『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」

第12話「仮面の裂け目と、蝶の羽ばたき」

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舞踏会は終わった。
音楽も拍手も消え去り、仮面を脱いだ面々は“現実”へと戻っていく。

だが、彼だけはまだ仮面を外せなかった。

王太子アレン=ヴァルフォードは、広間の片隅、誰もいない月光の射す回廊で、仮面を握りしめていた。

リリアーナの手を取って踊った。
その笑顔を真正面から受け止めた。
誰もが賞賛し、誰もが祝福する、完璧な舞踏だった。

それなのに。

「……どうして、こんなにも……息が詰まるんだろう」

あの瞬間、彼女の目を見たとき。
仮面の下の“顔”が、心の奥深くに貼りついたように離れなかった。

彼女の声は優しく、笑顔は穏やかで。
けれど、そのすべてが“用意された未来”であるような、奇妙な既視感を伴っていた。

「“仮面”をつけていたのは……本当に、僕だけだったのか?」

ぽつりと呟いたそのとき。

ひらり、と、青い蝶が彼の肩へと舞い降りた。

「……君か」

それは学院庭園に放たれた蝶――だが、彼の記憶の中では、それは“リリアーナが大切にしている象徴”でもあった。

蝶は、彼の仮面の縁に止まる。
そして、ほんのわずかに翅を震わせた――その振動が、なぜか仮面を裂くように感じられた。

――パキン、と小さく割れる音。

「あ……」

右のレンズが、仮面から剥がれ落ちる。
わずかに視界が開ける。
まるで、それは“真実を見る目”を取り戻すかのように。

そしてアレンの視線の先に現れたのは――

「王子様」

仮面もドレスも外したリリアーナ=エグレアだった。

けれど、なぜか。
“あのときの笑顔”は、もうそこにはなかった。

「どうなさいましたの? そんな……迷子の子供のような目をなさって」

アレンは口を開こうとした。
けれど声が出ない。

彼女の指先が、自らの喉元に触れる。
まるでそこに“糸”が結ばれているように、なぞる。

「わたくしは、王子様を……自由にしたくて、縫ってきたのですのよ?
窮屈だった未来を。誰かの意志に縛られた義務を。
だから、王子様に合うドレスを、振る舞いを、言葉を、ぜんぶ――仕立て直して差し上げたのです」

その声は、冷たくもなければ、優しくもなかった。

ただひたすらに、純粋だった。

「ですが、王子様が仮面を裂いたというのなら……わたくし、また一から縫い直さなければいけませんわね」

蝶が、ふわりと飛び立った。

仮面の下の裂け目から――ようやく、風が通り抜けた。

そしてアレンは、ついに問いかけた。

「リリアーナ……君の“好き”って、何なんだ?」

リリアーナは、しばらく沈黙してから。

「それは、“すべてを仕立てること”ですわ」

微笑みと共に、彼女はそう答えた。

仮面は裂けた。だが、呪いはまだ解けていない。

蝶の羽ばたきが、嵐を呼ぶ前兆になるとは――
このとき、誰も知らなかった。
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