の日々はなんだったのか。そう思うこともあった。
社交界に出ると、ミリアは精霊術に加えて、自らの美貌と肢体もまた武器になることを学んだ。わざわざ手間のかかる人身操作よりも、時と場合によってはぐっと簡単に人の心を操れるのだ。ミリアは自分に備わった全ての武器を駆使して、社交界でものし上がっていった。貴族としての立場が強化されれば、出入りできる場所や出会える人間の数が増える。そうすれば、必ず精霊王を見つけることができるに違いないと考えたからだ。
その確信は当たった。とある舞踏会に出席した夜、ミリアはエレナ・ローズウッド伯爵令嬢と出会った。エレナは何も気づいていないようだったが、彼女を守るようにふわふわと浮かぶ小さなドラゴンがいた。それは、外見とは不釣り合いな程に強力な精霊の力を発していたのだ。ミリアがこれまで目にし、使役したどんな精霊よりも強力な力だ。
「なるほど...これが精霊王ってわけね」
ミリアは、エレナの隣に立っている眉目秀麗な男に目をつけた。
どうやらエレナの婚約者のようだったが、二人の間にはまだ多少のぎこちなさが残っているようだ。
時々お互いに頬をほんのり赤らめながら言葉を交わしていた。それを見ているうちに、ミリアは無性に怒りが湧いてきた。
このエレナという女は何の苦労もなく育ち、貴族としての特権を享受して疑うこともない。
自分のように幼くして森に捨てられ、泥を啜って生き延びねばならなかった人間がいるなど想像もしたことがないだろう。その上精霊王に守られ、おそらくは精霊術をも難なく使いこなし、おまけに美しく有力な婚約者までいる。
「この女から、何もかも全部奪ってやるわ」
ミリアは激しく燃えるような心で決意したのだった。
むしろ、得体の知れない不快感に歯噛みをしたい気持ちだった。
目の前には、激しく傷つきながらも、どこか満足そうな顔で永遠の眠りについた二人の男ーかつてローズウッド伯爵とその執事だったーが倒れ伏していた。
二人の腕前はミリアの予想以上のもので、数で圧倒したアイアンメイデンにも複数の死傷者が出ていた。
いずれは命を奪うことになると思っていたが、このようなかたちでの最期は正直予想外だった。
「娘とはいえ、どうして誰かのために命を捨てることができるのかしら...」
ミリアに彼らの気持ちはわからなかった。
ましてや肉親ですらない、いわば雇い主にすぎない伯爵に忠義を尽くして死んでいった老執事の気持ちは完全に理解不能だった。
ミリアにとっては、幼い頃から自分が生き延びることが全てだったからだ。
ミリアは辺境の貧しい家に生まれた。
今でこそサンフラワー男爵家の姓を名乗っているが、それは借りものでしかない。
本当の姓はもちろん、両親の顔もまるで覚えてはいない。
故郷が大きな飢饉に襲われた時、実の両親に森へ捨てられたからだ。
ミリアを置いていくときに、母親が泣きながら何か言い訳をしていたような気もするが、記憶には残っていない。
要するに自分は不要だから捨てられた。その事実だけが冷然と彼女の認識を支配していた。
長らく森を彷徨い、虫を食べ、腐り落ちた果実を啜って何とか生き延びようとした。
飢饉の影響は森にも及んでいたから、口に入るものならどんなおぞましいものでも放り込んだ。
そうして数日の間、幽鬼のように森を彷徨ううちに、ぼんやりとした生き物の影のようなものが見えるようになった。ーその影こそが精霊であり、彼らに干渉することで魔力を引き出す才能が自らに備わっていることを知る。
自らの力を自覚した時、ミリアはそれを使って単に生き延びるだけでなく、自分を捨てた両親、ひいてはこの世界に復讐することに決めたのだった。この世の摂理は弱肉強食であり、弱いものはただ惨めに死ぬ他はなく、力あるものが全てを手にする資格がある。彼女の行動原理はいたってシンプルに規定された。
同時に、ミリアは自らの力の源泉である精霊についてもできるだけ情報を集めることにした。それだけが自分を守る術なのだから、詳しく知っておきたかった。各地の伝承を調べるだけでなく、精霊術に詳しいというものがいればわざわざ足を運んで話を聞いたりもした。
この王国を守る遙か古代の伝説、そして精霊王について知ったのは、とある森の奥地に住まう、もはや年齢もわからないような老婆の口からだった。精霊王とその契約者の結界こそがこの国の護国の礎であると知ったとき、彼女の目的は定まった。まずは精霊王をその契約者を探し出し、徹底的に追い込んでこの国を破壊と混乱の渦に追い込んでやるのだ。そうして初めて、ようやく彼女の人生が始まる。
森で捨てられてから幾月も時は流れ、ミリアはすでに美しく成長していた。その頃には精霊への干渉技術を応用し、人の心をもある程度操ることが可能になっていた。子供がいない手頃な田舎貴族の男爵夫婦を籠絡して自らの娘だと思い込ませ、サンフラワー男爵令嬢の立場をやすやすと手に入れた。力さえあれば、生きる糧はかくも容易く手に入るのだと思うと、かつての辛酸の日々はなんだったのか。そう思うこともあった。
社交界に出ると、ミリアは精霊術に加えて、自らの美貌と肢体もまた武器になることを学んだ。わざわざ手間のかかる人身操作よりも、時と場合によってはぐっと簡単に人の心を操れるのだ。ミリアは自分に備わった全ての武器を駆使して、社交界でものし上がっていった。貴族としての立場が強化されれば、出入りできる場所や出会える人間の数が増える。そうすれば、必ず精霊王を見つけることができるに違いないと考えたからだ。
その確信は当たった。とある舞踏会に出席した夜、ミリアはエレナ・ローズウッド伯爵令嬢と出会った。エレナは何も気づいていないようだったが、彼女を守るようにふわふわと浮かぶ小さなドラゴンがいた。それは、外見とは不釣り合いな程に強力な精霊の力を発していたのだ。ミリアがこれまで目にし、使役したどんな精霊よりも強力な力だ。
「なるほど...これが精霊王ってわけね」
ミリアは、エレナの隣に立っている眉目秀麗な男に目をつけた。
どうやらエレナの婚約者のようだったが、二人の間にはまだ多少のぎこちなさが残っているようだ。
時々お互いに頬をほんのり赤らめながら言葉を交わしていた。それを見ているうちに、ミリアは無性に怒りが湧いてきた。
このエレナという女は何の苦労もなく育ち、貴族としての特権を享受して疑うこともない。
自分のように幼くして森に捨てられ、泥を啜って生き延びねばならなかった人間がいるなど想像もしたことがないだろう。その上精霊王に守られ、おそらくは精霊術をも難なく使いこなし、おまけに美しく有力な婚約者までいる。
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ミリアは激しく燃えるような心で決意したのだった。
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