K:火炎瓶の短編集

K:火炎瓶

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ピアス

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 ガタガタと握りしめた手が震える。
 歯の音が合わぬほどの恐怖。
 私はいやいやと首を振る。けれども目の前の相手は手のひらに握った凶器を収めることはない。 
 じわじわと顔にそれが近づいて──
「やっぱむりぃいいやぁあああああぁぁぁ!」
「うるせーーーー!!」

 事の始まりは、3日前だった。
 私には付き合って4年目になる彼氏がいる。名前はユウくん。バンドのボーカル。メジャーデビューを目指してる。まだまだ小さなライブしかできないけれど、きっといつかユウくんたちがテレビに映る日が来るって私は信じてる。
 ユウくんとお付き合いをすることにやめとけって色んな人に言われはしたけど、私はユウくんが好きだし、彼の歌が好きだ。なんというかこう、揺さぶられるような……?というとなんだそれって呆れた顔をされてしまうのが解せない。とにかく、私は彼の歌には、言葉にするのが勿体なくなるくらいのパワーを感じるのだ。
 時々、どんどん夢に向かっていくユウくんに置いていかれるのではないかと不安になることもあるけれど。
 ユウくんの耳には、ピアスホールがある。それも1つ2つなんてものじゃない。
 両耳にたくさんのピアスをつけているのはオシャレの一環。特に意味はない、分かっている。
 分かっているけれども。
「……これ、痛くないの?」
「は?」
 湯上り、ピアスは全部外して金色に染めた髪を乱暴に拭うユウくんの耳は、大きな穴がいくつも空いていて、見た目には痛々しい。ドライヤーで乾かしながら耳に触ると擽ったそうに肩を竦めた。
「ん……まあ、痛くはねぇな」
「ふーん……」
「なに」
「ピアス……」
 オシャレと無縁だった訳じゃない。人並みに化粧はするし、服は好きだし、髪留めだってどうせならカワイイのがいい。
「……ちょっと、興味あるかなぁ、って」
「へえ?」
 興味があるならあけてみるか?ユウくんにそう言われて冒頭に至る。
「ううー」
「別に無理に開けなくてもよくね?」
 くるくる、ユウくんの手のひらでニードルが回る。
 今まで耳に穴をあけてまで、オシャレをしようとは思わなかった。勿論親に貰った体に穴を空けるなんて、何を考えてるの?なんて小言はとうの昔に聞き飽きてる。それでも私はピアスという物には手を出せなかったのだ。
「それはそうなんだけど……」
「イヤリングで済むからいいって言ってなかった?」
「言ったけどさ~」
 ぺた、と背中に額をくっつける。
「……お揃いにしたかったんだもん」
 くだらない、馬鹿馬鹿しい理由だと自覚はしている。どこの少女漫画だと思う。成人したいい歳の女の発言じゃないことも。だがしかし、恋は盲目、花畑思考。
「……お前さー」
 深くため息をついたユウくんはガシガシと私の頭を撫でる。ああ、ぐしゃぐしゃ。
「なんでそんな可愛いこと言うかなー」
「うるさーい」
 ぐりぐりと頭を押し付けて、その次の瞬間。
 世界が反転した。
「は、えっ」
 天井、それから、ユウくんが視界いっぱいに映る。影の落ちた顔が、こわい。
 なに、と問う暇もなくユウくんは私の額にキスをして、そして。
 ぶす、と。
 右耳の耳たぶが燃えるように熱い。
 声にならない、悲鳴が唇を割る。
「うし、あいた」
 あいた。何が?ピアスホールが。
 ユウくんは自分のケースをあけて、1つ取り出すと私の耳にそれを付けた。
「……ひっどぉい」
「予告したら怖い怖い言うから。ごめんって」
 でも、ほら。そう言われて鏡を見ると、私の右の耳には小さな銀色のピアスがついている。
「しばらくそれつけとけ?じゃないと穴が塞がるから」
「う、うん」
 思っていたより痛くはなかった、ような気がする。
 耳元に光る銀色に触れる。
 まだ小さく、揺れ動くことも主張することもしない。
 だとしても──。
 ほんの少し、私はユウくんに近づけたような気がした。
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