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熱病との戦い
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星見の夜から一週間が過ぎた真夏の朝、エレノアは異変に気づいた。いつもなら賑やかな村の朝の音が聞こえてこない。
「マリー、村の様子はどう?」
「それが...」マリーは心配そうな表情を浮かべた。「昨夜から熱を出している村人が何人もいるそうです」
エレノアは急いで身支度を整え、村へと向かった。集会所では、薬草師のエマが忙しく立ち働いていた。
「エマ、状況はどうなの?」
「レディ・エレノア!」エマは振り返った。その顔には疲労の色が濃い。「夏の熱病が流行し始めています。高熱と咳、体の痛みを訴える者が十人以上に」
エレノアは深刻さを理解した。夏の熱病は時として命に関わる。
「どんな治療を?」
「解熱の薬草と水分補給ですが、薬草の在庫が不足しています。特に『白露草』が足りません」
エレノアは前世の医学知識を思い出した。
(水分補給と解熱、そして何より感染拡大の防止が重要)
「エマ、患者の隔離はできているの?」
「集会所の一角にまとめていますが、十分ではありません」
エレノアは決断した。「館の東館を患者の療養所として開放するわ。それと、白露草はどこで採れる?」
「月影の森の奥にありますが、危険な場所で...」
「私が行くわ」
「いけません!」エマが驚いて止めた。「森の奥は危険ですし、お嬢様が感染したら...」
「村の人々を見捨てるわけにはいかない」エレノアは断固として言った。「アイリスに案内を頼みましょう」
エレノアは急いで館に戻り、セバスチャンに療養所の準備を指示した。そして月影の森へと向かった。
森の入り口で、まるで彼女を待っていたかのようにアイリスが立っていた。
「白露草を採りに来たのですね」
「あなたは何でも知っているのね」エレノアは苦笑した。
「森の声が教えてくれます」アイリスは森の奥へと歩き始めた。「こちらです」
深い森の中で、アイリスは白い小さな花をつけた草を指差した。「これが白露草です。ただし...」
「ただし?」
「この草は朝露と共に摘まなければ効果がありません。そして、満月から三日以内でなければ薬効が薄れます」
エレノアは空を見上げた。昨夜はまさに満月から三日目。今日を逃すと効果のある薬草は手に入らない。
「朝露...まだ間に合うかしら?」
アイリスは頷いた。「急ぎましょう」
二人は朝露のついた白露草を丁寧に摘み取る。エレノアの前世での園芸経験が生きていた。
「アイリス」摘み取りながらエレノアが尋ねた。「あなたはなぜいつも私を助けてくれるの?」
「あなたが真の領主だからです」アイリスは静かに答えた。「そして...あなたの魂に宿る記憶が、この谷の未来を変えると信じているから」
館に戻ると、既に患者たちが東館に運ばれていた。エレノアはエマと共に薬の調合にあたった。
「レディ・エレノア、こんなことまでしていただいて...」患者の家族の一人が涙を流して感謝した。
「当然のことよ」エレノアは優しく答えた。「私たちは家族のようなものでしょう?」
薬を配り終えると、エレノアは村の若者たちを集めた。感染拡大を防ぐため、看病の仕方や予防法を教える必要があった。
「手をよく洗うこと、患者に近づく時は布で口を覆うこと、そして十分な休息を取ること」
若者たちは真剣に聞き入った。その中にはノアや警備隊を志願した青年たちもいた。
「僕たちも手伝います」ノアが言った。「村のためなら何でもします」
三日間、エレノアは館と村を往復し、看病にあたった。白露草の薬は効果を現し、患者たちは徐々に回復していった。
しかし、エレノアの体にも疲労が蓄積していた。四日目の朝、彼女は発熱で倒れてしまった。
「お嬢様!」マリーが駆け寄った。
気がつくと、エレノアは自室のベッドに横たわっていた。枕元にはエマが座っている。
「大丈夫です、軽い熱病です」エマが安心させるように言った。「お疲れから来るものでしょう」
その後、村人たちが次々と見舞いに訪れた。リリアンは手作りの花束を、トーマスは特別な蜂蜜を持参した。
「エレノアお姉様、早く元気になって」リリアンが涙ぐんでいる。
「大丈夫よ、リリアン」エレノアは弱々しくも微笑んだ。
二日後、エレノアは回復し、村の熱病も終息した。しかし、この出来事は村に大きな変化をもたらした。
「レディ・エレノア」オスカーが館を訪れた。「村人たちの総意として、お伝えしたいことがあります」
「何でしょう?」
「あなたは私たちにとって、単なる領主ではありません。本当の家族です」オスカーの声は感情に満ちていた。「私たちは誓います。何があってもあなたと共に戦います」
エレノアは胸が熱くなった。
(これが本当の絆というものなのね...)
その夜、エレノアは久しぶりに湖畔を訪れた。回復祝いとして、一人静かに過ごしたかったのだ。
湖面に映る月を眺めながら、彼女は銀の鈴を取り出した。軽く鳴らすと、湖面に小さな波紋が広がる。
「お疲れ様でした」
アイリスが現れた。
「村を救えて良かった」エレノアは安堵の息をついた。
「あなたは素晴らしい領主です」アイリスは微笑んだ。「しかし、これから本当の試練が始まります」
「シュヴァルツ伯爵のこと?」
「それも含めて。帝都での婚礼、伯爵との対立、そして...」アイリスは言葉を濁した。「谷に隠された最後の秘密」
エレノアは湖面を見つめた。確かに、平穏な日々は終わりつつある。しかし、彼女にはもう恐れはなかった。村人たちとの絆、守護者の加護、そして自分自身の成長。すべてが彼女を支えている。
「どんな試練が来ても、私は負けない」エレノアは静かに決意を込めて言った。
夏の夜風が湖面を渡り、彼女の髪を優しく揺らした。星空の下、銀風の谷の領主は新たな挑戦への準備を整えていた。
「マリー、村の様子はどう?」
「それが...」マリーは心配そうな表情を浮かべた。「昨夜から熱を出している村人が何人もいるそうです」
エレノアは急いで身支度を整え、村へと向かった。集会所では、薬草師のエマが忙しく立ち働いていた。
「エマ、状況はどうなの?」
「レディ・エレノア!」エマは振り返った。その顔には疲労の色が濃い。「夏の熱病が流行し始めています。高熱と咳、体の痛みを訴える者が十人以上に」
エレノアは深刻さを理解した。夏の熱病は時として命に関わる。
「どんな治療を?」
「解熱の薬草と水分補給ですが、薬草の在庫が不足しています。特に『白露草』が足りません」
エレノアは前世の医学知識を思い出した。
(水分補給と解熱、そして何より感染拡大の防止が重要)
「エマ、患者の隔離はできているの?」
「集会所の一角にまとめていますが、十分ではありません」
エレノアは決断した。「館の東館を患者の療養所として開放するわ。それと、白露草はどこで採れる?」
「月影の森の奥にありますが、危険な場所で...」
「私が行くわ」
「いけません!」エマが驚いて止めた。「森の奥は危険ですし、お嬢様が感染したら...」
「村の人々を見捨てるわけにはいかない」エレノアは断固として言った。「アイリスに案内を頼みましょう」
エレノアは急いで館に戻り、セバスチャンに療養所の準備を指示した。そして月影の森へと向かった。
森の入り口で、まるで彼女を待っていたかのようにアイリスが立っていた。
「白露草を採りに来たのですね」
「あなたは何でも知っているのね」エレノアは苦笑した。
「森の声が教えてくれます」アイリスは森の奥へと歩き始めた。「こちらです」
深い森の中で、アイリスは白い小さな花をつけた草を指差した。「これが白露草です。ただし...」
「ただし?」
「この草は朝露と共に摘まなければ効果がありません。そして、満月から三日以内でなければ薬効が薄れます」
エレノアは空を見上げた。昨夜はまさに満月から三日目。今日を逃すと効果のある薬草は手に入らない。
「朝露...まだ間に合うかしら?」
アイリスは頷いた。「急ぎましょう」
二人は朝露のついた白露草を丁寧に摘み取る。エレノアの前世での園芸経験が生きていた。
「アイリス」摘み取りながらエレノアが尋ねた。「あなたはなぜいつも私を助けてくれるの?」
「あなたが真の領主だからです」アイリスは静かに答えた。「そして...あなたの魂に宿る記憶が、この谷の未来を変えると信じているから」
館に戻ると、既に患者たちが東館に運ばれていた。エレノアはエマと共に薬の調合にあたった。
「レディ・エレノア、こんなことまでしていただいて...」患者の家族の一人が涙を流して感謝した。
「当然のことよ」エレノアは優しく答えた。「私たちは家族のようなものでしょう?」
薬を配り終えると、エレノアは村の若者たちを集めた。感染拡大を防ぐため、看病の仕方や予防法を教える必要があった。
「手をよく洗うこと、患者に近づく時は布で口を覆うこと、そして十分な休息を取ること」
若者たちは真剣に聞き入った。その中にはノアや警備隊を志願した青年たちもいた。
「僕たちも手伝います」ノアが言った。「村のためなら何でもします」
三日間、エレノアは館と村を往復し、看病にあたった。白露草の薬は効果を現し、患者たちは徐々に回復していった。
しかし、エレノアの体にも疲労が蓄積していた。四日目の朝、彼女は発熱で倒れてしまった。
「お嬢様!」マリーが駆け寄った。
気がつくと、エレノアは自室のベッドに横たわっていた。枕元にはエマが座っている。
「大丈夫です、軽い熱病です」エマが安心させるように言った。「お疲れから来るものでしょう」
その後、村人たちが次々と見舞いに訪れた。リリアンは手作りの花束を、トーマスは特別な蜂蜜を持参した。
「エレノアお姉様、早く元気になって」リリアンが涙ぐんでいる。
「大丈夫よ、リリアン」エレノアは弱々しくも微笑んだ。
二日後、エレノアは回復し、村の熱病も終息した。しかし、この出来事は村に大きな変化をもたらした。
「レディ・エレノア」オスカーが館を訪れた。「村人たちの総意として、お伝えしたいことがあります」
「何でしょう?」
「あなたは私たちにとって、単なる領主ではありません。本当の家族です」オスカーの声は感情に満ちていた。「私たちは誓います。何があってもあなたと共に戦います」
エレノアは胸が熱くなった。
(これが本当の絆というものなのね...)
その夜、エレノアは久しぶりに湖畔を訪れた。回復祝いとして、一人静かに過ごしたかったのだ。
湖面に映る月を眺めながら、彼女は銀の鈴を取り出した。軽く鳴らすと、湖面に小さな波紋が広がる。
「お疲れ様でした」
アイリスが現れた。
「村を救えて良かった」エレノアは安堵の息をついた。
「あなたは素晴らしい領主です」アイリスは微笑んだ。「しかし、これから本当の試練が始まります」
「シュヴァルツ伯爵のこと?」
「それも含めて。帝都での婚礼、伯爵との対立、そして...」アイリスは言葉を濁した。「谷に隠された最後の秘密」
エレノアは湖面を見つめた。確かに、平穏な日々は終わりつつある。しかし、彼女にはもう恐れはなかった。村人たちとの絆、守護者の加護、そして自分自身の成長。すべてが彼女を支えている。
「どんな試練が来ても、私は負けない」エレノアは静かに決意を込めて言った。
夏の夜風が湖面を渡り、彼女の髪を優しく揺らした。星空の下、銀風の谷の領主は新たな挑戦への準備を整えていた。
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