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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち
第33話「袖口のリボンが濡れるとき」
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ぽつり、ぽつりと、雨が降る。
学院の石畳がじわじわと濡れていき、春の花々が静かに首を垂れる頃。
アレン=ヴァルフォードは、人気のない中庭で空を見上げていた。
彼の袖口には、セシリアが縫ったあの手作りリボンが、いまだ解けぬまま結ばれている。
だが、雨に濡れたそれは――少しずつ、糸が緩みはじめていた。
「……ほどけそうだな」
ぽつりと呟いたその言葉に、応える声はなかった。
だが彼の心の中には、あのときのセシリアの手のぬくもり、
そして“もう一人の少女”の視線が、重く残っていた。
***
「お兄様。リボンが濡れておりますわよ」
傘の下から現れたのは、リリアーナ=エグレア。
その白い傘には、一滴の濡れもない。
彼女自身も、完璧な制服のまま、雨の気配すら寄せつけない佇まいだった。
「わたくし、お取り替えしましょうか?
もっと防水性のある布で、王家の色に合わせた刺繍も……」
「いいよ、リリアーナ。これは――もらったままでいい」
アレンは袖をそっと押さえる。
リボンはもう、濡れて色を変えていた。
縫い目も緩んで、今にもほどけてしまいそうだ。
「……不思議ですね。
そのリボン、ほどけてしまえばただの布ですのに、
“ほどけないように守る”という選択肢を選ばれるのですね」
「君なら、すぐに気づくと思ってた」
「ええ。“感情の継ぎ目”には、誰より敏感ですから」
リリアーナは微笑んだ。
それは冷笑ではなかった。むしろ、どこか哀しみを孕んだ優しさだった。
「お兄様。もしそれがほどけたら、
わたくしのところに戻ってきていただけますか?」
「……」
「選べと言っているわけではありませんのよ。
ただ、もし“縫い目”が断たれたとき。
誰かの想いが、雨に流れてしまったとき。
わたくしは、ここで針と糸を用意して、お待ちしておりますわ」
その言葉に、アレンは何も答えなかった。
けれど――
視線を落としたその先、濡れたリボンの端が、ひとつほどけた。
***
その瞬間。学院の裏手、旧塔の回廊で。
セシリアがくしゃみをした。
「……やっぱり、傘を忘れるのは無謀だったわね……」
彼女の肩は雨に濡れ、制服の袖口からは、予備のリボンが少し覗いていた。
それはまだ使われていない、“ふたつ目”の手縫いリボン。
「もう一度、渡しに行こう。
ほどけるたびに、わたしは――何度でも、縫い直すから」
セシリアの手が、もう一度針を握ろうとしていた。
その指先は、雨で少し震えていた。
けれど、その震えごと“愛おしさ”に変えていく覚悟がそこにあった。
***
リリアーナは傘の中で、そっと呟いた。
「雨は、糸を濡らすけれど――
濡れた糸は、かえって強く結ばれることもあるのですわ」
その瞳の奥に、まだ濡れていない“最後の針”が光っていた。
学院の石畳がじわじわと濡れていき、春の花々が静かに首を垂れる頃。
アレン=ヴァルフォードは、人気のない中庭で空を見上げていた。
彼の袖口には、セシリアが縫ったあの手作りリボンが、いまだ解けぬまま結ばれている。
だが、雨に濡れたそれは――少しずつ、糸が緩みはじめていた。
「……ほどけそうだな」
ぽつりと呟いたその言葉に、応える声はなかった。
だが彼の心の中には、あのときのセシリアの手のぬくもり、
そして“もう一人の少女”の視線が、重く残っていた。
***
「お兄様。リボンが濡れておりますわよ」
傘の下から現れたのは、リリアーナ=エグレア。
その白い傘には、一滴の濡れもない。
彼女自身も、完璧な制服のまま、雨の気配すら寄せつけない佇まいだった。
「わたくし、お取り替えしましょうか?
もっと防水性のある布で、王家の色に合わせた刺繍も……」
「いいよ、リリアーナ。これは――もらったままでいい」
アレンは袖をそっと押さえる。
リボンはもう、濡れて色を変えていた。
縫い目も緩んで、今にもほどけてしまいそうだ。
「……不思議ですね。
そのリボン、ほどけてしまえばただの布ですのに、
“ほどけないように守る”という選択肢を選ばれるのですね」
「君なら、すぐに気づくと思ってた」
「ええ。“感情の継ぎ目”には、誰より敏感ですから」
リリアーナは微笑んだ。
それは冷笑ではなかった。むしろ、どこか哀しみを孕んだ優しさだった。
「お兄様。もしそれがほどけたら、
わたくしのところに戻ってきていただけますか?」
「……」
「選べと言っているわけではありませんのよ。
ただ、もし“縫い目”が断たれたとき。
誰かの想いが、雨に流れてしまったとき。
わたくしは、ここで針と糸を用意して、お待ちしておりますわ」
その言葉に、アレンは何も答えなかった。
けれど――
視線を落としたその先、濡れたリボンの端が、ひとつほどけた。
***
その瞬間。学院の裏手、旧塔の回廊で。
セシリアがくしゃみをした。
「……やっぱり、傘を忘れるのは無謀だったわね……」
彼女の肩は雨に濡れ、制服の袖口からは、予備のリボンが少し覗いていた。
それはまだ使われていない、“ふたつ目”の手縫いリボン。
「もう一度、渡しに行こう。
ほどけるたびに、わたしは――何度でも、縫い直すから」
セシリアの手が、もう一度針を握ろうとしていた。
その指先は、雨で少し震えていた。
けれど、その震えごと“愛おしさ”に変えていく覚悟がそこにあった。
***
リリアーナは傘の中で、そっと呟いた。
「雨は、糸を濡らすけれど――
濡れた糸は、かえって強く結ばれることもあるのですわ」
その瞳の奥に、まだ濡れていない“最後の針”が光っていた。
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