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Ⅷ 死期と式
空を見上げて
しおりを挟む「この足音は……ゴキちゃん!」
ユリカは引き出しから虫取り網を取り出すと、部屋の隅に置いていた紙袋をそっと退けた。
-カサカサカサ。
予想通り、大きな黒ゴキブリの雄が壁を斜めに横切って逃げてゆく。
「甘いっ!」
それを網で難なく捕獲すると、ユリカは宝石でも眺めるかのようにプラケースに入れて観察した。
「この黒光りする全身の艶、ゆらゆら揺れる触角。
かっこいい~!
やっぱりゴキブリは茶羽より黒ゴキよね」
普通の女子なら口から泡を吹いて卒倒ものである。
「よし、八匹目の黒ゴキちゃんだから、貴方の名前はG。
これから宜しくね、G」
それからは両親に見つからないよう、小型のプラケースにGを入れて毎日一緒に過ごした。
暮井戸は相変わらず何度も言い寄ってきたが、Gに愚痴る事でユリカのストレスは緩和されていた。
人に見せても気持ち悪がられるだけなのは十分承知していたので、誰もいない時にだけユリカはGをプラケースから放した。
Gはユリカにすっかりなつき、肩に乗ったり、胸ポケットに入って眠ったり、餌を追いかけて遊んだり、ときおり恥ずかしそうに体をくねらせたり、色々な表情を見せてくれた。
はたから見ればゴキブリを飼うなど、頭がおかしいと思われるだろう。
しかし、ユリカにとっては全ての虫が友達であり、惜しみない愛情を注ぐ対象なのだ。
二人は種族の壁を越え、簡単な意思疏通が出来るほど心を通じ合わせていた。
「ほら、空を見てG。
星に手が届きそうだね」
空気が澄んだ冬の夜。
仕事の帰りに立ち寄った丘の上から、ユリカは星空を見上げていた。
この場所は地元でも有名な観測スポットで、天気の良い日には街灯に霞む事なく満天の星が観れる。
「あの明るい星は何かしら?」
Gと二人。
知識のない者同士、首をかしげる。
と、Gがポケットからカサカサと地面に下りると、捨てられていた雑誌をくわえて戻ってきた。
「……あの星の写真だ。
宵の明星、あれは金星なのね。
教えてくれてありがとう」
嬉しそうに触角を踊らせるG。
その頭をユリカは優しく、そっと撫でた。
Gと出会ってもう半年が経つ。
もうじき小さな友達は寿命を迎え、天に旅立ってしまうだろう。
ユリカのそんな気持ちを察したのか、Gは彼女の掌でくるくると回っておどけて見せた。
「ふふふっ。
くすぐったいよ、G」
指で涙を掬って立ち上がる。
残された僅かな時間、この子と一生分の思い出を作ろう。
Gを再びポケットに仕舞うと、ユリカは明星に見守られて家路を辿ったのだった。
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