『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」

第19話「仮面の下で交わされた誓いの行方」

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学院東側の古塔にある回廊――
そこは“誓いの回廊”と呼ばれ、かつて恋人たちが秘密を交わした場所として知られていた。

雨が止んだばかりの午後、アレン=ヴァルフォードは、静かにその場所に立っていた。

足元には濡れた石畳、壁にはうっすら苔が這う。
けれど、そこにはかつての仮面舞踏会の記憶が残っていた。

リリアーナと踊った夜。
彼女の仮面の下に見た、微笑と狂気の境界線。

「……僕は、何を誓ったんだっけな」

ひとりごちたその声に、応える声があった。

「王子様は、“何も誓っていません”でしたわ。
わたくしが誓っただけです。未来を、幸福を、永遠を――あなたにすべて差し上げると」

そこに立っていたのは、リリアーナ=エグレアだった。
白い制服に、例の青いリボン。
そして今日は、仮面を持っていなかった。
だが、微笑みの奥に――“それよりも硬質な何か”が貼りついていた。

「王子様、どうかいたしましたの?
最近、わたくしとのお時間を“避けて”おられるように感じまして」

「……リリアーナ。君は、僕に“自由”をくれたことってある?」

その言葉に、空気が一瞬凍る。

リリアーナの微笑みが、ほんの少しだけ止まる。
けれど彼女は、すぐに優雅に首を傾げた。

「自由? 王子様……それは、“不確かな未来”のことを指すのでしょうか?」

「そうだ。“自分で選ぶ”ってことだ。
たとえば、誰と話すか、何を考えるか、どこへ行くか……」

「それなら、もうすでに選んでいらっしゃいますわ。
――“わたくしの隣”という最善を」

「……違うよ」

その言葉は、リリアーナの心を静かに裂いた。

アレンは続ける。

「君の言う“未来”は、あまりにも綺麗すぎる。整いすぎてる。
まるで……君が僕を、仮面のままにしておきたいように思えるんだ」

「……」

リリアーナは、返事をしない。

けれど、沈黙が彼女の中で何かをかき乱していた。

「君が僕を想ってくれていることは分かってる。
でも、君は“僕の心”が動くことさえ、計算してる。
“好き”って気持ちを、“記録の一部”みたいに扱ってるんじゃないかって――怖いんだ」

その言葉に、リリアーナはそっとまぶたを閉じた。

そして、ほんの一言。

「……なら、どうしてわたくしの手を取ったのですか?
舞踏会の夜、仮面を外して、わたくしと踊ったのは――王子様でしょう?」

「……君に、抗えなかった」

アレンの答えは、静かで正直だった。

「君が、あまりにも“僕の理想通り”で。
優しくて、完璧で、何でも叶えてくれるから――
でも、気づいたんだ。
君の“好き”は、僕の“好き”とは、少し違う」

それは、拒絶ではなかった。
けれど、はっきりとした線引きだった。

リリアーナは、ゆっくりと足元を見つめた。

「……では、これで終わりですの?」

アレンは、答えなかった。

その沈黙こそが、返答だった。

***

その夜、リリアーナはひとり、温室にいた。

手には、あの青いリボン。
結び目は、崩れていた。

「王子様。
あなたは、仮面の下で誓ったことを、忘れてしまったのですね。
でも、わたくしは忘れませんわ」

彼女はリボンを静かに握りしめた。

「……愛とは、“どちらか一方”が続けていれば、永遠になりますの。
だから――まだ、ほどけてなどいません」

その声は静かに、けれど確かに、狂気の端を帯びていた。

微笑の裏側に、剥き出しの感情が芽吹きはじめている。

仮面が外れたその先にあるもの。
それは――愛か、それとも破滅か。

次の幕が、ゆっくりと降り始めていた。
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