あまのじゃくの子

栗原みるく

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第17話

タイムリープはそれから5年後へ―――――

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 卒業式の帰り、私達は雪子ちゃんを励ますためにカラオケボックスへと入った。

「よーし。今日は何時間だって雪子ちゃんに付き合うよ。ねー谷野やの君」

「お、おおー」

 萌衣に乗せられ、そのテンションについていけずも軽く合わせる谷野やのの顔に
 フッと笑みがこぼれる。

「ありがとう、萌衣ちゃん、谷野やの君。じゃ、さっそく歌っていい」

「どうぞ、どうぞ」

「なに歌おうかな…」

 雪子は本をめくりながら手慣れたリモコン操作でどんどん曲をエントリーしていく。
 
 曲が始まればまるで人格が変わったように歌い出す。


 雪子ちゃんはハイピッチで上機嫌で歌っていた。



「この状況…どうするの?」
 
「う…ん…」

「しかし、津山さんのお母さんすごいね。一人カラオケしてる…」

 谷野やのは萌衣に擦り寄っていくと、小さく囁いた。

「ごめん…(笑)」

 私も谷野やの君に愛想笑いを向けて返す。




 昔、母がよく子守唄を歌ってくれたことを思い出した。

 だけど、その年代の歌は全然知らなくて、すぐに寝落ちしていた。

 今、改めて母の歌を聴くと、なんだかしっくりくる。
 
 それは多分、私も同じ年代の人だから何だと思う。

 歌詞だけ聴くと失恋の曲だとか恋をしている曲だとかわかる。

 私はそんな母の姿を見ていると、なんだかとても切なくなってきて泣けてきた……



 これが母の青春時代だったのかと私はちょっぴり胸が熱くなった。
 18歳の母に比べ私が18歳の頃は何をしていたのかなあ…と、ふと
 振り返ってみるが何一つ思い出に残るような記憶などなかったことに
 気づく。早くに母を亡くし…、そう言われて見れば、私は誰かを本気で
 好きになったこともなくぼうぜんと生きていたような気がする。
 そんな感情さえも無くしていた私はつまらない青春時代を送っていたことに
 心底悔やんでいた。
 
 いつも誰かのせいにして、一人じゃ生きていくこともできないくせに当たり前のように安全な場所にいて守られ自分から抜け出そうとはしなかった。

 平凡な人生をただただ、毎日同じことを繰り返し変わり映えのない 暮らし に 満足していた。
 それ以上でも、それ以下でもなく、一定の一直線上を歩いているだけの先の見えないゴールをどこに向かって歩いてるのかさえ分からないで、平然と流れていく季節を繰り返す日々だけがいつの間にか過ぎ去っていくのだった。


 きっと母は好きな人に好きだと言えず、ありのままの自分の気持ちをずっと
 押し殺して生きてきたことに心のどこかで後悔していたのかもしれない…。


 高校を卒業すれば、いずれ春陽はるき君は不動産会社を経営している父親の跡を
 継いでエリート社長が約束されている御曹司だ。ほっといても向こうから女が
 寄ってくるだろう。女なんて選び放題だ。

 

 雪子は募る想いを紛らわす為にひたすら歌っていた。


 この時の母はきっと一時いっときの感情に流されず、いつか流れる時間が
 風化させてくれるとそう願っていたのだろう…。

 まだ浅い想いなら時間と共に新しい恋に出会えた時、その想いが消えるだろうと
 思っていたからだ。



 だが、その想いは意外としぶとく自分が思うよりももっと深い場所に
 あったことに気づいたのは雪子が高校を卒業してから数年が経った
 頃だった―――――ーーー。





 そして、私達がカラオケボックスに入ってからいつの間にか数時間が
 経過していた。


 随分、長い時間、私達は歌っていた―――ーーー。


 少しは母も気分が晴れただろうか……。



 そのうち出入口扉のすぐ横の電話から『プルルル…』と呼び出し音が鳴る。


「はい、もしもし」

 私が電話に出ると、

『フロントですが、残り時間10分となりました』

マニュアル通りの声に「はい、わかりました」と、私は電話を切る。



「残り時間10分だって」

 私は雪子ちゃんに身振り手振りしながら合図を送る。

 雪子ちゃんは『わかった』と【ok】サインを送り返してきた。


 私はニッコリと微笑んだ。


 ラスト1曲―――ーーー。



 雪子ちゃんが歌っている曲が終わると、明かりを消して私達は部屋を出た。





 財布を開けると、この前来たときにもらった1時間無料の割引券が入っていた。


私が割引券を出し、残りのお金を精算しようと財布の千円札に指が触れた時だった。

「これでお願いします」

 隣にいた谷野やの君が千円札を2枚出す。


 私はふぅと谷野やの君に視線を向ける。

「津山さんは割引券だけでいいよ。ここは僕のおごり(笑)。
レディーファーストなんてね(笑)」


 谷野やの君は目尻が下がり微笑んでいた。


「ありがとう……」

 萌衣は頬を赤くして俯く。


 私達がカラオケボックスを出ると外は雨が降っていた。

「ああ、雨降ってるよ。最悪ー」

「どうしようか…傘持ってないしね」


 ふと私の視線に黒い傘を差した人が視界に入ってきた。

「康ちゃん」

「え?」


 雪子ちゃんは私の前を通り過ぎ、黒い傘を手にした人の方へと駆け寄って
 行った。
 
 彼の横顔は津山康介だった。そう、若い時の父だ。

「どうしたの?」
「今日…卒業式だっただろ? おばさんがさ、なかなか帰ってこないって
うちにまで来てさ『康ちゃん、知らない?』って言うもんだから探したよ」
「ごめん。友達とさ、カラオケで盛り上がってさ」
「そうか…。俺はさ、てっきりあいつとうまくいったのかと思ったよ…」
「あいつって?」
「金持ちの坊ちゃん」
「まっさか(笑)。なんで私があいつなんかと…」
「だってお前、ずっとあいつに惚れてたじゃん」
「別に好きじゃないよ。あんな女たらし」

 雪子はプイッとそっぽを向く。

「ホントお前は素直じゃないというか…天の邪鬼だなあ…」 


康介君は私達に視線を向けると軽く頭を下げる。

「萌衣ちゃん、谷野やの君、じゃあね、バイバイ」


 そして、2人は肩を並べて相合傘で帰って行った。

 私と谷野やの君は呆然とした表情を浮かべ、遠ざかる2人の
 後ろ姿を見つめていた。


 「もしかして、迎えに来てくれたの?」

 「まあな」

 「彼女いるくせに…(笑)」

 「俺の彼女は物わかりがいいからヤキモチなんてやかないんだよ」

 「ふーん」

 遠くからだと会話の中身など聞こえないが、そんなたわいもない会話をしている
 雪子ちゃんの顔は笑っていた。

 それは春陽はるき君に見せたことのない笑顔だった。


 18歳の母と20歳の父はなんだか不器用に一生懸命なとこが似た者同士だなあ…と、
 少しだけ可愛く思えた。



 次第にどしゃ降りの雨は小雨へと変わっていった。

「あ、雨が…小雨になってきた」


「あ、ほんとだ…。僕達も帰ろうか」
 
 谷野やの君は私に視線を向けて言った。

「そうだね」



 境界線があるとしたら、次はどの時代にタイムリープするのだろう……。

 だけど、どの時代に行こうと、折り返し時点を過ぎた私達は確実に
 未来へと向かっていた。



「なあ…お腹すかない?」

「あ、そういえば…『ぐ~』

 静かな夜道を歩く私達の足を止めるようにタイミングよくお腹の虫が
 鳴いた。


「いっぱい歌ったからお腹空いたね」

「っていうか、津山さん、2曲しか歌わなかったじゃん」

谷野やの君だって1曲だけじゃん。雪子ちゃん、マイクはなさなかったしね(笑)」

「うん…」

「なんか、津山さん、そっくりだったなあって思って…」

 
「そりゃ親子だからね」

「まあ、確かにね…」

 その時、私の目に煌めくネオンに囲まれた店が映った。
 
 まるで足が吸い込まれていくように私達はその店の前で立ち止まる。

 店の名前は【future】。日本語で【未来】。

 オシャレな造りでできた建物だった。


 昔からある店にしては他の店とは雰囲気が違う建物だった。

 看板も不思議な感じがしていた。

 

 もしかして未来へ戻れる入口なのかもしれない…なんて、そんな都合のいい
 扉なんてあるはずもないのに、少しは心の奥で期待していたりして。
 ―もしかしたらって……

「あ、ここにしない?」

「ああ、僕もここにしようと思ってたんだ」


 私達はなぜかその店が気になり、引き寄せられるように進んでいた。


 そして、私と谷野やの君が同時に扉のドアノブに手を添えたその時、
 ビリッと、なにか静電気のような振動が触れた手から伝わってきた。

「え…なに?」

 思わず手を離しそうになる私の手の上から覆いかぶさるように谷野やの君の
 手が強く握ってきた。私がふと谷野やの君を見ると、谷野やの君は
 真剣な眼差しを向けてうなずく。

「行くよ」

「うん…」


 そして、私達は同時に扉を開けたのだった。


「いらっしゃいませ。2名様でしょうか」

 元気がいい女性スタッフの声に私はとりあえず「はい」と答える。

「こちらへどうぞ」

 私達は女性スタッフに案内されるまま奥へと進んで行った。


 見渡せば、そこはどこにでもあるような普通の飲食店だった。


 奥の座敷からはなんだか賑やかな声が通路まで漏れてきていた。


 座敷の前には【日比野南高校同窓会】と、表示された表札が
 立てられている。


 日比野南高校は私達が通っていた高校だった―――ーーー。

 卒業したばかりの私達には関係ない。多分、先輩たちの同窓会なんだろう…と
 私達が座敷の前を通り過ぎようとした時だった、座敷から一人の女性がでてきた。


 え? この人…どこかで…

 まさかね。そうコロコロとタイムリープなんてありえないっていうの。

「おお、やっと来た来た…」

「え?」


 私は開いたドアから中の様子を見て驚く。懐かしい顔ぶれの男女が

 ワイワイとにぎわっていた。そこに集まる男女はまさに
 卒業式で別れを惜しんだクラスメート達だった。
 外見は少し変わっている子達もいたが面影はある。

『これは…どういうこと!?』

『タイムリープしたのかも』

 谷野やの君がボソッと囁いた。

『え?』



「もう、萌衣ちゃん遅いよ。萌衣ちゃんと谷野やの君が来たよ」

 女性は座敷に集まる男女達に報告するように大きな声で言った。

「よ、幹事だおせーぞ谷野やの

「え」



「同窓会に来られたんですね(笑)。どうぞ、ごゆっくり」

 そう言って女性スタッフは持ち場へと戻って行った。

「え…」


「さあ、みんなお待ちかねだよ」

 私達は彼女に背中を押されるまま座敷へと入る。


ここは――――ーーー。


確かに見覚えのある顔ぶればかりだった。



 スーツや化粧をして、それぞれ個性のある容姿をしているが、大人びた顔立ちに
 成長した3年A組のクラスの連中だぅた。



 もしかして――――ーーー



『タイムリープ下みたいだね』

 谷野やの君が囁いた。

『え?』


 不意に私の目に大人っぽくなった春陽はるき君の姿が映る。

 彼は相変わらず女の子達に囲まれていた。


 その視線は私と谷野やの君を見ると『よっ』と手を振り上げる。
 
 谷野やの君も春陽はるき君に合わせるように胸元で
 小さく手を振っていた。

 
 ポワッ、、、、ドキッ…。




 私は一瞬、彼に目が奪われていた。



 めちゃくちゃカッコよくなっている……かも…


春陽はるき君…いい男になってるでしょ』

 葵が萌衣の耳元で囁く。


『う…ん。あ、いや…』

ふと、彼女の横顔が葵ちゃんの面影と重なって見えた。


『葵ちゃん?』

『うん、そう』

 葵ちゃんは私に視線を向けて笑うと、

『ねぇ、萌衣ちゃん…春陽はるき君ね、今、私と付き合ってるの。
だから、取らないでね』

『……え?』



 葵ちゃんは私の耳元で囁くと春陽はるき君の元へと駆け寄って行った。 


『ねぇ、谷野やの君、今何年よ…』


『多分…卒業式から5年後の―――2003年。ほら、あそこのカレンダー…』



 私は壁際に貼られたカレンダーに視線を向ける。



 私の目に映るカレンダーの年が1998年から2003年に変わっていたーーー。





 うそでしょーーーーーーーーーーーーーーーー!?





 
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