侵略のポップコーン

進常椀富

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大宇宙のルール2

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 進常は鈴木を引き寄せて耳打ちした。
「鈴木くん、あのメリコは本当にわたしの知り合いじゃない。ということは本物の宇宙人だ。わたしたち二人を殺りに来たんだ。きっとわたしには未来を書きつづる能力ができたにちがいない」
「さっきはちょっと驚きましたけど、やっぱ担いでますね? すごい嘘くさい」
「いやいやいや、ホントだよホントだよ、このまま無抵抗だと殺されちゃうよ。さっきの自動書記もこのことだよ、『もうすでにそこにいる』っていうのはあのメリコのことだったんだよ。わたしの予知が本物ならあのメリコは本物の宇宙人だし、鈴木くんにはビームが撃てるはずだ、やっつけてよ」
「僕もうそんなことで喜ぶような歳じゃないですよ」
「いや悪ふざけとかじゃなくて、これはマジなんだってば!」
「そうだとしてもビームなんかどうやって出すんですか。僕わかりませんよ」
「きっと危機になれば本能で出てくるよ! あいつは敵だ、さっ、やっつけて!」
「ああもう世話がやけるー」
 鈴木は立ちあがってメリコと向きあった。
 進常のいうことなどまったく信じていない。
 ただ、自分が話に乗ってやらないとこの茶番が終わらないと悟ったのだった。

 やる気なく、自称宇宙人の少女を見つめる。
 向き合って見るとメリコは小さかった。
 名前のメリコ149の数字は身長のことかもしれない。
 歳は鈴木と同じくらいに見える。
 こんな華奢な少女が宇宙からの侵略者だとはとても考えられなかった。

 鈴木の背後から、自分の書いた予知に従って、進常が指図してきた。
「右!」
 鈴木は一歩、右へ動いた。
 メリコは手首のひとひねりで銃口を向けてくる。
 進常の声が大きくなった。
「もっと素早く! 左!」
 鈴木は進常の納得がいくように、素早く跳ねた。
 銃口はなんということもなく動き、容易く鈴木のほうを向く。

 鈴木は静かに、そしてキレ気味に言った。
「ぜんぜんだめじゃないですか。なんか意味あるんですかこの動き。引き金引かれたら終わりですよ」
「きっとやる気が足りないんだ」
「もういいから早く終わりにしてください」

「よし、そうしよう」
 メリコが冷たく言い放つ。
 そのとき、みしりと鳴って天井の一部が落ちてきた。
 重い音と振動が三人を揺すった。

「きゃあっ!」
 メリコは驚いて飛びあがった。
 もう少しで破片をくらうところだった。
 鈴木を撃つどころではない。
 その天井のかけらは、鈴木から見て右側から落ちてきた。
 
 ハッとして進常がつぶやく。
「み、右?」

 再び天井の一部が落下してきた。
「きゃっ!」
 メリコが危ういところでよける。
 鈴木からみて左側だった。

 進常が今度は確信をもってつぶやいた。
「左……!」
 進常はさらに続けた。
「右!」
 その声と同時に、棒状のものが天井を突き破って生えてきた。
 鈴木の右側だった。

 メリコが叫ぶ。
「アタシのミッションシップが!」
 続いて天井全体がたわみ、ヒビ割れ、裂け目が広がり、
 丸みのある金属塊が産みだされるように落ちてくる。
 それは円盤型をしているようだった。
 円盤型の宇宙船。
 先に出てきた棒状のものはその円盤の着陸脚らしかった。

 鈴木は瞬時に悟った。
 このメリコはやっぱり本物の宇宙人だ。
 その証拠に円盤みたいな形の宇宙船を持っている。
 そのメリコが考えもなくこの家の上に宇宙船を着陸させたため、
 重みによって屋根を突き破り、とうとうこの部屋まで落ちてきたのだった。
 円盤はそのまま自分たちの上に落ちてくる。
 鈴木たちを押しつぶすのは確実だった。

 自分の死を目前にして、鈴木の時間はよどんだようにゆっくり流れた。

 こんなところで死にたくない! 
 しかもこんなバカバカしい死に方で! 
 いやだ! 
 ぜったいにいやだ!

 鈴木の必死さが、眠れる力を目覚めさせた。
 光り輝く第三の目が額に開く。

「うぉおおおおッ!」
 進常の書いた小説にあったように、第三の目を中心にして身体中に力が満ち溢れてきた。
 宇宙船は落ちてくる。
 進常の声が遠くに聞こえた。
「撃てー! 撃てー! 撃てー!」

 そうだ撃つしかない! 
 
 なんらかのビームを!
 
 鈴木は叫んだ。
「超防御! 落下物による圧死阻止こうせぇぇぇーんっ!」
 鈴木の額から発射された金色の光線が、宇宙船の湾曲した金属表面を撃つ。
 落ちてきた宇宙船は見えない壁に阻まれるようにぼよんと弾み、
 向こう側にドシャリと転がった。
 その結果、家の半分以上が壊れた。
 見あげれば穴から空も見える。

「はぁはぁ……」
 鈴木は荒い息をついた。
 力があふれ、死の運命を力ずくで逃れた興奮が醒めやらない。

 メリコは少しのあいだ呆然としていたが、気を取り直したように光線銃を構えた。
「助けてもらっといてなんだけど、そーゆーのやっぱダメ。超体化した原住生物を排除するのが切り込み社員の仕事。ゴメンね」
 引き金が絞られようとした。

 その瞬間、鈴木に迷いはなかった。叫ぶ。
「速攻! 宇宙人無力化こうせぇぇぇーんッ!」

 鈴木の額から出た光線が、メリコが放った光線を押し返し、メリコの体を包みこむ。
 光線銃とメタリックのスーツが溶けるように消え失せ、メリコは下着姿になってしまった。
 上下とも純白だった。

「いやーん! 地球現住生物のえっちぃー!」
 メリコは体をよじって胸と股間を隠す。

 自分のやったこととはいえ、
 年頃の少女のあられもない姿に、鈴木は大きく動揺してしまった。
 顔を赤らめながら弁解する。
「あ、ごめ、こ、こんなつもりじゃ……」

 鈴木の背後から進常が飛びだした。
「バカ、なにやってる! 取り押さえるならいまだ!」
 自分の書いた通りの展開に、進常の動きは素早かった。
 手にビニール紐の玉巻を持っている。
 進常は飛びかかった。
「とあー!」
「なんのッ!」
 メリコは格闘技の心得があるような構えをとった。
 だが構えの立派さとは裏腹に、メリコは非力だった。
 体格も小さい。
 進常は簡単にメリコを椅子へ押しつけることができた。

「鈴木くん、手伝え!」
「は、はい!」

 しばらくドタバタ暴れたあと、鈴木と進常はメリコを椅子に縛りつけることに成功した。

 椅子にくくりつけられた半裸の少女。
 バイザーは残されていたため、まだ目の表情は読めない。

 メリコは大声で喚く。
「ヘンタイ! ヘンタイ! ヘンタイ!」
「宇宙的一般常識でもこういうのヘンタイっぽいのかね?」
 進常はメリコを見下ろしながら額の汗をぬぐった。
 鈴木は泣き出しそうな顔をしていた。
「ひどいよぉー、ぼくんちめちゃくちゃじゃないかぁー。なんの恨みがあってこんなことをぉぉぉー! お父さんお母さんになんていえばいいのか……」
「うん、それはまあ、地球の危機であるらしいし、そう考えれば家一軒くらい軽微な損害というか、まあ地球の危機だぞ? まずは捕虜の尋問が先だろ」
 進常は慰めるような口調で慰めにもならないことを言った。
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