54 / 94
第二章 女神の揺籃 イシュタルテア
購買棟・献花台
しおりを挟む
けっきょく武器が第一優先。
値段の相場がわからないので、金が余ったら部室の備品を整える。
そういう話に決まった。
部室棟を出て、全員で購買棟へ向かう。
陽射しは爽やかで、離れた場所から重機の動く音が聞える。
空気に煙の匂いが混じっていなければ、大戦闘があったなどとは思えない穏やかさだった。
俺たちのほかには誰もいない陸上トラックを通り過ぎ、校庭の端にさしかかる。
校庭ではガタゴトと重機が動き回っていた。
二本腕で背部に積まれた円筒をあちこちに設置している。
昇降口の前では、十数人の女の子たちがその作業を見守っていた。
崩れて止まった噴水の横を通ったとき、ヒサメが俺に顔を向けて口を開く。
「イリアンにはどんな武器を持たせるんだ? 決まってるのか?」
「ああ……」
あたりはつけてある。
この世界にやってきた初日、サリーの部下である女の子はサブマシンガンを持っていた。
銃の素人であるイリアンにサブマシンガンは危険だが、そんなものがあるのなら、もっと小型の拳銃があってもおかしくない。
俺は答えた。
「イリアンには銃がいいと思うんだ」
マトイが驚いて振り返る。
「銃も取り回しに慣れるまで大変だよ。イリアンに使えないとは言わないけど」
マトイの言い分ももっともだが、見当違いでもある。
俺は説明した。
「マトイの持っているような長い銃じゃないんだ。片手に収まる小型のもので、火薬を使って弾を撃ち出す。この世界なら、そういう種類の銃がある可能性が高い」
イリアンが不安そうな声を出す。
「そんな未知の武器がわたくしに扱えるでしょうか……?」
「扱いは、できるだけ簡単そうなものを選ぶよ。俺もそんなに詳しいわけじゃないけど、無知でもない」
「よ、よろしくおねがいします」
「任せとけって」
それから俺たちは魔法棟の前、吹き飛んでえぐられた芝生と道を迂回する。
回り込んだ先が購買棟だった。
俺は初めて目にするが、すぐにそれとわかる。
俺から見て現代的な、ショッピングモールにそっくりな建物だった。
ガラスドアを開けて中に入ると、通路が広く、かなり余裕をもった造りだった。
こんなところもショッピングモールによく似ている。
入ってすぐのところは衣料品と日用品が並んでいる。
あたりまえだが、女物ばかりだった。
先頭のヒサメがキョロキョロと辺りを見回す。
「武器はどこだろうな。この前来たときは見なかったんだ」
店内の奥に、色調の黒っぽいコーナーが見えた。
武器の山だ。
俺はそこを指差す。
「向こうだ。槍が立てかけてある」
俺たちは生徒のまばらな店内を進んで、武器が陳列されている一角に入った。
剣、槍、鉾に弓が並ぶ。
先には長いカウンターがあり、そのカウンターの上には、思惑通り銃器が並べられていた。
ハンドガンが多い。
黒のレザーファッションに身を包んだ店員さんがカウンターの向こうに立っている。
髪の毛を逆立て、首と手首には鋲のついたバンドを巻いていた。
穏やかでない格好の店員さんは、俺とシャルロッテに興味を引かれているようだった。
俺は男だし、シャルロッテにはボディステッチのような首の傷がある。
そのせいだろう。
俺たちの中から、アデーレが一歩先に飛び出して店員さんに声をかけた。
「鎧は? 体全体を覆うフルプレートはありませんか……!」
店員さんは腕組みをして小首をかしげた。
「ないねぇ。防具の類はないんだよ。その制服は半端な防具より優秀だし、それ以上を望むなら、防護法を技として身につけてもらうためにね」
「そうなんですか……」
アデーレは肩を落としてうなだれた。
その隣で、マトイが青い瞳を丸くして声をあげる。
「これが全部銃なの!? すごーい! 確かに銃っぽいけど、どうしてこんなにちっちゃいの?」
俺は思いつきを言ってみた。
「アルコータスの世界じゃ、マナ・ファクツで弾丸を発射していたろ。その機構をコンパクトにできなかったんだ。こっちの銃は火薬で弾丸を撃ち出す」
店員さんが身を乗り出してきた。
「ウチではマナ・ファクツで動作する武器も用意できるけど、そっちに実績がなければ出せないね」
それから俺に好奇の目を向けてくる。
「あんたが噂の男子か。ここにはドリフティング・ウェポンよりいいものなんてないよ」
「ああ、俺は間にあってる」
俺は親指でイリアンを示して続ける。
「彼女の武器が欲しいんだ。小柄だから銃にしようと思って」
「どんなものがいいんだい? フィーリングで言ってかまわないよ」
俺は銃に関する浅い知識を総動員して、イリアンの有利になるよう考えた。
「リボルバー、銃身は短くて小型のもの。反動も少なくて扱いやすく、メンテナンスも簡単なものがいい」
「わかった」
店員さんは二三歩移動し、銀色のハンドガンを手に取って戻ってきた。
それをカウンターの上へ置く。
日本の警官が使っている銃に似たものだった。
店員さんが言う。
「これで合ってると思うよ。名前はプチ・プライベート。初心者向きだ」
俺は銃を手に取り、重みを確かめながら聞いてみた。
「これは役に立つかな……? その、授業っていうか戦闘っていうか、出会う敵に対して……?」
「一、二年生のうちなら十分だ。多数の敵に取り囲まれたりしなければな」
俺は手のひらを開いて、握った銃をイリアンに見せる。
「これでいいか、イリアン? プロのお勧めだ」
イリアンはごくりと喉を鳴らしてから答える。
「よ、よくわかりませんから、タネツケさんの判断に任せます」
俺は店員さんに向き直って言った。
「じゃあ、これにしたいけど、値段は……?」
「五万クレジット」
「そんなに安いのか! 弾は?」
「その銃なら一発五十クレジット」
「それならとりあえず百発欲しい」
「他にメンテナンスキットとホルスターが要るだろう? ヒップか、ショルダー、どっちにする?」
腰につけるか、脇の下につけるか、か。
あやふやな知識で聞いてみる。
「確か、ショルダーのほうが安全なんだっけ?」
店員さんは肩をすくめて答えた。
「自分の足を撃たずに済むが、後ろの仲間を撃つかもしれないぞ。だいたい集団戦闘になるからな。それにショルダーも、制服の上につけないと危険だ。ショートボレロの下につけた場合、抜くときに暴発したらショートボレロの内側が弾をはじくから、跳ね返った弾で自分がケガをする可能性が高い。気をつけてくれ」
「それは……ご丁寧に……どうも」
マトイの持っているアルコータスの銃なら暴発することはない。
やっぱり火薬の銃には、ある程度の危険がつきまとうな……。
それでも敵に対して頼りになるのは間違いない。
この世界では銃を隠し持つ必要もないし、ここは完全に好みの問題だ。
俺は身振りで示しながら、イリアンに聞いた。
「左の脇の下につけるのと、右の腰につけるのとどっちにする?」
イリアンは眉根を寄せて答える。
「う~ん、武器ですから、やっぱり腰でしょうか……?」
それを聞いた店員さんが言う。
「じゃあヒップだな。メンテナンスについては応用工学の教科書を読め。載ってる」
店員さんはさらに続けた。
「銃五万、ホルスター一万、メンテナンスキット一万、弾五千。しめて七万五千クレジットだ。校則で、まけたりおまけを付けたりしてやることはできない。武器はな。金は十分か?」
「余裕だね」
俺が答えたところへ、黙って話を聞いていたマトイが口を挟んでくる。
「それなら! アタシもひとつ欲しい! 小さな銃!」
「いいとも。マトイならすぐ慣れるだろうから、好きなものを選べばいいよ」
「やったーっ! さすが、ぶちょー!」
マトイはショートの黒髪を弾ませて喜ぶ。
俺は全員に向けて言った。
「みんなも必要なものがあったら、いま買ってしまおう。アデーレは自分の武器の他に、イリアンに合う剣も探してやってくれ。六発込めのハンドガンだけじゃ不安がある」
返事をして、みんなが店内に散らばる。
もともと戦うことを仕事としていた女性陣だ。
武器の物色は楽しそうだった。
一時間くらい、あっという間に過ぎた。
けっきょく買ったものは……。
イリアンが最初の銃と、細身の剣。
マトイはイーグル・アイという大型自動拳銃。
ヒサメは弓の弦だけだ。
前の世界から持ってきた矢が、まだたくさんある。
鎧のないことに気落ちしながら、アデーレが選んだのは二つ。
モーニングスターと、頑丈そうな片手剣だ。
シャルロッテは手ぶらだ。
「いいのか?」と聞いたとき、えらいものを見せられた。
「わたくしには……」と、指先を上にして、右手の甲を俺に向ける。
なにをするのかと思ったら、その爪が瞬時に鋭く伸びた。
長さは三十センチ以上。
爪を元へ戻して、「……これがありますから」と言う。
俺は納得した。
すべての品物が、それぞれの紙袋に詰め込まれた。
支払いのために学生証を差し出しながら、俺は疑問を店員さんに聞いてみた。
「こういうものはどこで作ってるんだ?」
店員さんは隠すこともなく教えてくれた。
「ほとんどは他次元からの取り寄せさ。もっとグレードの高い特殊な武器は、退学者の街で作っている。ドリフティング・ウェポン級となると……」
『ドリフティング・ウェポン』という言葉を聞いて、はしゃいでいたみんなが注意を集中する。
店員さんは皮肉っぽく口を歪めて続けた。
「マザー・アカバムの産み出す、魔人の身体にくっついていたりする」
「どういうことだ……?」
「マザー・アカバムも無から怪物を生み出してるわけじゃない。次元間物質から元素を吸いあげてるのさ。そのときに、漂流しているドリフティング・ウェポンを巻き込むといわれている。ドリフティング・ウェポンが含まれていれば、その力で怪物は強力なものになる。だから、魔人クラスが身につけていたり、その身体の中に入っていたりするのさ」
あまりの突飛さに、俺たちは言葉を失ってしまった。
気を取り直す調子でマトイが口を開く。
「これから体育館の二階へ行って試し撃ちしない? 部活よ、部活」
俺は知らないが、体育館の二階は射撃場になっているらしい。
ここで、夕食の時間を告げる放送が流れた。
「時間切れだな。備品購入と試し撃ちは明日の部活だ」
などと落ち着いた口調で言いながら、俺はハッとした。
俺にも入り用のものがあったんだ!
あれはできるだけ早く入手したいッ!
俺は焦りながら言った。
「みんな! 衣料品のコーナーだ、急げ! パンツを探してくれ!」
☆☆☆
慌てて衣料品コーナーに駆け込んだものの、あるのは女物ばかりだ。
早くしないと夕食を食いそびれてしまう。
マトイが諦め顔で、ハンガーにかかった一枚を掲げる。
「もうこれで手を打っといたら? かわいいし」
青と白の縞パンだった。
「いや、それはどうだろう」
俺もここは引かない。
そこへヒサメが、なんかヒラヒラしたものを持ってくる。
「これならどうだ! 男女の区別はあるまいッ!」
それは黒のTバックだった。
前の布地が少なすぎる。
「それ、前がはみ出しちゃうだろ……」
俺は納得できない。
アデーレがもじもじしながらつぶやいた。
「わたし、タネツケくんがこういうのつけててもいいと思います……」
手にしているのは、縁をピンクのフリルに囲まれ、股間のまんなかに赤いバラの刺繍がしてある黒いビキニだった。
突っ込まずにはいられない。
「どっから見つけてきたんだよ、そんなの」
やはり女物しかないのか。
俺は危機感に捕らわれた。
男の下着が、もらった分の白ブリーフしかないとしたら……。
黄ばんでしまーうッ!
救いの手はイリアンから差し出された。
「ありましたっ! これなら間違いありません!」
イリアンが見つけてきたのは、グレーのボクサーパンツだった。
俺はやっと、安堵の吐息をつくことができた。
俺はその、女の子用にしては大きめサイズのボクサーパンツを十枚、あるだけ買った。
買い物終えて、購買棟を後にする。
みんなは昇降口の武器ロッカーに、荷物を置きに行った。
俺とシャルロッテは寮へ直行する。
夕暮れの庭園を通りぬけ、寮の前まで来たとき、中から三人の女の子が出てきた。
まんなかの女の子は嗚咽を漏らしてしゃくりあげ、両脇の二人が慰め、支えて歩いてくる。
三人とも涙を流していた。
リボンからして二年生だ。
俺とシャルロッテは立ち止まって見送ったあと、ロビーへ入っていった。
入ってすぐ左側に、白い献花台が設えられていた。
台の上には、赤、黄色、青、紫のバラがたくさん供えられている。
花々を見おろすようにして、壁に二人の少女の写真が掲げられていた。
その二人のはにかんだような笑顔には、見覚えがある。
同じクラスだった。
今日死んだという、セルネガとルイームだろう。
さっきの女の子たちは、直接交流のあった後輩に違いない。
急に死が間近に迫ってきて、気分が沈む。
傍らの壺から青いバラを抜き取りながら、俺は言った。
「これで終わりだとすると、ドライなもんだな……」
この学園はパッと見の明るさとは裏腹に、死と隣り合わせだ。
死者の出るたびに、盛大な葬儀もしていられないだろう。
騒ぐ遺族もいない。
心が折れて退学することになる者が出るのもわかる。
シャルロッテは紫のバラを選びとりながら口を開いた。
「噂を聞いたのですが、この世界で死んだ者は、もと来た世界に帰るのだそうですよ」
「それは本当か……?」
「試してみるには危険が大きすぎますね」
「そうだな……」
俺は献花台にバラを置き、静かに一礼した。
値段の相場がわからないので、金が余ったら部室の備品を整える。
そういう話に決まった。
部室棟を出て、全員で購買棟へ向かう。
陽射しは爽やかで、離れた場所から重機の動く音が聞える。
空気に煙の匂いが混じっていなければ、大戦闘があったなどとは思えない穏やかさだった。
俺たちのほかには誰もいない陸上トラックを通り過ぎ、校庭の端にさしかかる。
校庭ではガタゴトと重機が動き回っていた。
二本腕で背部に積まれた円筒をあちこちに設置している。
昇降口の前では、十数人の女の子たちがその作業を見守っていた。
崩れて止まった噴水の横を通ったとき、ヒサメが俺に顔を向けて口を開く。
「イリアンにはどんな武器を持たせるんだ? 決まってるのか?」
「ああ……」
あたりはつけてある。
この世界にやってきた初日、サリーの部下である女の子はサブマシンガンを持っていた。
銃の素人であるイリアンにサブマシンガンは危険だが、そんなものがあるのなら、もっと小型の拳銃があってもおかしくない。
俺は答えた。
「イリアンには銃がいいと思うんだ」
マトイが驚いて振り返る。
「銃も取り回しに慣れるまで大変だよ。イリアンに使えないとは言わないけど」
マトイの言い分ももっともだが、見当違いでもある。
俺は説明した。
「マトイの持っているような長い銃じゃないんだ。片手に収まる小型のもので、火薬を使って弾を撃ち出す。この世界なら、そういう種類の銃がある可能性が高い」
イリアンが不安そうな声を出す。
「そんな未知の武器がわたくしに扱えるでしょうか……?」
「扱いは、できるだけ簡単そうなものを選ぶよ。俺もそんなに詳しいわけじゃないけど、無知でもない」
「よ、よろしくおねがいします」
「任せとけって」
それから俺たちは魔法棟の前、吹き飛んでえぐられた芝生と道を迂回する。
回り込んだ先が購買棟だった。
俺は初めて目にするが、すぐにそれとわかる。
俺から見て現代的な、ショッピングモールにそっくりな建物だった。
ガラスドアを開けて中に入ると、通路が広く、かなり余裕をもった造りだった。
こんなところもショッピングモールによく似ている。
入ってすぐのところは衣料品と日用品が並んでいる。
あたりまえだが、女物ばかりだった。
先頭のヒサメがキョロキョロと辺りを見回す。
「武器はどこだろうな。この前来たときは見なかったんだ」
店内の奥に、色調の黒っぽいコーナーが見えた。
武器の山だ。
俺はそこを指差す。
「向こうだ。槍が立てかけてある」
俺たちは生徒のまばらな店内を進んで、武器が陳列されている一角に入った。
剣、槍、鉾に弓が並ぶ。
先には長いカウンターがあり、そのカウンターの上には、思惑通り銃器が並べられていた。
ハンドガンが多い。
黒のレザーファッションに身を包んだ店員さんがカウンターの向こうに立っている。
髪の毛を逆立て、首と手首には鋲のついたバンドを巻いていた。
穏やかでない格好の店員さんは、俺とシャルロッテに興味を引かれているようだった。
俺は男だし、シャルロッテにはボディステッチのような首の傷がある。
そのせいだろう。
俺たちの中から、アデーレが一歩先に飛び出して店員さんに声をかけた。
「鎧は? 体全体を覆うフルプレートはありませんか……!」
店員さんは腕組みをして小首をかしげた。
「ないねぇ。防具の類はないんだよ。その制服は半端な防具より優秀だし、それ以上を望むなら、防護法を技として身につけてもらうためにね」
「そうなんですか……」
アデーレは肩を落としてうなだれた。
その隣で、マトイが青い瞳を丸くして声をあげる。
「これが全部銃なの!? すごーい! 確かに銃っぽいけど、どうしてこんなにちっちゃいの?」
俺は思いつきを言ってみた。
「アルコータスの世界じゃ、マナ・ファクツで弾丸を発射していたろ。その機構をコンパクトにできなかったんだ。こっちの銃は火薬で弾丸を撃ち出す」
店員さんが身を乗り出してきた。
「ウチではマナ・ファクツで動作する武器も用意できるけど、そっちに実績がなければ出せないね」
それから俺に好奇の目を向けてくる。
「あんたが噂の男子か。ここにはドリフティング・ウェポンよりいいものなんてないよ」
「ああ、俺は間にあってる」
俺は親指でイリアンを示して続ける。
「彼女の武器が欲しいんだ。小柄だから銃にしようと思って」
「どんなものがいいんだい? フィーリングで言ってかまわないよ」
俺は銃に関する浅い知識を総動員して、イリアンの有利になるよう考えた。
「リボルバー、銃身は短くて小型のもの。反動も少なくて扱いやすく、メンテナンスも簡単なものがいい」
「わかった」
店員さんは二三歩移動し、銀色のハンドガンを手に取って戻ってきた。
それをカウンターの上へ置く。
日本の警官が使っている銃に似たものだった。
店員さんが言う。
「これで合ってると思うよ。名前はプチ・プライベート。初心者向きだ」
俺は銃を手に取り、重みを確かめながら聞いてみた。
「これは役に立つかな……? その、授業っていうか戦闘っていうか、出会う敵に対して……?」
「一、二年生のうちなら十分だ。多数の敵に取り囲まれたりしなければな」
俺は手のひらを開いて、握った銃をイリアンに見せる。
「これでいいか、イリアン? プロのお勧めだ」
イリアンはごくりと喉を鳴らしてから答える。
「よ、よくわかりませんから、タネツケさんの判断に任せます」
俺は店員さんに向き直って言った。
「じゃあ、これにしたいけど、値段は……?」
「五万クレジット」
「そんなに安いのか! 弾は?」
「その銃なら一発五十クレジット」
「それならとりあえず百発欲しい」
「他にメンテナンスキットとホルスターが要るだろう? ヒップか、ショルダー、どっちにする?」
腰につけるか、脇の下につけるか、か。
あやふやな知識で聞いてみる。
「確か、ショルダーのほうが安全なんだっけ?」
店員さんは肩をすくめて答えた。
「自分の足を撃たずに済むが、後ろの仲間を撃つかもしれないぞ。だいたい集団戦闘になるからな。それにショルダーも、制服の上につけないと危険だ。ショートボレロの下につけた場合、抜くときに暴発したらショートボレロの内側が弾をはじくから、跳ね返った弾で自分がケガをする可能性が高い。気をつけてくれ」
「それは……ご丁寧に……どうも」
マトイの持っているアルコータスの銃なら暴発することはない。
やっぱり火薬の銃には、ある程度の危険がつきまとうな……。
それでも敵に対して頼りになるのは間違いない。
この世界では銃を隠し持つ必要もないし、ここは完全に好みの問題だ。
俺は身振りで示しながら、イリアンに聞いた。
「左の脇の下につけるのと、右の腰につけるのとどっちにする?」
イリアンは眉根を寄せて答える。
「う~ん、武器ですから、やっぱり腰でしょうか……?」
それを聞いた店員さんが言う。
「じゃあヒップだな。メンテナンスについては応用工学の教科書を読め。載ってる」
店員さんはさらに続けた。
「銃五万、ホルスター一万、メンテナンスキット一万、弾五千。しめて七万五千クレジットだ。校則で、まけたりおまけを付けたりしてやることはできない。武器はな。金は十分か?」
「余裕だね」
俺が答えたところへ、黙って話を聞いていたマトイが口を挟んでくる。
「それなら! アタシもひとつ欲しい! 小さな銃!」
「いいとも。マトイならすぐ慣れるだろうから、好きなものを選べばいいよ」
「やったーっ! さすが、ぶちょー!」
マトイはショートの黒髪を弾ませて喜ぶ。
俺は全員に向けて言った。
「みんなも必要なものがあったら、いま買ってしまおう。アデーレは自分の武器の他に、イリアンに合う剣も探してやってくれ。六発込めのハンドガンだけじゃ不安がある」
返事をして、みんなが店内に散らばる。
もともと戦うことを仕事としていた女性陣だ。
武器の物色は楽しそうだった。
一時間くらい、あっという間に過ぎた。
けっきょく買ったものは……。
イリアンが最初の銃と、細身の剣。
マトイはイーグル・アイという大型自動拳銃。
ヒサメは弓の弦だけだ。
前の世界から持ってきた矢が、まだたくさんある。
鎧のないことに気落ちしながら、アデーレが選んだのは二つ。
モーニングスターと、頑丈そうな片手剣だ。
シャルロッテは手ぶらだ。
「いいのか?」と聞いたとき、えらいものを見せられた。
「わたくしには……」と、指先を上にして、右手の甲を俺に向ける。
なにをするのかと思ったら、その爪が瞬時に鋭く伸びた。
長さは三十センチ以上。
爪を元へ戻して、「……これがありますから」と言う。
俺は納得した。
すべての品物が、それぞれの紙袋に詰め込まれた。
支払いのために学生証を差し出しながら、俺は疑問を店員さんに聞いてみた。
「こういうものはどこで作ってるんだ?」
店員さんは隠すこともなく教えてくれた。
「ほとんどは他次元からの取り寄せさ。もっとグレードの高い特殊な武器は、退学者の街で作っている。ドリフティング・ウェポン級となると……」
『ドリフティング・ウェポン』という言葉を聞いて、はしゃいでいたみんなが注意を集中する。
店員さんは皮肉っぽく口を歪めて続けた。
「マザー・アカバムの産み出す、魔人の身体にくっついていたりする」
「どういうことだ……?」
「マザー・アカバムも無から怪物を生み出してるわけじゃない。次元間物質から元素を吸いあげてるのさ。そのときに、漂流しているドリフティング・ウェポンを巻き込むといわれている。ドリフティング・ウェポンが含まれていれば、その力で怪物は強力なものになる。だから、魔人クラスが身につけていたり、その身体の中に入っていたりするのさ」
あまりの突飛さに、俺たちは言葉を失ってしまった。
気を取り直す調子でマトイが口を開く。
「これから体育館の二階へ行って試し撃ちしない? 部活よ、部活」
俺は知らないが、体育館の二階は射撃場になっているらしい。
ここで、夕食の時間を告げる放送が流れた。
「時間切れだな。備品購入と試し撃ちは明日の部活だ」
などと落ち着いた口調で言いながら、俺はハッとした。
俺にも入り用のものがあったんだ!
あれはできるだけ早く入手したいッ!
俺は焦りながら言った。
「みんな! 衣料品のコーナーだ、急げ! パンツを探してくれ!」
☆☆☆
慌てて衣料品コーナーに駆け込んだものの、あるのは女物ばかりだ。
早くしないと夕食を食いそびれてしまう。
マトイが諦め顔で、ハンガーにかかった一枚を掲げる。
「もうこれで手を打っといたら? かわいいし」
青と白の縞パンだった。
「いや、それはどうだろう」
俺もここは引かない。
そこへヒサメが、なんかヒラヒラしたものを持ってくる。
「これならどうだ! 男女の区別はあるまいッ!」
それは黒のTバックだった。
前の布地が少なすぎる。
「それ、前がはみ出しちゃうだろ……」
俺は納得できない。
アデーレがもじもじしながらつぶやいた。
「わたし、タネツケくんがこういうのつけててもいいと思います……」
手にしているのは、縁をピンクのフリルに囲まれ、股間のまんなかに赤いバラの刺繍がしてある黒いビキニだった。
突っ込まずにはいられない。
「どっから見つけてきたんだよ、そんなの」
やはり女物しかないのか。
俺は危機感に捕らわれた。
男の下着が、もらった分の白ブリーフしかないとしたら……。
黄ばんでしまーうッ!
救いの手はイリアンから差し出された。
「ありましたっ! これなら間違いありません!」
イリアンが見つけてきたのは、グレーのボクサーパンツだった。
俺はやっと、安堵の吐息をつくことができた。
俺はその、女の子用にしては大きめサイズのボクサーパンツを十枚、あるだけ買った。
買い物終えて、購買棟を後にする。
みんなは昇降口の武器ロッカーに、荷物を置きに行った。
俺とシャルロッテは寮へ直行する。
夕暮れの庭園を通りぬけ、寮の前まで来たとき、中から三人の女の子が出てきた。
まんなかの女の子は嗚咽を漏らしてしゃくりあげ、両脇の二人が慰め、支えて歩いてくる。
三人とも涙を流していた。
リボンからして二年生だ。
俺とシャルロッテは立ち止まって見送ったあと、ロビーへ入っていった。
入ってすぐ左側に、白い献花台が設えられていた。
台の上には、赤、黄色、青、紫のバラがたくさん供えられている。
花々を見おろすようにして、壁に二人の少女の写真が掲げられていた。
その二人のはにかんだような笑顔には、見覚えがある。
同じクラスだった。
今日死んだという、セルネガとルイームだろう。
さっきの女の子たちは、直接交流のあった後輩に違いない。
急に死が間近に迫ってきて、気分が沈む。
傍らの壺から青いバラを抜き取りながら、俺は言った。
「これで終わりだとすると、ドライなもんだな……」
この学園はパッと見の明るさとは裏腹に、死と隣り合わせだ。
死者の出るたびに、盛大な葬儀もしていられないだろう。
騒ぐ遺族もいない。
心が折れて退学することになる者が出るのもわかる。
シャルロッテは紫のバラを選びとりながら口を開いた。
「噂を聞いたのですが、この世界で死んだ者は、もと来た世界に帰るのだそうですよ」
「それは本当か……?」
「試してみるには危険が大きすぎますね」
「そうだな……」
俺は献花台にバラを置き、静かに一礼した。
0
あなたにおすすめの小説
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる