オトガイの雫

なこ

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伊央

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雫はあまり目を合わせようとしない。

深夜に帰ってきた翌朝は、たいがいいつもそうだ。

誰一人として長続きせず、ふらふらと遊び回っている俺を軽蔑しているのかもしれない。

シャワーを浴び、濡れた髪をそのままにしていると、いつものように乾かしてくれる。

面倒くさいのもあるが、雫に乾かしてもらう気持ち良さを知ってからは、あえて自分で乾かそうとは思わない。

雫の長く細い指に髪を掬い上げられると、何もかも忘れて満たされた気持ちになる。

ずっとこのまま、こうしていたい。

いつもなら最後まで丁寧に乾かしてくれるのに、今日は途中から雑になった。

指摘された首元を見て、一気に気分が落ちる。

昨夜、少しだけうたた寝している間に付けられたのかもしれない。

雫に見られてしまった。

最悪だ。




「お、今日も目立ってるな、あの二人。」

数人の仲間と連れ出って学食に向かうと、誘ってもいないのに、昨日の女も付いてきた。

なんでこんな女と付き合っているんだろう。

昼の学食は騒騒しい。多くの学生が賑わう中、奥の方にいるのに、そこで向かい合う二人が際立って目を引く。

「美人と可愛い系な。あれで二人とも男だろ。勿体無いよなあ。」

「一部の女子がさ、眼福って言ってた。あの二人見てると、尊いんだって。」

「ええ、そうかなあ。男でしょう。」

女は一人むくれているが、どうでもいい。

雫と小さいのが二人、向かい合って親しそうに会話をしている。

大学に入ってから、雫はあいつとよく一緒にいる。バイト先も一緒らしい。

先輩と言っていたが、どう見ても雫の方が先輩にしか見えない。

ちらちらと二人に送られる視線は多いが、二人とも全く気が付かない様子で会話に夢中だ。

何をそんなに話すことがあるんだ?

気に食わない。

小さいのが、俺に気が付いて睨んでくる。

雫は渡さないと言われているような気がして、イライラが募る。

雫は、俺の…

雫と目が合って、思わず視線をそらしてしまう。

でしかないだろ。

雫にとっては、ただのだ。

俺にとっては、そうじゃなくても。

いつの間にか、女が腕を組んでいた。

「おい、離せよ。」

「イオってば、ひどーい!昨日だって先に帰っちゃうし!」

「まあまあ、伊央はいつもこんな感じだから。なんなら、俺と付き合う?」

「えええ、やだあ。イオがいるもん。」

ひどく、イラつく。

やっぱり、この女でも駄目だ。

終わりにしよう。

誰も雫の代わりになんてなれやしないのに。

午後の講義は全く集中できなかった。

雫とあいつのことが頭から離れない。

ここに来て、一段と距離が縮まっているように見える。




始めは、純粋に親友だと、そう思っていた。

高一の夏だ。

いつもバイトで忙しい雫が、バスケの試合を観に来てくれたとき、やばいぐらいに嬉しかった。

当時付き合っていた彼女の応援より、雫の視線ばかりが気になって、変に力が入ってしまったように思う。

あの頃付き合う女たちは、みんな何かにつけてうるさかった。

「雫君とばかりいないで、私ともいてよ。」

「私と雫君とどっちを優先するの?」

「雫君には連絡するのに、私のメッセージは無視するんだね。」

雫、雫と、とにかく煩い。

雫といる方が楽しいんだからしょうがないだろ。

試合が終わって雫の元へ急ごうとしていたとき、また同じようなことを言われた。

「なんで彼女じゃなくて雫君と帰るの?私より雫君の方が大事みたい。」

「約束なんてしてなかっただろ。雫とのことあれこれ言われるの、一番嫌いなんだけど。お前より雫といる方が楽しいし。別れてもいいよ。」

泣き出す女を見ても、何とも思わなかった。やっぱり、俺には何かが欠けているんだ。

そのまま雫の元へ向かうと、待っていてくれた雫を見て心が弾んだ。

雫は俺のことをかっこいいと言ってくれたが、誰よりも綺麗でかっこいいのは雫だ。

思わず組んだ雫の肩は、思っていたより華奢で、ほのかに柔軟剤の香りがした。

きちんと地に足をつけて生きている感じが、俺には眩しい。

雫にはずっとこのまま、穢れなくいて欲しいと、そう思った。

同時に、麺をすするその口元や、白い首元を見ているだけで、むらむらと欲望が込み上げる。

その日を境に、俺は妄想の中で雫を抱くようになった。

一人では抑えきれない欲を、付き合う女たちに吐き出しても、吐き出してもおさまらない。

しまいには、最中の相手すら雫に見えるようになってしまった。

男の方が好きなのかと、試しにそういう動画を観てもなんとも思わず、そこでやっと気がついた。

ああ、俺は男とか女とかじゃなく、雫のことが好きなんだ、と。

誰にも雫のことを穢されたくないのに、誰よりも雫のことを俺の手で穢したい。

親友面をしながら、雫への矛盾した感情を隠し続けている俺は、きっと最低だ。

雫が、あの男を好きだと言い出したら、俺はどうなってしまうか分からない。

誰にも、渡したくない。

















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