秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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邂逅

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「…うっ」

小さな呻き声と共に、ユリウスの動きがピタリと止まる。

やっと息ができる。危うく窒息する所だった。

「…わたしは、何を…」

はふはふと呼吸を整えていると、俺の上に覆い被さっていたユリウスは目を見開いて、慌てた様子で起き上がった。

「…ふはっ、うわあああ、ユリウス大丈夫か!?お前の足!」

足元にいた狼がユリウスの脹脛に噛み付いている。

「甘噛みしているだけです。本気で噛んでいる訳ではありません。…それよりも、わたしは何ていう事を…。」

狼に噛まれたまま、ユリウスは珍しく項垂れている。

「…おい、ユリウスを離せよ。どうしたんだ、急に?」

慌てて俺も起き上がる。

狼はちらりと俺のことを一瞥して、ユリウスの足から口を離すと、長椅子の上に上がって俺の隣に座り込んだ。

とても綺麗で凛々しくて、男前の狼だ。

「ユリウスを噛んだら駄目だろ。」

ふさふさの頭を撫でてやると、ざらざらとした舌を出して、顔中を舐めてくる。

「ふ、はは、お前、やめろよ、くすぐったいじゃないか!」

口元辺りを執拗に舐め回されているのは気のせいだろうか。

「おい、お前もいい加減にしろ。」

ユリウスの言葉に、今度は狼の動きがぴたりと止まる。

舐め回すのを止めると、狼はユリウスと俺の間にそのまま陣取って目を伏せた。

ユリウスはまだ項垂れたままだ。

「…ノア様、申し訳ございませんでした。あの様な…」

絞り出す様な声で、ユリウスは何度も謝り続ける。

「んー、苦しかったのは確かだけど、ユリウスもノアールのことを想い慕っていたと分かったから、なんだか俺も嬉しいし…」

「…ノア様」

「ユリウスにも俺みたいに、記憶があるのか?」

「…いいえ、記憶ではありません。」

「…ん?」

俺にノアールとしての記憶があるように、ユリウスにも昔の記憶があるのかと思っていたが、違うんだろうか。

「わたしは、ずっとわたしのままです。ノアール様がお亡くなりになったと知り、ここの湖に身を投じてから、何度も生まれ変わって生き続けています。」

「そんな、嘘だろ…」

「嘘ではありません。わたしにとっては、記憶ではなく、全て実際に体感した過去の出来事です。ノア様にはノアール様の記憶があるようですが、ノアールさま本人ではない。」

建国してから既に何百年も経っている。その間ずっとユリウスは一人で生きてきたんだろうか。

「ノアール様はすでにお亡くなりになってしまいました。ノア様に記憶が宿っておられても、ノアール様ではないノア様にあの様なことをすべきではなかった筈なのに、何年生きてきても変わらない自分の軽率さと未熟さに、嫌気が指します。」

ノアールに対するユリウスの想いは相当に深い。

何年も何百年も想い続けてきたんだ。

ノアールだってそうだ。

俺はノアで、ノアール本人じゃないとユリウスから言われて、胸がちくちくと痛む。

ノアールの生まれ変わりだとしても、やっぱり俺はノアールじゃない。

敵うことのない、記憶の中にいるノアールに俺は嫉妬している。

「…ノア様、どうしてもわからないことがあるのです。ノアール様がわたしの子を宿したと言うのは真実なのでしょうか。」

ああ、そうだ。このことはちゃんと伝えておかなきゃいけない。

史実には何も記されていない、あの時の出来事を。

知っているのは、俺だけ…

いや、今になって考えれば、父さんも何か知っているのかもしれない。

ユリウスに対する当たりがきついのも、そのせいじゃないだろうか。

隣で目を伏せたままの狼が膝に顔を擦り寄せてくる。

ふさふさとしたその頭を撫でてやると、満足気に見える。

「その狼も、わたしと一緒です。あの頃はまだ小さな子どもでしたが、まさか今になってもこうして生きていたとは、わたしも驚きです。」

かつて怪我をした狼の子を世話していた記憶を思い出す。

怪我が治ってから野に放ったが、ノアールとユリウスの姿を見ると、いつもどこからか現れて、二人に付き従っていた。

戦闘中も幾度か助けられた記憶がある。

「…お前、あの小さかった狼なのか?」

狼は閉じていた目を開くと、じっと俺の目を見て、それからまたもっと撫でろとせかしてくる。

「名を付けると情が湧くからと言って、ノアール様はそのまま野に放ったのですが、ずっとノアール様のことをお慕いしていたようです。」

ノアールは狼からも慕われていたんだな。

ちくちくとした痛みを感じながら、ユリウスが消えた後、ノアールに何があったのかを俺は静かに話し始めた。








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