『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち

第21話「温室で結ばれるはずだったもの」

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エグレア邸の地下温室。
静寂の空間に灯るのは、月光を模した魔導燈だけ。
花の香りと蝶の標本、そして、縫い上げられた未来の気配。

その中央に、リリアーナ=エグレアはいた。

白のドレス。銀糸のリボン。
足元には、“選ばれるための契約布”が敷かれている。
両端には、“A”と“R”の刺繍――それはまるで、結婚式の誓約のようだった。

「ようこそ、王子様。わたくしの世界へ」

その声は微笑を含んでいて、けれど、底が見えない。

アレン=ヴァルフォードは、静かに歩み寄った。

彼の手には、リリアーナから届いた青と白の布が握られていた。

「これは……君が用意した“未来”なんだろう?」

「はい。王子様が望めば、すぐに始まります。
この糸を、あなたの手で“結んで”くだされば――わたくしたちは、誰からも引き裂かれない」

リリアーナの目は、まっすぐだった。

狂ってなどいない。
そこにあるのは、“本気で信じている”愛の形。

「君はずっと、僕の未来を縫ってきた。
完璧な行動、整った関係、好感度も、接触の距離も……全部、決まってた」

アレンは布を掲げる。

「でも――僕は今日、自分で“選びたい”と思った」

リリアーナの表情が、微かに揺れる。

「わたくしを、選ばない……というのですか?」

「違う。
君に、選ばされるのをやめたいだけだ」

静かな声だった。
だがその言葉は、この温室全体を切り裂くように響いた。

***

「わたくしは、ただ……あなたを幸せにしたかっただけですのに」

リリアーナの手が、そっと宙に浮かぶ。
指先が震えている。

「愛されたいから尽くしたのではありません。
尽くした先に、“あなたが微笑む”と信じていたから。
あなたを自由にさせたら、きっと迷ってしまうから――
だから、導いて、護って、整えて、未来を仕立ててきたのです」

「……その気持ちは、ありがとう」

アレンは一歩、彼女に近づいた。

そして――
布を結ばず、そっと床に置いた。

それは、“選ばない”という選択。

「でも僕はもう、君の“手の中”にいたいとは思えないんだ」

リリアーナは、静かに笑った。

それは微笑ではなかった。
あまりにも静かな、“喪失”の笑みだった。

「……そう。でしたら、仕方ありませんわね」

彼女が手を伸ばしたのは――
脇に置かれた銀の裁ち鋏だった。

「王子様。
この糸は、結ばれなかった。
ならば、切るしかありませんわ」

鋏の刃が、音を立てて開かれる。

だがその瞬間――

「待って、リリアーナ!」

飛び込んできたのは、セシリアだった。

「それ以上、何も“壊さないで”!」

彼女の手には、かつてアレンが自分に言った、
たったひとつの言葉が記された記録用紙。

『君のこと、もっと知りたい』

リリアーナが振り返る。

目の奥で、何かが揺れた。

アレンの視線も、セシリアへと移る。

――布は結ばれなかった。
――鋏も振るわれなかった。

ただ、“選ばれなかった少女”の目から、ぽつりとひと粒の涙が落ちた。

リリアーナは、それを指先でそっと拭った。

「そう……これは、そういう物語だったのですね」

誰にともなく、そう呟いて――
彼女は、静かにその場を去った。

音も立てず、まるで最初から“その場所にはいなかった”かのように。

***

愛は、結ばれなかった。
けれど、壊されることもなかった。

ただ――
ひとりの少女の未来が、“縫い直せなくなった”だけだった。
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