【完結】悪役令嬢のスローライフ

きゅちゃん

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春祭りの誓い

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銀風の谷に春祭りの朝が訪れた。村の広場には色とりどりの旗が翻り、出店が立ち並ぶ。エレノアは館を出る前に、窓から谷の景色を一望した。緑鮮やかな春の陽光に包まれた領地の美しさに、彼女は改めて心を奪われる。

「お嬢様、お支度はよろしいですか?」マリーが声をかけた。

「ええ」エレノアは首にグランツェント家の紋章が入った銀のペンダントをつけた。「領主として、きちんとした装いで参加しなければね」

村へと向かう道すがら、エレノアはセバスチャンから春祭りの歴史を聞いていた。

「この祭りは谷の守護者に感謝と豊穣を祈る儀式だったそうです。しかし、歴代の領主は参加されませんでした」

エレノアは静かに頷いた。「今日でそのろくでもない伝統に終止符が打たれるってわけね」

村に到着すると、オスカーが出迎えた。「レディ・エレノア、ようこそ。領主様がお越しくださるのは、祭りの歴史で初めてのことです」

村人たちが次々と彼女に挨拶する。かつての遠慮がちな態度はなく、温かな笑顔で迎えられる。嵐の夜の出来事が、村との距離を一気に縮めたのだろう。

「エレノアお姉様!」リリアンが駆け寄ってきた。彼女は花冠を手に持っている。「これ、お姉様のために作りました」

エレノアは屈んで花冠を受け取り、頭に載せた。「ありがとう。とても素敵よ」

「お姉様に似合うお花を選んだの!」リリアンは目を輝かせた。

祭りは賑やかに始まった。村人たちによる踊りや歌、子供たちの劇、そして腕自慢の料理の数々。エレノアは見るもの食べるものすべてに新鮮な感動を覚えた。

昼過ぎ、祭りのハイライトである「銀風の儀式」が始まる。村の長老が広場中央に立ち、村人たちが輪になって座った。

「銀風の谷に春の訪れを告げ、豊かな恵みを祈る時が来ました」長老の声が響く。「今年は特別な春祭りとなりました。真の領主が私たちと共におられます」

エレノアは招かれるままに輪の中央へ進み出た。長老から小さな銀の杯を受け取る。中には、彼女が提供した蜂蜜が入っていた。

「古からの言い伝えによれば、領主が谷の恵みを口にし、谷への愛を誓うとき、銀風は豊かな実りをもたらすと言われています」

エレノアは杯を掲げ、村人たちの前で誓いの言葉を述べた。

「私、エレノア・グランツェントは、銀風の谷の領主として、この地と人々の幸せのために尽くすことを誓います」

彼女は蜂蜜を少量口にする。一拍おいて、その豊かな甘さがじんわりと口腔に広がった。村人たちから自然と拍手が湧き起こる。

儀式の後、エレノアは老長老に案内されて、村はずれの小さな祠へと向かった。

「これは何ですか?」エレノアは古い石造りの祠を見上げた。

「谷の守護者を祀る場所です。伝説では、初代領主がこの祠で守護者と契約を交わしたといわれています」

祠の中央には小さな台座があり、そこに窪みがあった。その形は…

「これは、銀の鈴がぴったり収まりそうね」エレノアは思わず言った。

長老は驚いた表情を見せた。「銀の鈴をご存じなのですか?」

「嵐の後に見つかったの」エレノアは懐から銀の鈴を取り出した。かすかに青い光を放っている。

「それは!」長老は震える声で言った。「伝説の品......はるか昔に前に失われたと思われていました」

エレノアは直感に従い、銀の鈴を祠の台座に置いた。ぴったりと収まる。その瞬間、微かな風が吹き、鈴が一度、澄んだ音色を響かせた。

「守護者が応えた…」長老は畏敬の念を込めて呟いた。

祠を後にした二人が村に戻ると、空には薄雲が広がり始めていた。長老は空を見上げた。

「祭りの終わりに雨が降ると、豊作の予兆だと言われています」

祭りは夕方まで続き、エレノアは村人たちと踊り、笑い、語り合った。彼女の目に映る村人たちの姿は、以前とは違って見える。それぞれの顔に名前と物語が結びついている。

夕暮れ時、小雨が降り始めた頃、エレノアは広場の中央で村人たちに向かって話し始めた。

「皆さん、今日は素晴らしい祭りをありがとう。この谷に来て、私は多くのことを学びました。かつての私は、この谷を単なる領地としか見ていませんでした。しかし今は違います」

雨が少しずつ強くなり、エレノアの髪を濡らしていく。しかし彼女は構わず続けた。

「この地の歴史と伝統、そして何より、ここに生きる人々。皆さんと過ごす日々は、私にとって何物にも代えがたい宝物です」

彼女の言葉に、村人たちは静かに耳を傾けている。

「私は改めて誓います。銀風の谷と共に歩み、この地を守り、発展させることを」

エレノアの誓いの言葉が終わると同時に、不思議なことに雨がやみ、西の空に虹がかかった。村人たちから感動の声が上がる。

「見てください!」リリアンが叫んだ。「谷の守護者が応えてくれました!」

祭りの後片付けを手伝い、館に戻る途中、エレノアはオスカーに呼び止められた。

「レディ・エレノア、本日は本当にありがとうございました」彼は真摯な表情で言った。「実は…村の若者たちと相談があります」

「なんでしょう?」

「私たちは、村の学校を作りたいと思っています。子供たちに読み書きだけでなく、この谷の伝統や新しい技術も教えたいのです」

エレノアは目を輝かせた。「素晴らしいわ!私も全面的に協力するわ」

「本当ですか?村の集会所を改築して使いたいと思っていますが…」

「集会所では手狭でしょう」エレノアは考え込むように言った。「館の東側の使っていない別館はどう?改修すれば立派な学校になるわ」

オスカーは驚きに目を見開いた。「そんな…領主様の建物を…」

「この谷の未来のためよ。明日にでも詳細を相談しましょう」

館に戻ったエレノアを、セバスチャンが迎えた。「お嬢様、お帰りなさい。良い祭りでしたか?」

「ええ、素晴らしかったわ」エレノアは濡れた髪を拭きながら答えた。「セバスチャン、明日から別館の改修計画を始めましょう。村の学校にするの」

「...」セバスチャンは一瞬言葉を失ったが、すぐに微笑んだ。「かしこまりました。お嬢様のご意志を、お父上にもお伝えします」

その夜、エレノアは日記を開き、春祭りの出来事を記した後、こう綴った。

(今日、私は本当の意味で銀風の谷の領主になった気がする。この谷に流れる風のように、時に優しく、時に強く、人々と共に歩んでいきたい。)

窓の外では、雨上がりの夜空に星が瞬き始めていた。エレノアは窓辺に立ち、深呼吸をした。春の香りに満ちた空気が彼女の肺を満たす。

かつて「金糸の蛇」と恐れられた悪役令嬢は、今や銀風の谷の本当の領主として、新たな一歩を踏み出したのだった。
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