『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第5章:王子と令嬢、そして未来の名前

第65話「最後のドレス、最初の手紙」

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“未来”と呼ばれるその日まで、
あと少し。

その手前にあるのは、
別れと出発が静かに重なる、境目の瞬間。

***

王宮の衣裳室。

白の絹布が波のようにたゆたう中、
セシリア=リュミエールは最後の仮縫いに臨んでいた。

袖口に刺された繊細な刺繍は、
王家の象徴でも、国家の紋でもなく――

〈一輪のリュミエールの花〉

それは、リュミエール学院の裏庭にしか咲かない、
季節をまたぐ“白花”の名。

「……この花を、刺繍に選ばれたのはセシリア様ご自身で?」

仕立て師の問いに、セシリアは頷く。

「“始まり”を忘れないために。
どんな衣装を纏っても――あの場所で泣いた日を、忘れたくないんです」

かつての“敗北の記憶”も、“恋の始まり”も。
すべては、そこから続いているのだから。

「……わたし、このドレスが最後でいい。
“誰かのための衣装”ではなく、“わたし自身のための一着”だから」

仕立て師は、黙って頭を下げた。

それがどれだけ重い覚悟を含む言葉か、
王宮で服を縫う者ならば、きっとわかっていた。

***

夜。王宮の静かな一室。

アレン=ヴァルフォードは、
机に向かって一本の手紙を書いていた。

宛名は、書かれていない。

けれど、それが誰に向けたものか――
彼自身も、明確には言えなかった。

それは、過去の自分。
もしくは、もう遠くに行ってしまった誰か。
あるいは、まだ何者でもなかった“セシリア”かもしれない。

『君と出会わなければ、
僕は誰かの形をなぞるだけの、空っぽな王子になっていただろう。
君が涙を見せてくれたこと、
君が怒ってくれたこと、
そして、そばにいてくれたこと。
すべてが、僕という人間を作ってくれた。』

『君の名前が、僕の歴史のなかに残ることが、
何よりも誇りだ。
だからどうか、
僕のこれからの“人生の章”の最初の行に――
君の名を、刻ませてほしい。』

手紙は封をされず、そのまま机の上に置かれた。

これは贈るものではない。
ただ、“忘れないために残すもの”。

婚約は、契約ではない。
愛の証明でもない。

これは、
ふたりで築く物語の“まえがき”にすぎないのだから。
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