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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち
第29話「ひと針、ふた針、恋が縫われる音がした」
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セシリア=ロートベルクは、裁縫が得意ではなかった。
いや、むしろ苦手だった。
針を指に刺し、糸は絡まり、
布の端がよれて、リボンはいびつになった。
けれど――
その一針一針は、確かに**“気持ち”を縫っていた**。
***
その日の放課後。
アレン=ヴァルフォードは、学院の裏庭でひとり、木陰に座っていた。
手には、本。けれど目は活字を追っていない。
「……正直、少し疲れたな」
リリアーナの微笑、セシリアの告白、“妹”という仮面、
誰かに縫われ、誰かにほどかれ、今の自分が何者なのか、よくわからなくなっていた。
そこへ――
「……王子様」
おずおずと近づいてきたのは、セシリアだった。
その手には、不器用なリボン。
淡いクリーム色の布に、金糸で刺繍がひとつ。
「“A”……って、書いてある」
アレンは驚いたように目を見開いた。
「それ、わたしが縫ったんです。初めて。
ぜんぶ、わたしの手で。誰にも教わらず、誰にも任せず、
――あなたのためにだけ、作りました」
セシリアの声は震えていた。
けれど、それでも逃げなかった。
「リリアーナ様みたいに綺麗じゃない。
針目もぐちゃぐちゃで、真っすぐにも縫えなかった。
でも……でも、それでも――
このリボンは、“わたしの言葉”です」
アレンは、静かにそのリボンを受け取る。
そして、そっと笑った。
「……ありがとう。
君がくれたものの中で、一番、温かい」
「え……?」
「だって、これ、“迷いながら”作ったでしょ?
でも、すごく“好きだ”って気持ちが伝わってくる」
セシリアの頬が、ぱっと赤くなる。
「わ、わかります? 恥ずかしい……」
「うん。でも、嬉しい」
アレンはそのリボンを、自分の袖口に結んだ。
ゆるく、けれどしっかりと。
「結び目、ほどけやすいかも」
「……じゃあ、また結びにきます。
ほどけたら、何度でも」
その言葉に、アレンは微笑む。
風が吹く。
ふたりの間を、青い蝶がふわりと通り過ぎる。
けれどその蝶は、何も縫わない。何も仕掛けない。
ただ、恋がひと針、縫われた音だけがそこに残っていた。
***
その夜。
エグレア邸の温室では、リリアーナがひとり、報告書を読んでいた。
『王子様、袖口に“手縫いのリボン”を着用。
巻き直しは2回。現在、当人により保持継続中』
彼女はページを閉じると、針を取った。
「……じゃあ、わたくしも縫いましょう」
けれど、彼女が縫い始めたのは新しい布ではなかった。
それは――自分の袖口だった。
ほつれてもいない布地に、針を通す。
それは痛みではなく、ただの確認作業。
「大丈夫。痛みはまだ、感じていない。
だから、わたくしはまだ縫える」
そして、そっと呟いた。
「――“恋”の針など、痛みに負けては使い物になりませんもの」
蝶はまだ、止まっていない。
いや、むしろ苦手だった。
針を指に刺し、糸は絡まり、
布の端がよれて、リボンはいびつになった。
けれど――
その一針一針は、確かに**“気持ち”を縫っていた**。
***
その日の放課後。
アレン=ヴァルフォードは、学院の裏庭でひとり、木陰に座っていた。
手には、本。けれど目は活字を追っていない。
「……正直、少し疲れたな」
リリアーナの微笑、セシリアの告白、“妹”という仮面、
誰かに縫われ、誰かにほどかれ、今の自分が何者なのか、よくわからなくなっていた。
そこへ――
「……王子様」
おずおずと近づいてきたのは、セシリアだった。
その手には、不器用なリボン。
淡いクリーム色の布に、金糸で刺繍がひとつ。
「“A”……って、書いてある」
アレンは驚いたように目を見開いた。
「それ、わたしが縫ったんです。初めて。
ぜんぶ、わたしの手で。誰にも教わらず、誰にも任せず、
――あなたのためにだけ、作りました」
セシリアの声は震えていた。
けれど、それでも逃げなかった。
「リリアーナ様みたいに綺麗じゃない。
針目もぐちゃぐちゃで、真っすぐにも縫えなかった。
でも……でも、それでも――
このリボンは、“わたしの言葉”です」
アレンは、静かにそのリボンを受け取る。
そして、そっと笑った。
「……ありがとう。
君がくれたものの中で、一番、温かい」
「え……?」
「だって、これ、“迷いながら”作ったでしょ?
でも、すごく“好きだ”って気持ちが伝わってくる」
セシリアの頬が、ぱっと赤くなる。
「わ、わかります? 恥ずかしい……」
「うん。でも、嬉しい」
アレンはそのリボンを、自分の袖口に結んだ。
ゆるく、けれどしっかりと。
「結び目、ほどけやすいかも」
「……じゃあ、また結びにきます。
ほどけたら、何度でも」
その言葉に、アレンは微笑む。
風が吹く。
ふたりの間を、青い蝶がふわりと通り過ぎる。
けれどその蝶は、何も縫わない。何も仕掛けない。
ただ、恋がひと針、縫われた音だけがそこに残っていた。
***
その夜。
エグレア邸の温室では、リリアーナがひとり、報告書を読んでいた。
『王子様、袖口に“手縫いのリボン”を着用。
巻き直しは2回。現在、当人により保持継続中』
彼女はページを閉じると、針を取った。
「……じゃあ、わたくしも縫いましょう」
けれど、彼女が縫い始めたのは新しい布ではなかった。
それは――自分の袖口だった。
ほつれてもいない布地に、針を通す。
それは痛みではなく、ただの確認作業。
「大丈夫。痛みはまだ、感じていない。
だから、わたくしはまだ縫える」
そして、そっと呟いた。
「――“恋”の針など、痛みに負けては使い物になりませんもの」
蝶はまだ、止まっていない。
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