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Ⅷ 死期と式
ユリカの日常
しおりを挟む「それでね、ユリカ。
三日後の土曜日に我が家でパーティーを開く予定なんだけど、君も参加してくれるだろう?」
「すみません。
その日は友達と遊ぶ予定が入ってて」
「つまらない友達との予定なんてキャンセルしなよ。
僕はうちの両親に君を紹介したいんだ」
世の中には、はっきり言わなければ伝わらない相手もいる。
仲の良い友達を馬鹿にされた事もあり、堪えていた気持ちが爆発した。
「本部長。
私は貴方とお付き合いするつもりは一切ありません。
勝手に話を進めないで下さい、はっきり言って迷惑なんです!」
ぽかんとなる上司を見て少しだけ胸が痛んだが、ユリカを婚約者だと吹聴してまわる暴挙にもこれで歯止めがかかるだろう。
あぁ、すっきりした。
暮井戸を置いて足早に改札を通り、来ていた電車に飛び乗る。
タイミングよくドアが閉まり、ガタゴトと定期的な揺れが始まった。
害虫駆除に有効な成分を探して日夜研究を続ける自分が、なぜその百倍も気持ち悪い上司から好かれなければならないのか。
いっそ、嫌な上司を駆除する薬でも開発した方が社会の為ではないかとさえ想像してしまう。
しかし、この世は自己中な人間にほど富と権力が集まるようなので、雇い主が居なくなっては自分も困る。
家に戻り、玄関で靴を脱いでいると母親が出迎えてくれた。
「あら、おかえりなさい。
遅いから電話しようかと思ってたのよ」
「ただいま、ママ。
今日から新しい駆除剤のテストに入って、しばらく残業が続きそうなんだ」
疲れた体を引きずってリビングに行くと、ビールを片手に父親がスポーツニュースを観ていた。
「ただいま、パパ」
「おう。
終電間に合ったか?」
「うん、なんとか」
「夜道の一人歩きは危ないから気を付けるんだぞ」
「大丈夫よ。
襲われそうになったら実験用の殺虫剤、振りかけてやるんだから」
研究室に配属され、三年目にして初めて採用された努力の結晶を握りしめ、ユリカは笑った。
「おいおい、ゴキブリは殺しても人は殺すなよ」
「なに言ってるの、これはゴキブリも人間も死なない薬なのよ」
害虫の生殖本能に働きかけ、繁殖を阻害する新薬。
速効性がなく、一般の家庭や企業向けではない。
これは一部の宗教団体から殺す以外の方法で害虫を減らしたいとの要望があり、開発を進めていたものだ。
そして、殺さずの駆除はユリカにとって長年の夢でもあった。
二階の自室に戻って照明を点け、スーツを脱いでベッドに転がる。
子供の頃からユリカは昆虫が大好きだった。
クワガタ、カブトムシは言うに及ばず、セミ、バッタ、カゲロウ、チョウ、ガ、ナナフシ、カマキリ、ゴキブリ。
人が悲鳴をあげて逃げるような害虫も、素手で捕まえて遊んでいた。
製薬会社で駆除剤を担当する事になったのも、昆虫の生態に精通しているのが理由だった。
人間の都合で益虫、害虫と評価されているだけで、虫には良いも悪いもない。
自分にとっては大切な友達だ。
だからこそ、命を奪わない方法で共存の道を歩めないかと思う。
空っぽのプラケースを眺めながら、ユリカはこれまで飼育した昆虫達との想い出に浸っていた。
-ガサリ。
微かな音にハッとなる。
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