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Ⅷ 死期と式
前世へ
しおりを挟む深く、深く、どこまでも落ちていく感覚。
ユリカは全身に風を受けながら、光のトンネルのなかで目を覚ました。
まるで存在していないかのように体が軽く、透き通っている。
瞬きが一瞬にも永遠にも思える、不思議な空間をユリカは逆行していた。
自分は夢を見ているのだろうか。
そんな疑問が過ったが、こんなにも暖かな感覚に包まれた夢は初めてだった。
それはまるで母胎で誕生の時を待つ、胎児のような気持ち。
ユリカは今、自分が世界の一部であり、同時に全てでもある事をはっきりと認識していた。
進行方向へと向かう光の束の集う場所には、太陽のように巨大な光球が輝いている。
ユリカは何をすべきか考えると同時に、その答えを得た。
指先が光に触れると彼女の全身はそれに溶け、吸い込まれるようにして消えた。
「……ユリカ。
ユリカってば!」
体が重い。
微睡みから覚めて目を開けると、同僚の新田頼子が溜め息を吐いた。
「あれ、私。
もしかして寝てた?」
「もしかしてじゃなく完全に、よ。
残業中に寝るなんて私だったら首が飛んでるわ」
頼子は大袈裟に首を指で引っ掻く仕草をすると、ファイルの束をユリカに手渡した。
「これって、もしかして」
「寝てた分の宿題。
明日の朝までに書類にまとめておいてね」
「えぇっ?!
それって徹夜コースじゃないの!」
「恨むなら睡魔に負けた自分を恨みなさい。
それじゃ、お疲れ」
白衣を脱いで生物研究室の扉を出ていく後ろ姿を恨めしげに見る。
仕切られた飼育ケースの中でわらわらと蠢いているのは茶羽ゴキブリと黒ゴキブリだ。
ユリカはファイルを鞄に仕舞うと席を立った。
時計は夜の十二時を示している、急がなければ。
研究室の戸締まりを終えて廊下を歩いていると、玄関前のロビーに男性の姿が見えた。
「本部長。
まだお帰りじゃなかったんですか?」
「あぁ、君が残っていると聞いてね。
ここで待っていたんだ」
「……はぁ」
ユリカは正直、このナルシストが苦手だった。
暮井戸製薬の御曹司にして直属の上司であり、独りっ子の我が儘をあまねく体現したような男。
入社直後から熱い視線を送る彼に気付いてはいたが、ユリカは出来るだけ避ける努力をしてきた。
駅までの帰り道、喋り続ける暮井戸に適当に相づちを返す。
彼の話はいつも自慢話ばかりで面白味がなく、どうでもいい事ばかりだ。
しかし、どれだけ生理的に無理でもぞんざいに扱う訳にはいかない。
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