『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち

第27話「“妹”は微笑みながら牙を研ぐ」

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「――では今日から、わたくしは“妹”ですわ」

その宣言から、三日が経った。

リリアーナ=エグレアは、学院で最も礼儀正しく、控えめで、誰よりも微笑を絶やさない“妹”になった。
アレン=ヴァルフォードに対しては敬語を貫き、距離も程よく、けれど常に半歩だけ後ろをついて歩く。

誰もが“変わった”と思った。
けれどそれは、“退いた”のではなかった。

***

昼休み。学院のベンチにて。

「お兄様、こちらをどうぞ。わたくし、お弁当を拵えてまいりましたの」

「……ありがとう、リリアーナ。君が作ってくれたのか?」

「いいえ、“妹”が兄のために用意しただけですわ」

その返答に、周囲はまたざわつく。
けれどリリアーナの態度は、完璧なまでに“妹”だった。

しかし――
アレンはその言葉の“奥行き”に、わずかな恐れを覚えていた。

かつて見たことのある、彼女の「掌で世界を転がす」あの気配が、また近づいてきている。

「……最近、あまり眠れてないのか?」

「どうして、そうお思いになります?」

「いや、なんとなく……目が、前より冷たい気がする」

リリアーナは、ほんの一瞬だけ笑みを引いた。
それは、猫が獲物を見定めるときの目に似ていた。

「眠っていようが起きていようが、わたくしは“見て”おりますのよ。
お兄様の変化。言葉。視線。呼吸の間。ため息の回数まで」

「……それは少し怖いよ、リリアーナ」

「怖がらなくて大丈夫ですわ。
“妹”は、お兄様を決して縛りませんもの。
ただ……“目を離さない”だけです」

それは、束縛ではない。監視でもない。
ただの“観察”――という名の、極めて高度な支配。

***

その夜、リリアーナはエグレア邸の温室にいた。

マルシェが無言で差し出すのは、新たな観察記録。
セシリアとアレンの会話ログ。視線の交差タイミング。
校内での偶発的な接触。そして、セシリアの小さな変化。

「……あら、もう“刺し返して”きたのですね。
あの子もなかなか器用になりましたわ」

リリアーナは、指先で一本の銀の針を撫でる。

「でも、大丈夫。
“妹”は直接刺さない。
ただ、布の縁から、ゆっくりと解いていくだけですわ。
ほどけた未来は、またわたくしが縫い直しますから」

蝶は今夜も、舞っている。

名もなき“次の物語”が、じわじわと羽を広げ始めていた。

そして、リリアーナは最後にこう呟いた。

「……お兄様。
妹は、あなたが選んだ人も、
選ばなかった人も、
全部、優しく包んで差し上げますわ。
いずれ、“わたくしの物語”に戻ってきていただくために」

微笑の裏で、牙が音もなく研がれていく。
それは、誰にも見えない、けれど確かに存在する――愛という名の狩り。
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