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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」
第16話「エグレア邸の地下温室と、蝶の標本」
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エグレア侯爵邸の地下には、誰も知らぬ庭園がある。
それは“温室”と呼ぶにはあまりに静かで――“聖域”と呼ぶには、どこか禍々しい場所。
白い石造りの階段を下りた先にあるのは、ガラスで囲われた半球体の温室。
外気の届かぬ密閉空間に、毒草と薬草、珍奇な花々が整然と植えられていた。
今夜、その温室の中心に、リリアーナ=エグレアの姿があった。
「蝶たち……よくお眠りなさいませね。あなた方は、王子様の心の断片。
ひとつでも乱れてしまえば、きっと彼は、また“迷子”になりますわ」
彼女の手には、小さなピンセットと、銀の針。
そして目の前の作業台には――
無数の蝶の標本が並んでいた。
淡い青、濃い青、白混じりの翅。
どれも、王子アレンが「綺麗だ」と言った色に近い。
「王子様は、翅の美しいものを選びますの。
けれど……生きている蝶は、どこかへ飛んでいってしまう。だから、こうして“飾る”のが一番」
リリアーナは微笑む。
蝶の標本に囲まれたその笑顔は、まるで“愛”を語る少女のそれだった。
けれど、それは同時に――“永遠の支配”でもある。
「動かないからこそ、愛しいのです。
変わらないからこそ、真実です。
そうでしょう? ねえ、王子様」
誰もいない空間に問いかけるようにして、彼女は針を翅へと通す。
その一刺しは、優しさのように、確信に満ちていた。
*
その頃、邸宅の外では、黒衣の影が塀を超えていた。
カイル=バルステッド。
そして、そのあとを慎重に追うセシリア。
彼女たちは知っている。
エグレア家の地下には、“何かがある”。
「この家に出入りするメイドの報告によると、地下温室には定期的に人の出入りがある。
けれど、植物学の書物や魔術的栽培に関するものは何ひとつ記録されていない。
つまり、あの場所は――“表向きの温室”じゃない」
カイルは手際よく鍵を開ける。
重たく開いた鉄の扉の先――そこには、ほのかに甘く、しかしどこか鉄臭いような空気が満ちていた。
階段を下り、温室に近づくにつれ、香りが濃くなっていく。
そして、セシリアは見てしまった。
ガラスの向こう。
無数の蝶が“標本”として並べられた光景を。
そしてその中央に、まるで“祈るように”立つリリアーナの背中を。
「……あれが、リリアーナ……?」
「いや、“あれ”はもう、ただの優等生令嬢じゃない。
愛という名の名札をつけた、監獄そのものだ」
カイルは低く呟いた。
そして、セシリアはそっと手を伸ばした。
リリアーナが愛してやまぬ“蝶”たちの、一匹の翅に――
小さな綻びがあることに気づく。
「これは……」
そこには、“A.V.”――王太子アレンのイニシャルが、微細に刻まれていた。
蝶ですら、“彼”でなければならないのだ。
その異常さに、セシリアはようやく戦慄を覚えた。
そして同時に、心の奥で確信した。
この愛は、美しすぎる。
だからこそ、誰かが止めなければいけない。
彼女の手が震えていたのは、恐怖ではなかった。
それは、リリアーナ=エグレアという“完璧”に対して、
初めて“真正面から挑もう”とする意志の震えだった。
それは“温室”と呼ぶにはあまりに静かで――“聖域”と呼ぶには、どこか禍々しい場所。
白い石造りの階段を下りた先にあるのは、ガラスで囲われた半球体の温室。
外気の届かぬ密閉空間に、毒草と薬草、珍奇な花々が整然と植えられていた。
今夜、その温室の中心に、リリアーナ=エグレアの姿があった。
「蝶たち……よくお眠りなさいませね。あなた方は、王子様の心の断片。
ひとつでも乱れてしまえば、きっと彼は、また“迷子”になりますわ」
彼女の手には、小さなピンセットと、銀の針。
そして目の前の作業台には――
無数の蝶の標本が並んでいた。
淡い青、濃い青、白混じりの翅。
どれも、王子アレンが「綺麗だ」と言った色に近い。
「王子様は、翅の美しいものを選びますの。
けれど……生きている蝶は、どこかへ飛んでいってしまう。だから、こうして“飾る”のが一番」
リリアーナは微笑む。
蝶の標本に囲まれたその笑顔は、まるで“愛”を語る少女のそれだった。
けれど、それは同時に――“永遠の支配”でもある。
「動かないからこそ、愛しいのです。
変わらないからこそ、真実です。
そうでしょう? ねえ、王子様」
誰もいない空間に問いかけるようにして、彼女は針を翅へと通す。
その一刺しは、優しさのように、確信に満ちていた。
*
その頃、邸宅の外では、黒衣の影が塀を超えていた。
カイル=バルステッド。
そして、そのあとを慎重に追うセシリア。
彼女たちは知っている。
エグレア家の地下には、“何かがある”。
「この家に出入りするメイドの報告によると、地下温室には定期的に人の出入りがある。
けれど、植物学の書物や魔術的栽培に関するものは何ひとつ記録されていない。
つまり、あの場所は――“表向きの温室”じゃない」
カイルは手際よく鍵を開ける。
重たく開いた鉄の扉の先――そこには、ほのかに甘く、しかしどこか鉄臭いような空気が満ちていた。
階段を下り、温室に近づくにつれ、香りが濃くなっていく。
そして、セシリアは見てしまった。
ガラスの向こう。
無数の蝶が“標本”として並べられた光景を。
そしてその中央に、まるで“祈るように”立つリリアーナの背中を。
「……あれが、リリアーナ……?」
「いや、“あれ”はもう、ただの優等生令嬢じゃない。
愛という名の名札をつけた、監獄そのものだ」
カイルは低く呟いた。
そして、セシリアはそっと手を伸ばした。
リリアーナが愛してやまぬ“蝶”たちの、一匹の翅に――
小さな綻びがあることに気づく。
「これは……」
そこには、“A.V.”――王太子アレンのイニシャルが、微細に刻まれていた。
蝶ですら、“彼”でなければならないのだ。
その異常さに、セシリアはようやく戦慄を覚えた。
そして同時に、心の奥で確信した。
この愛は、美しすぎる。
だからこそ、誰かが止めなければいけない。
彼女の手が震えていたのは、恐怖ではなかった。
それは、リリアーナ=エグレアという“完璧”に対して、
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