『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち

第22話「刺繍のほどけた夜と、まだ名もなき約束」

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その夜、雨が降った。

音のない、けれど確かに世界を濡らす雨。
温室で交わされなかった“契約”の記憶は、すぐには消えなかった。

王子アレン=ヴァルフォードは、学院の自室に戻っていた。

窓際に置かれた小さな布――
リリアーナから届いた、青と白の“未来の帯布”が、未だそこにあった。

結ばれなかったその糸は、
なぜか彼の指先に、わずかな痛みを残していた。

「……君は、本当に全部“信じて”たんだな」

アレンはそう呟く。

支配でも、押しつけでもなく――
それは、信仰に近い愛だった。
自分を疑わず、疑わせず、ただ縫い続けた愛。

だからこそ、恐ろしく、
そして――美しかった。

***

一方、セシリア=ロートベルクは、学院図書館の一角にいた。

アレンの一言を記した紙片を、胸元で強く握りしめながら。

『君のこと、もっと知りたい』

それは、“何者にも縫われていない言葉”。
だからこそ、まだ“名もなき約束”だった。

「わたし、選ばれたわけじゃない。
でも、あの人の“仮面をはがす勇気”を、誰より近くで見てた」

彼女の声は震えていた。

けれどその震えは、恐れではなかった。
――彼女もまた、何かを縫いはじめようとしていたのだ。

***

その夜の雨は、エグレア邸にも届いていた。

リリアーナ=エグレアは、机に向かっていた。
目の前には、いつもの日記帳。
けれど今日は、何も書かれていないページを前に、ペンが止まっていた。

【4月18日:失敗】

その一行だけが、ただぽつりと書かれていた。

「……布がほどけてしまったわ」

小さな声で、そう呟く。

「王子様は、もう“わたくしの糸”を握ってはくださらない」

それが、何を意味するか。

彼女は理解していた。

この物語において、自らの役目は――縫い手。
未来を、美しく整える者。

その任が果たせないなら――
彼女は“ただの少女”にも、“ヒロイン”にもなれない。

けれど、次のページに手をかけるその瞬間、
ふと、リリアーナは空白の紙に小さく書き足した。

『……でも、まだ糸は残っている』

それは、自分のための言葉だったのか。
それとも、王子のための、あるいは――これから物語に関わる“誰か”のための予告だったのか。

まだ、誰にもわからない。

***

そして、物語の舞台は動き始める。

仮面が剥がされ、契約は歪み、
“選ばれなかった少女”たちの想いが、静かに火を灯す。

未完成の約束が、夜の雨音に包まれるそのとき――
未来の針は、誰か新しい“縫い手”を探しはじめていた。
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