秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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秘匿された王子

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「暇だ…。」

物心ついたときから、ずっとこの部屋に閉じ込められている。

円筒形をしたこの建物は、本来なら十人の妃達が住まう後宮だ。それなのに、なんで男の俺がこんなとこに?

中心部は吹き抜けになっていて、各部屋の窓からは中庭が望める。

中庭だけが、唯一出られる外の世界だ。

どんだけ狭いんだよ、俺の世界。

広いリビングの床上は、積み重ねられた本が山のようにあふれ、所々その山が崩れているが片付ける気にもならない。

暇すぎて読んだ本を参考に、からくり仕立ての置物なんかも作っているため、細々とした部品も散乱している。

どうせ、来客なんてないんだ。

ここに来るのは、護衛の騎士一人と王である父親だけ。母親だって滅多に訪れない。

そう言えば、最後に母親に会ったのはいつだっけ?

父親だって、毎日来る訳じゃないし。

そろそろ時間か、10、9、8、7……

重々しい扉をじっと見つめてカウントを始める。

「ノア様、入りますよ。」

がちゃん、ぎぃぃ、ばたん

鍵を開錠し、重い扉が開かれ、また閉じられる音。

いつもと同じ音。

何度も扉を開けようと努力したけど、無駄な努力はもうしない。

鍵がかかっていない扉さえ、重すぎて開くことができなかった。

あの扉は見掛け倒しじゃない、俺にとっては牢の入り口みたいなものだ。

「ち、今日も外したか。」

扉が開いたのはカウント3だ。

カウント通りに開くかどうか、することのない暇人にとってちょっとした願掛けみたいなゲームだ。

「また、そのような格好で…」

険しい目で睨まれる。

「どうせお前しか来ないんだし、誰にも見られることなんてないだろ。いいじゃないか。」

ひょろひょろの生脚で過ごすぐらい。

ぴたっと張り付くようなズボンが窮屈で嫌いだ。

パンツは履いているし、長めの上衣を着ているんだからいいじゃないか。

「そのような格好をされていては、なかなか次の護衛が決まりません。午後から一人連れて参りますので、ちゃんと下も履いていて下さい。絶対です。必ずです。よろしいですか!」

10歳になったとき付けられた護衛、ルドルフの顔は怖い。

目つきが恐ろしく凶暴で、初めは目を合わせることすら怖かった。

今じゃ、ただの口煩い護衛だ。

「今日は仮に下を履いていてもだな、お前がいなくなったら、新しい護衛の前でも今みたいな格好をするんだぞ。鼻血を出さない護衛を選んで連れて来ればいいだろ。」

「どんなに選んでも、ノア様を前にすると皆駄目になるんですよ。鼻血は、さすがに驚きましが。」

「だろ?この手に、ぽたって!ぽたって落ちたんだぞ!」

「それは、本当に申し訳ございませんでした。」

昨日ルドルフに連れて来られた護衛候補は、俺がよろしくなと差し伸べた右手に鼻血を垂らした。

右手にぽたっと落ちた感触、う、思い出すとなんか、嫌かも。

とりあえず、もう一度落ちた場所をごしごしとこすってみる。

俺を見ると駄目になるとか、鼻血出すとか、俺ってもしかして…

「なあ、ルドルフ、俺ってなんかすごい力を身体に宿しているのかも。」

「昨日は冒険ファンタジーでもお読みになられたのですか?」

「なんで分かるの?」

昨晩夢中で読み耽ったのは、平凡だと思っていた主人公が実は凄い力の持主で、魔王とばしばし闘って、そして…

「ノア様。」

「ん?」

「大丈夫です。ノア様にはそれ以上のお力が宿っておられますから。」

「やっぱり!俺、お前と一緒に闘う?この右手からばーんって、光線とか出しちゃう?」

「いえ、結構です。光線は出ません。」

なんだ、つまんない。力があるって言ったのに。

「じゃあどんな力を宿しているんだよ。まさか、悪の邪悪な力…。だから、閉じ込められているのか!」

「それは、一昨日お読みになったお話しでしょう。もう少し、きっともう少しの辛抱です。余計なことは考えず、今はただ健やかにお過ごし下さい。食事をお持ちしますから。」

そう言って部屋を出て行くルドルフの背中に言ってやる。

「あと少し、あと少しって、いったいいつなんだよ!絶対、必ずここを出てやるから!」

ルドルフはそれには答えてくれない。

いい加減うんざりなんだ。

なんで、俺だけ?

他の王子たちは普通に暮らしているんだろ?

毎日毎日同じ景色を眺めるだけ。

話す相手は、ルドルフと、たまに父親と母親、俺を取り囲むように住まう妃たちだけ。

外に出たい。自由に暮らしたい。

どうしてそれだけのことを、許してくれない?

誰も理由を教えてくれないんだ。

中庭に面した窓からは、どこまでも果てしなく続く空が見える。

いつものように、空に向かって叫んでやる。

「ルドルフ、お前だって、もうここに来なくなるんだろ。また俺だけが取り残される。くそ!絶対に、絶対にここを出て自由に暮らしてやるんだから!」

もう三年。ルドルフが護衛になってから、三年が経つ。

あんな怖い顔をしているけど、毎日顔を合わせていれば、情だって湧くんだ。

それなのに、あっさりと次の護衛を探しているルドルフにいらっとする。

悔しいから、ルドルフが護衛じゃなくなるのが嫌なんて、絶対に言ってやらない。

午後だって、また下を履かないで過ごしてやる。

次が決まらなければ、ルドルフだって俺の護衛を辞められない。

護衛とは名ばかりで、実際おれの世話係のようなものだから、誰もなりたがる訳がない。

ずっとルドルフでいいのに。

お前もここを出たいって、ずっとそう思っていたのかもしれないと思うと、なんだか悔しいんだ…。








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