【完結】悪役令嬢のスローライフ

きゅちゃん

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初夏の陽光

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春祭りから一月が過ぎ、銀風の谷には初夏の陽光が降り注いでいた。エレノアは養蜂場の丘に立ち、広がる花畑と忙しく働く蜂たちを眺めていた。

「レディ・エレノア、今日が最後の収穫です」トーマスが近づいてきた。彼の足の怪我は完全に癒えていた。「おかげさまで、予想以上の収穫量となりました」

エレノアは満足げに頷いた。「あなたと若者たちの努力のおかげよ」

養蜂場では、トーマスの弟子となった五人の若者たちが働いていた。彼らは既に見違えるほど成長し、それぞれが養蜂の技術を習得しつつあった。

「今日の収穫が終われば、いよいよ本格的な出荷準備ですね」エレノアは言った。

「はい。瓶詰めの準備も整いました」トーマスは誇らしげに答えた。「それと、若い衆から提案があるようです」

好奇心を抱いたエレノアは、若者たちが作業している巣箱の方へ向かった。リーダー格のノアが彼女に気づき、手を振った。

「レディ・エレノア!ちょうどお話ししたいことがあったんです」

彼は一つの巣箱の前に立ち、説明を始めた。「私たちは蜂蜜の種類を増やせないかと考えています。これは山椒の花から集めた蜜で作った試作品です」

エレノアは差し出された小さな瓶を受け取り、光にかざした。通常の蜂蜜より少し暗い琥珀色で、独特の香りがする。

「面白いわね」彼女は小さじで一口味わった。「普通の蜂蜜より少しピリッとして、香りが強いわ」

「これなら銀風の谷だけの特産品になりますよね?」ノアは目を輝かせた。「他にも銀の涙の花から集めた蜜も試しています」

エレノアは彼らの自主性に感銘を受けた。「素晴らしいアイデアよ。多様な製品展開は市場での競争力を高めるわ」

(前世でのマーケティング戦略が役立つとは)

彼女は若者たちのアイデアを全面的に支持し、さらに帝都の高級市場向けの特別パッケージの提案もした。

昼食時、エレノアは村の集会所へと向かった。そこでは学校の開校準備が進んでいた。館の別館の改修は始まったばかりなので、当面は集会所を使うことになっていた。

「エレノアお姉様!」リリアンが駆け寄ってきた。「見てください、私の成績です!」

彼女が差し出した紙には、きれいな字で書かれた計算問題と、それに対する丁寧な答えがあった。

「素晴らしいわ、リリアン」エレノアは微笑んだ。「とても正確ね」

集会所の中では、オスカーと村の年長の子供たちが、低学年の子供たちに読み書きを教えていた。エレノアはクラウディアから送られてきた基礎教育カリキュラムを参考に、村の実情に合わせた教育計画を立てていた。

「みんな熱心ね」エレノアはオスカーに言った。

「はい。子供たちだけでなく、大人たちも夜に勉強会を開いています」彼は嬉しそうに答えた。「特に帳簿の付け方や手紙の書き方など、実用的な内容に関心が高いです」

エレノアは子供たちの学習を見守った後、湖畔へと向かった。蒼穹の湖では、グレイソン准教授から紹介された帝国考古学協会の学者たちが調査を続けていた。

「レディ・エレノア」調査チームのリーダーであるローレンス博士が挨拶した。「洞窟内部の調査が進みました。『星の井戸』と思われる遺構を発見しました」

「本当ですか?」エレノアは興味を示した。

「はい。しかし、残念ながら井戸は干上がっており、本来の機能は失われているようです」

「それは残念ね」

「ただ、興味深い発見があります」ローレンス博士は彼女を洞窟の入り口へと案内した。「洞窟の壁には古代文字で記された銘文があり、解読を進めています。『守護者の力は鈴の音色に宿る』という一節があります」

エレノアは懐に入れていた銀の鈴に手を触れた。祠に置いた後も、何か引かれるものを感じて持ち歩いていたのだ。

「それはどういう意味なのでしょう?」

「まだ研究中です」ローレンス博士は慎重に答えた。「ただ、あなたが持つ銀の鈴と何らかの関係があるのは確かでしょう」

帰り道、エレノアは銀の鈴を取り出し、じっと見つめた。微かに青く光るその鈴は、まるで谷の秘密を知っているかのようだ。彼女は軽く鈴を振ってみた。澄んだ音色が辺りに響く。

不思議なことに、鈴の音が鳴り響くと同時に、一陣の風が吹き抜け、彼女の金色の髪を揺らした。偶然だろうか。

館に戻ると、マリーが待っていた。

「お嬢様、お帰りなさい。帝都から手紙が届いています」

エレノアは銀のトレイに載せられた封筒を手に取った。母からの手紙だった。

彼女は書斎に入り、手紙を開いた。両親は元気で、父の仕事も順調だという。そして、驚くべきことに、エレノアの養蜂事業が帝都の貴族社会で話題になっているという。

「あなたの蜂蜜のサンプルをいくつかの知人に渡したところ、大変な評判になりました。特に宮廷料理人のマルセル氏が絶賛しているそうです。正式に取引の問い合わせがきています」

エレノアは嬉しい驚きを感じた。彼女の小さな試みが、帝都でも認められ始めている。

「また、あなたの勇気ある選択は、若い貴族の間でも新たな生き方のモデルになっています。グランツェント家の名誉のためにも、ぜひ事業を成功させてください」

母の言葉に、エレノアは複雑な思いを抱いた。かつて彼女の決断を疑問視していた両親が、今では応援してくれている。

夕方、エレノアは村に戻り、トーマスたちと帝都からの取引申し込みについて相談した。

「これは素晴らしいチャンスですね!」ノアが興奮した様子で言った。

「ただ、大量注文に応えられるかが心配です」トーマスは現実的な懸念を示した。

エレノアは頷いた。「確かに生産量の問題があるわね。でも、質を落とさず、できる範囲で対応しましょう。高級品としての価値を守るのが大切よ」

彼らは長い議論の末、帝都の一流店と独占契約を結び、限定販売という形で対応することに決めた。その方が銀風の谷の蜂蜜のブランド価値を高められると考えたのだ。

「レディ・エレノア」オスカーが集会所から出てきた。「明日の収穫祭の準備は整いました。初めての出荷を祝って、村を挙げてのお祝いになります」

「楽しみにしているわ」

帰り道、エレノアは沈む夕日を眺めながら、この数ヶ月の変化に思いを馳せた。小さく始めた養蜂事業が実を結び、村の教育も始まり、谷の秘密も少しずつ解き明かされつつある。かつての「金糸の蛇」と呼ばれた彼女の人生が、こんな風に変わるとは。

館に戻ったエレノアは、セバスチャンから夕食の準備ができたことを告げられた。

「今日は特別なメニューです」セバスチャンが言った。「村のエマさんから、新鮮なハーブと野菜をいただきました」

食事を終えたエレノアは、日記を取り出した。

*今日で初めての蜂蜜収穫が完了した。小さく始めたプロジェクトだったが、今では村の若者たちの夢と繋がり、帝都にまで届く存在になりつつある。明日は収穫祭。この喜びを村人たちと分かち合いたい。*

*そして、谷の秘密についても少しずつ理解が深まってきた。「守護者の力は鈴の音色に宿る」——この言葉は何を意味するのだろう?銀の鈴と風の関係も偶然とは思えない。もっと調べる必要がありそうだ。*

夜が更けていく中、エレノアは窓辺に立ち、満天の星空を見上げた。銀風の谷の夏は、これからが本番だ。彼女の新しい人生も、まだ始まったばかり。明日はどんな日になるだろう。
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