2 / 18
雫
2
しおりを挟む
「…おはよ。」
「はよ。」
リビングで朝食の準備をしていると、シャワーを浴び終えた伊央がパンツ一枚でどかっとソファに腰を下ろす。
バスケで鍛えられた身体は引き締まっていて、いつもあの身体に抱かれる想像をしてしまう疚しさから、目を逸らしてしまう。
「また髪濡れたままだよ。」
「乾かすのがめんどくせえ。雫やって。」
「もう、しょうがないなあ。」
いつものことだ。ぽたぽたと水滴を垂らしたままの髪をさっとタオルで拭いてから、ドライヤーをかけてあげる。
伊央の髪は黒くてさらさらとしている。面倒くさがらないで、ちゃんと乾かして整えれば艶々として綺麗なのに、俺がやらないとぼさぼさにしてしまうので、しょうがない。
「雫、美容師とか向いてるかもな。」
「なんで?」
「雫の手、気持ちいい。」
目を瞑ったまま、伊央はだらりと無防備にされるがままだ。
「何言ってるんだよ。乾かすくらい誰でもできるから。」
丁寧に乾かしていたのが恥ずかしくなり、ドライヤーを強にして、わしゃわしゃと雑に扱う。
「急に、雑になった。」
上目遣いに見上げてくる伊央の首元には、薄らと赤い鬱血痕が残る。昨晩の名残だ。
「後は自分でやって。それと、首についてるから。」
「なんだよ。せっかく気持ち良かったのに。首?」
ドライヤーを伊央に押し付け、朝食の支度に戻ると、最悪と呟く声が聴こえてきた。
最悪も何も、昨日自分たちがしたことだろ。
薄らと赤いその色が、目に焼きついて離れない。
最悪なのは俺の気分だ。
「なんか、聞いてて、辛い。でも、やめられないんだよね…」
昼のざわざわと騒がしい学食の片隅で向かい合うのは、同じゼミの小夜先輩だ。
小さな口でつるつるとうどんを啜る姿は、俺からみても可愛らしい。
名前の通り小さくて、夜の街みたいに吸い込まれそうな大きな黒目が印象的だ。
名前と見た目と、初めは女の先輩だと思っていたので、男だと知った時はひどく驚いた。
俺と同じ部類の人。小夜先輩もすぐに気がついたらしい。
「ですよね。何の期待もしていないし、もう諦めてるのに…」
「一緒に住んでるから、尚更だよね。ぼくのとこに来る?部屋空いてるよ。雫くんなら、彼も大歓迎だと思うし。」
小夜先輩は、長年の片想いが成就したばかりだ。幼い頃から側にいた歳上の彼をずっと想っていた。互いに相談し合っていたせいか、想いが通じ合ったと聞いた時には、俺も泣いて喜んでしまった。
この世で俺の不毛な片想いを知っているのは小夜先輩だけで、先輩の存在には何度も救われている。
「…その方が、いいのかな…」
「毎日一緒にいたら、絶対諦め切れないと思う。」
「想いを告げて親友じゃいられなくなって、きっぱり縁を切られるのと、何も言わないで離れて親友の振りをしたままでいるのと、どっちがいいのか、わからなくなるんです。」
「その気持ち、わかる。」
「このままじゃいけないって、分かってるのに。」
「雫く…」
小夜先輩がちらっと入り口の方に目をやって、気まずそうに俯く。
入ってきたのは、伊央と彼女らしき人と、数人の仲間たちだ。
伊央は背が高いし、とても目立つ。
そのまま気まずそうにうどんを啜る小夜先輩を見て苦笑いしてしまう。
「ああいうの慣れてますから。今さら気にしてもしょうがないです。」
「でも…」
先輩はもう一度入り口の方に目を向けると、逆毛を立たせた猫みたいに威嚇して睨み始めた。
「なんで睨んでるんですか?」
「いつもぼくのこと睨んでくるから。」
「伊央が?」
俺が視線を向けると、伊央はふいっとそっぽを向いて、離れた席に座ってしまった。隣りにいる彼女が、自分のものだと見せびらかすように腕を組んでいる。
「あれが今の彼女?毎回見るたび違うんだけど。」
「高校のときから、あんな感じです。」
「なんか皆んな…どことなく似てる。」
「似てる?誰に?」
「いや……雫くんの方がずっと美人なのになって。」
あの彼女が伊央の首元にと、目に焼きついて離れない鬱血痕が思い浮かび、先輩の最後の言葉は全く耳に入ってこなかった。
午後の講義が終わると、小夜先輩と待ち合わせをしてバイト先のカフェに向かう。今日は同じシフトだ。バイト先を紹介してくれたのも、小夜先輩だ。
「うわ、また…」
うーーと喉を鳴らして、向かいから歩いてくる伊央へと小夜先輩が威嚇を始める。
同じ大学ではあるものの、学部が違うので伊央とすれ違うことは少ないのに、今日はよく見かける。
昼に隣りにいた彼女はおらず、今は数人の友達に囲まれて、なんだか機嫌が悪そうだ。
目を合わせようとしても逸らされるので、そのまま何も言わずにすれ違うと、後ろから突然ぐいっと腕を引かれ思わずよろけそうになる。
「何?」
「いや、ごめん。今日は、早く帰る。」
小夜先輩も、伊央の友達も驚いているようだ。
一番驚いたのは、俺だけど。
「ああ、うん。わかった。俺はバイトがあるから、少し遅くなる。」
「そうか。じゃあ。」
驚いたままの友達をおいて、伊央はさっさと先に向かってしまった。その後ろを、慌てて友人たちが追いかけていく。
「何、今の?」
小夜先輩は威嚇し続けたままだ。
小さくて可愛いから、全然怖くないのに。
「何でしょうね。」
伊央に引かれた腕には、まだその感触が残っている。
思いの外力強くて、それだけのことで胸が高まる自分がほとほと嫌になってしまう。
「はよ。」
リビングで朝食の準備をしていると、シャワーを浴び終えた伊央がパンツ一枚でどかっとソファに腰を下ろす。
バスケで鍛えられた身体は引き締まっていて、いつもあの身体に抱かれる想像をしてしまう疚しさから、目を逸らしてしまう。
「また髪濡れたままだよ。」
「乾かすのがめんどくせえ。雫やって。」
「もう、しょうがないなあ。」
いつものことだ。ぽたぽたと水滴を垂らしたままの髪をさっとタオルで拭いてから、ドライヤーをかけてあげる。
伊央の髪は黒くてさらさらとしている。面倒くさがらないで、ちゃんと乾かして整えれば艶々として綺麗なのに、俺がやらないとぼさぼさにしてしまうので、しょうがない。
「雫、美容師とか向いてるかもな。」
「なんで?」
「雫の手、気持ちいい。」
目を瞑ったまま、伊央はだらりと無防備にされるがままだ。
「何言ってるんだよ。乾かすくらい誰でもできるから。」
丁寧に乾かしていたのが恥ずかしくなり、ドライヤーを強にして、わしゃわしゃと雑に扱う。
「急に、雑になった。」
上目遣いに見上げてくる伊央の首元には、薄らと赤い鬱血痕が残る。昨晩の名残だ。
「後は自分でやって。それと、首についてるから。」
「なんだよ。せっかく気持ち良かったのに。首?」
ドライヤーを伊央に押し付け、朝食の支度に戻ると、最悪と呟く声が聴こえてきた。
最悪も何も、昨日自分たちがしたことだろ。
薄らと赤いその色が、目に焼きついて離れない。
最悪なのは俺の気分だ。
「なんか、聞いてて、辛い。でも、やめられないんだよね…」
昼のざわざわと騒がしい学食の片隅で向かい合うのは、同じゼミの小夜先輩だ。
小さな口でつるつるとうどんを啜る姿は、俺からみても可愛らしい。
名前の通り小さくて、夜の街みたいに吸い込まれそうな大きな黒目が印象的だ。
名前と見た目と、初めは女の先輩だと思っていたので、男だと知った時はひどく驚いた。
俺と同じ部類の人。小夜先輩もすぐに気がついたらしい。
「ですよね。何の期待もしていないし、もう諦めてるのに…」
「一緒に住んでるから、尚更だよね。ぼくのとこに来る?部屋空いてるよ。雫くんなら、彼も大歓迎だと思うし。」
小夜先輩は、長年の片想いが成就したばかりだ。幼い頃から側にいた歳上の彼をずっと想っていた。互いに相談し合っていたせいか、想いが通じ合ったと聞いた時には、俺も泣いて喜んでしまった。
この世で俺の不毛な片想いを知っているのは小夜先輩だけで、先輩の存在には何度も救われている。
「…その方が、いいのかな…」
「毎日一緒にいたら、絶対諦め切れないと思う。」
「想いを告げて親友じゃいられなくなって、きっぱり縁を切られるのと、何も言わないで離れて親友の振りをしたままでいるのと、どっちがいいのか、わからなくなるんです。」
「その気持ち、わかる。」
「このままじゃいけないって、分かってるのに。」
「雫く…」
小夜先輩がちらっと入り口の方に目をやって、気まずそうに俯く。
入ってきたのは、伊央と彼女らしき人と、数人の仲間たちだ。
伊央は背が高いし、とても目立つ。
そのまま気まずそうにうどんを啜る小夜先輩を見て苦笑いしてしまう。
「ああいうの慣れてますから。今さら気にしてもしょうがないです。」
「でも…」
先輩はもう一度入り口の方に目を向けると、逆毛を立たせた猫みたいに威嚇して睨み始めた。
「なんで睨んでるんですか?」
「いつもぼくのこと睨んでくるから。」
「伊央が?」
俺が視線を向けると、伊央はふいっとそっぽを向いて、離れた席に座ってしまった。隣りにいる彼女が、自分のものだと見せびらかすように腕を組んでいる。
「あれが今の彼女?毎回見るたび違うんだけど。」
「高校のときから、あんな感じです。」
「なんか皆んな…どことなく似てる。」
「似てる?誰に?」
「いや……雫くんの方がずっと美人なのになって。」
あの彼女が伊央の首元にと、目に焼きついて離れない鬱血痕が思い浮かび、先輩の最後の言葉は全く耳に入ってこなかった。
午後の講義が終わると、小夜先輩と待ち合わせをしてバイト先のカフェに向かう。今日は同じシフトだ。バイト先を紹介してくれたのも、小夜先輩だ。
「うわ、また…」
うーーと喉を鳴らして、向かいから歩いてくる伊央へと小夜先輩が威嚇を始める。
同じ大学ではあるものの、学部が違うので伊央とすれ違うことは少ないのに、今日はよく見かける。
昼に隣りにいた彼女はおらず、今は数人の友達に囲まれて、なんだか機嫌が悪そうだ。
目を合わせようとしても逸らされるので、そのまま何も言わずにすれ違うと、後ろから突然ぐいっと腕を引かれ思わずよろけそうになる。
「何?」
「いや、ごめん。今日は、早く帰る。」
小夜先輩も、伊央の友達も驚いているようだ。
一番驚いたのは、俺だけど。
「ああ、うん。わかった。俺はバイトがあるから、少し遅くなる。」
「そうか。じゃあ。」
驚いたままの友達をおいて、伊央はさっさと先に向かってしまった。その後ろを、慌てて友人たちが追いかけていく。
「何、今の?」
小夜先輩は威嚇し続けたままだ。
小さくて可愛いから、全然怖くないのに。
「何でしょうね。」
伊央に引かれた腕には、まだその感触が残っている。
思いの外力強くて、それだけのことで胸が高まる自分がほとほと嫌になってしまう。
44
あなたにおすすめの小説
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる