『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」

第15話「セシリア、沈黙の裏で動くもの」

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誰もが忘れかけていた存在――それが、今のセシリア=ロートベルクだった。

王太子との距離は、ほとんどゼロだったはず。
仮面舞踏会の直前までは、“ただの同級生”以上の視線を彼から感じていた。
けれど今は、話しかけても目を逸らされる。
それはまるで、すでに何かを“編集”されたかのような拒絶だった。

――記録が消されている。

彼女は、薄々そう感じていた。

王子と交わした会話が、なかったことになっている。
周囲の生徒たちは「舞踏会、素敵でしたね」とリリアーナにだけ語りかけ、
誰ひとり、セシリアの存在に触れようとしない。

まるで、自分だけが“舞台の外”に立たされたようだった。

「……やっぱり、動いてる」

セシリアは机の引き出しから、古びた手帳を取り出した。

それは、彼女が一年生の頃から書き続けていた“独り言ノート”。
日記ではなく、観察記録。
好きな人の、話した言葉。
リリアーナの行動の、不自然な一致。
マルシェという影の使用人が現れる時刻の癖。
学院内の“噂”が突然消えるタイミング。

すべてが、微かに繋がっている。

「もう……見逃すわけにはいかない」

彼女は静かに立ち上がる。

制服の袖口は、まだほころびかけている。
けれど、もうそれを直す時間も惜しかった。

そしてその夜。

セシリアは、学院外れの裏回廊へ向かった。
そこは人通りも少なく、魔力探知も甘い区域。
《リュミエール・シャドウ》の元記者たちが、かつて“真実”を集めていた場所だ。

「……久しぶりですね、セシリア嬢」

声をかけてきたのは、ひとりの男子生徒。
灰色の髪、冷めた目つき、そして――
王太子アレンの元友人、カイル=バルステッド。

「あなた……学院を出て行ったって……」

「消された、という方が近いかもな。
けど俺は逃げなかった。
今もまだ、“あいつ”の動きを見てる」

彼は、リリアーナを“あいつ”と呼んだ。
それだけで、セシリアは少しだけ肩の力を抜いた。

「……わたし、彼女が怖いの。
でも、それ以上に――
あの人に全部、奪われていくのが、いやなの」

カイルは、静かに頷いた。

「俺も、同じだった。
“あの笑顔”の裏で、どれだけの記憶が縫い直されてきたか。
もう黙ってるわけにはいかない」

「お願い。力を貸して」

その言葉に、カイルは頷くでもなく、拒むでもなく――
ただ、ひとつの小さな紙片を差し出した。

それは、破られた《リュミエール・シャドウ》の裏表紙。
そこに、手書きのメモが添えられていた。

“彼女の記憶に侵される前に、記録を確保しろ”
“温室・地下・蝶・針と糸”
“真実は、必ず異物を排除する”

セシリアは、手を震わせながらそれを受け取った。

「……わたし、まだ間に合うかな」

「間に合うさ。間に合わせるんだよ――リリアーナの“完璧”に、穴を開けるためにな」

仮面の裏で動く、もうひとつの真実。
沈黙の中で、ついに“蝶の対抗者”が、羽ばたき始めた。
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