『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第2章「仮面の下の顔、愛は誓いか呪いか」

第20話「そして、誰も知らない“最後の糸”へ」

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「ごきげんよう、王子様。
わたくし、“最後の一手”を縫い終えましたのよ」

そう告げたとき、誰がその笑顔の裏に“終末”を見抜けただろうか。

***

その日、学院は王都からの使者の訪問で慌ただしかった。

近く王太子・アレン=ヴァルフォードの**“正式な婚約発表”**が予定されている。
その候補者の筆頭とされているのが――もちろん、リリアーナ=エグレア。

だが、それは「すでに決まったこと」ではない。
少なくとも、“本人の意志”がなければ。

「王子様の答えは、どうなるかしら」

学院中の誰もが固唾を飲む中、ただ一人、リリアーナだけが静かに微笑んでいた。

「ええ、もう“縫い上げ”は済んでおりますわ。あとは、“切る勇気”があるかどうかだけ」

彼女は自室の奥で、ひとつの布を撫でていた。

それは、青と白で織られた長い帯状の布。
両端にはそれぞれ、金糸で“A”と“R”の文字。

アレンと、リリアーナ。
この布は、二人の未来を象徴する“最後の糸”。

「もし王子様がこの糸を握れば、それが“答え”。
わたくしと共に歩む未来が、正式に始まります」

その声は、優しい囁きのようで――しかし、逃れられぬ呪詛のようにも響く。

マルシェが背後から静かに現れ、報告する。

「セシリア嬢、昨夜より行方不明。
旧塔の記録保管庫に“強行侵入”の形跡あり。現在、カイル=バルステッドと共に潜伏中と推測」

「ええ……あの子、最後の糸に手をかけたのですね」

リリアーナは、針を置いた。

「ならば、もう“優しさ”は不要ですわね」

彼女は立ち上がる。

その足取りは、儀式へ向かう神官のように静かで、そして冷たい。

「王子様は迷っています。ですから、選択肢はひとつに絞らなければ。
“選べる”という幻想こそ、彼を縛る鎖なのですもの」

マルシェが小さく頷く。

そして、リリアーナは最後の確認をするように、小声で自らに言い聞かせた。

「……愛は、計画です。
幸福は、構築です。
わたくしが縫えば、世界は美しく、すべてが正しくなる」

その言葉の先には、誰の顔も浮かばなかった。

あるのはただ、縫い上げられた“完成図”だけ。

***

その夜、王子アレンのもとに届いたのは、一枚の手紙と一本の布。

――「明日の夕刻。温室にて、お待ちしております」

「わたくしの最後の糸に、触れてくださいませ。
それは決して、あなたの自由を奪うものではございません。
むしろ、あなたを“不自由から解き放つための契約”ですの」

添えられた帯布は、触れた瞬間、まるで体温のように温かかった。

アレンは、それを見つめながら思った。

これは――選択肢ではなく、**「選ばされる運命」**だと。

仮面の下で交わした言葉、交差する視線、そして誰もが言葉にしなかった“恐怖”。

彼の中で何かが形になりかけていた。

***

同時刻、旧塔の地下通路。

カイルは、古い魔導装置を起動させながら言った。

「王子が“触れた瞬間”、すべてが始まる」

セシリアは、その言葉に頷いた。

「でも――止められる。“本物の言葉”があれば、きっと……」

彼女の手の中には、王子と交わした“最初の記録”が握られていた。

それは、削除も改ざんもされなかった、ただひとつの純粋な言葉。

『君のこと、もっと知りたい』

最後の糸が、誰の手によって切られるのか――

それは、誰にもまだわからなかった。
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