『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」

第18話「愛の結び目にナイフを添えて」

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それは、柔らかくて、あたたかくて――けれど、ひどく冷たいものだった。

***

リリアーナ=エグレアの手元には、今日も美しいリボンがあった。
王太子アレンの制服に合わせた色、素材、肌の温度を記憶して染め上げた布。
端には、彼のイニシャルをひそかに縫い込んである。

「王子様が望まなくても、わたくしが覚えていれば充分ですわ。
記憶は、共有しなくても、手元に残しておけますもの」

そう言いながら、リリアーナは指先でリボンを結び、
きゅっと、結び目を引き締めた。

だがその結び目に――彼女はそっと、ナイフの先を添えた。

「愛がほどけないように、結び目を固めるのは当然。
でも、“誰か”がそれを切ろうとするなら、こちらも……対処が必要ですわよね」

その“誰か”が誰であるか、もはや曖昧ではなかった。

セシリア=ロートベルク。

最近、王子の視線が彼女に向いた時間――七秒。
昼食時の接近――半歩。
発言の頻度――一日あたり二文。

すべて“予定外”の数字だった。

そして今朝、王子はリリアーナにこう言った。

「……たまには、予定を忘れて、どこかへ行かないか?」

それは何気ないひと言。けれど、リリアーナにとっては、決定的な“違和感”だった。

「……まさか、王子様が“自分の意志”を持とうとしているなんて」

彼女は、笑わなかった。
それは、彼女の記憶において初めて“表情が止まった瞬間”だった。

愛の結び目が、ほどける気配。
いや――“誰かの手”によって、切り離されようとしている。

***

その頃、セシリアは学院の旧書庫にいた。

彼女は《リュミエール・シャドウ》の元記者、カイルと共に、ある記録を調べていた。

それは――リリアーナの過去に関する記録。

「これは……」

古びた帳簿には、こう記されていた。

『リリアーナ=エグレア、幼少期の医療記録』
・情緒の固定化
・母の失踪後、言語能力が一時停止
・再言語化後、“すべてを記録する癖”が出現
・対人関係において、独自の“行動再設計”傾向あり
・対象人物に対し、過剰な同一化と構築的支配を示す

「……これ、つまり……」

「“愛してる”って言葉を、行動の“プラン”として捉えるようになったってことだ」

カイルの声は低い。

「彼女にとって愛は、“物語”なんだ。
結末が決まっていて、そのために人物を配置して、布を縫って、未来を仕立てる。
だから、王子が“自分で選ぼうとする”のは、物語の破綻なんだよ」

セシリアは震える指で、その記録を握りしめた。

「じゃあ……わたしが動いたら、“彼女の愛”はどうなるの?」

「……ナイフが、出るかもな。愛の結び目には、甘い香りと一緒に――鋭利な刃が縫い込まれてる」

***

その夜。
エグレア邸の温室には、再び“ひとつの蝶”が増えていた。

翅の色は、セシリアの持つハンカチと同じ淡紅。
胸元には、小さく「S.R.」の刻印。

そしてその隣に並ぶのは、すでに何十体も作られてきた“同じ色”の蝶たち。

「もう、失敗はしませんわ。
王子様の未来は、わたくしがきちんと保管して差し上げますの。
たとえそれが、“少し痛みを伴う”ことになりましても」

リボンの結び目に添えられたナイフが、銀の光を宿した。

それは、愛という名の儀式に備えた、無言の宣戦布告だった。
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