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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち
第28話「セシリア、裁縫箱に手を伸ばす」
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「――わたしも、縫えるようにならなきゃいけないんだと思ったの」
それは、放課後の旧図書塔。
雨音が遠くで響く静かな午後。
セシリア=ロートベルクは、カイル=バルステッドにそう告げた。
「……“縫う”って?」
カイルは眉をひそめる。
それは、リリアーナの代名詞ともいえる行為。
計画すること、支配すること、未来を織り上げること――
彼女にとって“裁縫”とは、愛の形そのものだった。
「違うの。わたしが言いたいのは、
“縫い返す”力のこと。
誰かの仕立てた未来を、壊すだけじゃない。
ほどけた心を、もう一度“つなぐ”ための……優しい針のこと」
セシリアの手には、古びた裁縫箱。
それは、彼女の亡き母がかつて使っていたもの。
蓋の内側には、手書きの文字が薄く残っていた。
「針は、壊すものではなく、癒すためにある」
セシリアはそっと、その箱を開けた。
中には、色とりどりの糸。
一度も使われていないまま、眠っていた小さな銀の針。
「わたし、ずっと“刺される側”だった。
リリアーナ様に刺されて、恐れて、遠ざかって……
でも、今は違う。
わたし、自分の言葉を、ちゃんと“繋げたい”と思ったの」
「……つまり、お前も“語る側”にまわるってことか」
「うん。
でも、彼女みたいに誰かを操作するためじゃない。
たったひとりの人に、ちゃんと“届く”ように、わたしの針を持つの」
その瞳は、決意に満ちていた。
***
その夜。
セシリアは初めて、自分の手でリボンを縫った。
不器用な針運び。
歪なステッチ。
けれど、その布には誰にも真似できない、彼女だけの温度が宿っていた。
リリアーナのように美しくはない。
けれど、確かに“ここにある”という実感が、彼女の指先を暖めていた。
***
一方その頃、エグレア邸の温室。
マルシェが報告を終えると、リリアーナはゆるく首を傾けた。
「……まぁ。セシリア嬢が“縫い始めた”のですね?」
「はい。旧塔にて裁縫箱を使用。
本日、初めての手縫いを記録。
内容は簡易リボン。完成までに一時間十二分」
「一時間以上……うふふ、可愛らしいですわね」
リリアーナは、嬉しそうに微笑む。
「でも、わたくしの針のように鋭くはない。
彼女の布は、きっと温かく、そして――ほどけやすい」
「警戒を?」
「いいえ。むしろ、歓迎しますわ。
新たな“縫い手”が現れるのは、物語が面白くなるということ」
そしてリリアーナは、温室の奥――
自らの“設計図”に、もうひとつ項目を書き加える。
【S嬢:縫製能力 開始】
―進行度:初級
―補足:感情に強く依存。布地に影響されやすい。
―危険度:低(ただし油断は禁物)
「さあ、セシリア嬢。
あなたの糸が、どこへ向かうのか――
妹として、わたくし、ちゃんと見届けて差し上げますわ」
そして彼女は、新しい蝶の枠を作りはじめる。
まだ翅も色も決まっていない、未完成の枠。
けれど、名だけは――すでに刻まれていた。
“S.R.”
“セシリア・ロートベルク”
それは、放課後の旧図書塔。
雨音が遠くで響く静かな午後。
セシリア=ロートベルクは、カイル=バルステッドにそう告げた。
「……“縫う”って?」
カイルは眉をひそめる。
それは、リリアーナの代名詞ともいえる行為。
計画すること、支配すること、未来を織り上げること――
彼女にとって“裁縫”とは、愛の形そのものだった。
「違うの。わたしが言いたいのは、
“縫い返す”力のこと。
誰かの仕立てた未来を、壊すだけじゃない。
ほどけた心を、もう一度“つなぐ”ための……優しい針のこと」
セシリアの手には、古びた裁縫箱。
それは、彼女の亡き母がかつて使っていたもの。
蓋の内側には、手書きの文字が薄く残っていた。
「針は、壊すものではなく、癒すためにある」
セシリアはそっと、その箱を開けた。
中には、色とりどりの糸。
一度も使われていないまま、眠っていた小さな銀の針。
「わたし、ずっと“刺される側”だった。
リリアーナ様に刺されて、恐れて、遠ざかって……
でも、今は違う。
わたし、自分の言葉を、ちゃんと“繋げたい”と思ったの」
「……つまり、お前も“語る側”にまわるってことか」
「うん。
でも、彼女みたいに誰かを操作するためじゃない。
たったひとりの人に、ちゃんと“届く”ように、わたしの針を持つの」
その瞳は、決意に満ちていた。
***
その夜。
セシリアは初めて、自分の手でリボンを縫った。
不器用な針運び。
歪なステッチ。
けれど、その布には誰にも真似できない、彼女だけの温度が宿っていた。
リリアーナのように美しくはない。
けれど、確かに“ここにある”という実感が、彼女の指先を暖めていた。
***
一方その頃、エグレア邸の温室。
マルシェが報告を終えると、リリアーナはゆるく首を傾けた。
「……まぁ。セシリア嬢が“縫い始めた”のですね?」
「はい。旧塔にて裁縫箱を使用。
本日、初めての手縫いを記録。
内容は簡易リボン。完成までに一時間十二分」
「一時間以上……うふふ、可愛らしいですわね」
リリアーナは、嬉しそうに微笑む。
「でも、わたくしの針のように鋭くはない。
彼女の布は、きっと温かく、そして――ほどけやすい」
「警戒を?」
「いいえ。むしろ、歓迎しますわ。
新たな“縫い手”が現れるのは、物語が面白くなるということ」
そしてリリアーナは、温室の奥――
自らの“設計図”に、もうひとつ項目を書き加える。
【S嬢:縫製能力 開始】
―進行度:初級
―補足:感情に強く依存。布地に影響されやすい。
―危険度:低(ただし油断は禁物)
「さあ、セシリア嬢。
あなたの糸が、どこへ向かうのか――
妹として、わたくし、ちゃんと見届けて差し上げますわ」
そして彼女は、新しい蝶の枠を作りはじめる。
まだ翅も色も決まっていない、未完成の枠。
けれど、名だけは――すでに刻まれていた。
“S.R.”
“セシリア・ロートベルク”
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