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前日譚②~1話の数年前~ 会議前の儀式
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出席者は20数人ってところか。各省庁に声を掛けてそれぞれが順当だと判断した人を送り込んできたのだろう。
室内ではいくつかのグループに分かれている。中には旧交を温める笑い声をこれ見よがしに響かせて、他グループを牽制している者たちもいる。しかし、その賑わいから距離を置き、周囲の状況を盗み見ているような目つきの悪い男がいた。一際目を引くのは、誰とも交わらず独り静かに立っている男の抜きん出た格上感だった。
壁際にもたれかかり無言のまま観察を続ける。どいつもこいつも、入省するまでは自分を特別な人間だと自認していた尖った連中ばかりだ。まぁ入省して10年もすれば自身の人生の終着点が見えてくるものだが。しかし、あの一人立っている男。誰にも視線を向けず虚空を見つめている男は他とは違う。周辺視か……
目と目を合わせての会話だと表情をコントロールできても、こちらが見ていないと思ったら、考えていることを表情にだす奴っているから、相手を出し抜くには便利なんだよな。
でも、こちらが視線を向けているのに見返してこないのは逆に不自然だと思わないようじゃ駄目だろ。
警察関係者は面倒だ。やる気がなければ露骨に手を抜き、馬鹿にされたと感じたら一気に本気を出す。関わらずに立ち去りたい。
やがて、その男がゆっくりとこっちに視線を合わせた。その品定めをするような視線で僕は瞬時に察する。
この視線。こいつ刑事警察ではなく公安か。
他者の価値を測ろうとすることを隠そうともしない、この露骨な視線は、かつての内務省警保局の末裔たちに共通するものだ。小さく息をつき、全てを理解した。
……あぁわかった。確かに直ぐにわかったな。もう国家公安委員会の根回しは済んでいて、新ポストの配分も決まっていそうだ。あとは他所が色気を出さないか、監視と確認の為の出席ってとこか。
そういえば、警察庁と外務省の一部は、明治の頃から配置される人員が特定の一族に限定されているという話は、光文の頃のアングラ物やカストリ誌の創作ネタなのだろうか、事実なのだろうか。
誰も、俺と色違いカラータイツの男には話しかけてこない……
話し掛けてこない理由が違うことは分かっているが、アレと同じカテゴリーに分類されたようで、かなり不快な気分になってきた。
「あのぉ」
不意に横手から若い女性が話しかけてきた。若い? 二十代か三十代か、ぱっと見では判断しづらいけれど、まぁ僕よりは若い。
「三崎さんですよね。TVによく出演されている。サインを頂けますか」
と言いながら本を一冊差し出してくる。ってソレ僕の本ではないのか。
「ご免なさい。本当は先生の本にしてもらえれば良かったのですけれど、これしかないんです」
と言いつつ、舌の先を僅かに見せて満面の笑みを向けてきた。
TV局なんかが老齢の政治家相手にやらせているところをうんざりする程見てきたが、同じ笑い方だな。女子アナ向けスクールの必須項目なのだろうか。
女子アナ希望者が並んで同じ笑い方を練習しているところを想像し、ちょっと気持ち悪くなってしまった。
勿論、僕が何を考えているのか分かろうはずもない女性は、何か思ったのか姿勢を正して自己紹介をはじめた。
「私は、樋口なつというペンネームでこういう本を書いています」
「樋口なつって」
「あっ、やっぱり分かりますよねぇ。そうです。樋口一葉先生の本名です。ネット小説を投稿するときには、まさか書籍化されるなんて全然考えていなかったので、テキトーに付けました。今はよく考えずにしでかしたことを反省してます」
「ところで、もう時間なのに皆さんは何故席につかないんですか? 」
アノ男と同じボッチになるのは嫌なので、説明してあげようという気になった。
それに知ってる事をひけらかすのは嫌いじゃない。
「マーガレット・サッチャーが回顧録でこんなことを言っている『自分は初対面の相手を最初の数分で判断する。後から修正したことは一度もなかった』と。サッチャーは親が小売店だったから、幼少の頃から中・低階層の労働者階級の話し方を聞いているし、長じて高学歴の人間と接すれば貴族階級の話し方と区別できる。だから、相手の教養を推し量ることは容易だったんじゃないかな。自慢するような事じゃない。日本でも、それなりの企業の人事に長年携わっていれば履歴書なんか見なくとも、話し手が『早慶レベルか、GMARCHレベルか、日東駒専レベルかを区別するのに一分も必要ない』と言ってる人がいるしね。僕の友人はコンパに行くと初対面の女子から最初の顔合わせで『TVでニュースを読んでいる人のような話し方だ』ってよく言われてたよ」
「今、何をやっているかというと、誰が誰より上で、誰は誰より下かっていう情報交換と探り合い。誰がどういう話柄を口にするのか、誰がどういう話に興味をもつのか。疑問を持ったときにどういうレトリックで確認するのか。認識に差異があると感じたらどのような予備質問から始めて認識を合一させるのか。質問を受けた側には直ぐに意図を察する思考の柔軟性があるのか。数分間の会話で互いの位付けを行っているところ。誰だって恥をかきたくない。口論で負けたくなければ、自分より頭の良い相手が何を言っても絶対に逆らわないで余計なことを言わなければいい。それを守っているから僕は口喧嘩で負けたことがない」
まぁ偶に、意図してピエロを演じて小芝居を打つ性の悪い連中もいるが……
「時間になりましたので、着席をお願いします」
ちぇ、なんだあいつ。結局内閣府が仕切るのか。
予定されていた席に貼ってある紙を剥がし、誰も座ろうとしない座席の紙も剥がして僕はそこに座った。
隣の席にさっきの女性が座っていたという理由で、僕の方から望んでこっちに席替えしたのではないのだが。
室内ではいくつかのグループに分かれている。中には旧交を温める笑い声をこれ見よがしに響かせて、他グループを牽制している者たちもいる。しかし、その賑わいから距離を置き、周囲の状況を盗み見ているような目つきの悪い男がいた。一際目を引くのは、誰とも交わらず独り静かに立っている男の抜きん出た格上感だった。
壁際にもたれかかり無言のまま観察を続ける。どいつもこいつも、入省するまでは自分を特別な人間だと自認していた尖った連中ばかりだ。まぁ入省して10年もすれば自身の人生の終着点が見えてくるものだが。しかし、あの一人立っている男。誰にも視線を向けず虚空を見つめている男は他とは違う。周辺視か……
目と目を合わせての会話だと表情をコントロールできても、こちらが見ていないと思ったら、考えていることを表情にだす奴っているから、相手を出し抜くには便利なんだよな。
でも、こちらが視線を向けているのに見返してこないのは逆に不自然だと思わないようじゃ駄目だろ。
警察関係者は面倒だ。やる気がなければ露骨に手を抜き、馬鹿にされたと感じたら一気に本気を出す。関わらずに立ち去りたい。
やがて、その男がゆっくりとこっちに視線を合わせた。その品定めをするような視線で僕は瞬時に察する。
この視線。こいつ刑事警察ではなく公安か。
他者の価値を測ろうとすることを隠そうともしない、この露骨な視線は、かつての内務省警保局の末裔たちに共通するものだ。小さく息をつき、全てを理解した。
……あぁわかった。確かに直ぐにわかったな。もう国家公安委員会の根回しは済んでいて、新ポストの配分も決まっていそうだ。あとは他所が色気を出さないか、監視と確認の為の出席ってとこか。
そういえば、警察庁と外務省の一部は、明治の頃から配置される人員が特定の一族に限定されているという話は、光文の頃のアングラ物やカストリ誌の創作ネタなのだろうか、事実なのだろうか。
誰も、俺と色違いカラータイツの男には話しかけてこない……
話し掛けてこない理由が違うことは分かっているが、アレと同じカテゴリーに分類されたようで、かなり不快な気分になってきた。
「あのぉ」
不意に横手から若い女性が話しかけてきた。若い? 二十代か三十代か、ぱっと見では判断しづらいけれど、まぁ僕よりは若い。
「三崎さんですよね。TVによく出演されている。サインを頂けますか」
と言いながら本を一冊差し出してくる。ってソレ僕の本ではないのか。
「ご免なさい。本当は先生の本にしてもらえれば良かったのですけれど、これしかないんです」
と言いつつ、舌の先を僅かに見せて満面の笑みを向けてきた。
TV局なんかが老齢の政治家相手にやらせているところをうんざりする程見てきたが、同じ笑い方だな。女子アナ向けスクールの必須項目なのだろうか。
女子アナ希望者が並んで同じ笑い方を練習しているところを想像し、ちょっと気持ち悪くなってしまった。
勿論、僕が何を考えているのか分かろうはずもない女性は、何か思ったのか姿勢を正して自己紹介をはじめた。
「私は、樋口なつというペンネームでこういう本を書いています」
「樋口なつって」
「あっ、やっぱり分かりますよねぇ。そうです。樋口一葉先生の本名です。ネット小説を投稿するときには、まさか書籍化されるなんて全然考えていなかったので、テキトーに付けました。今はよく考えずにしでかしたことを反省してます」
「ところで、もう時間なのに皆さんは何故席につかないんですか? 」
アノ男と同じボッチになるのは嫌なので、説明してあげようという気になった。
それに知ってる事をひけらかすのは嫌いじゃない。
「マーガレット・サッチャーが回顧録でこんなことを言っている『自分は初対面の相手を最初の数分で判断する。後から修正したことは一度もなかった』と。サッチャーは親が小売店だったから、幼少の頃から中・低階層の労働者階級の話し方を聞いているし、長じて高学歴の人間と接すれば貴族階級の話し方と区別できる。だから、相手の教養を推し量ることは容易だったんじゃないかな。自慢するような事じゃない。日本でも、それなりの企業の人事に長年携わっていれば履歴書なんか見なくとも、話し手が『早慶レベルか、GMARCHレベルか、日東駒専レベルかを区別するのに一分も必要ない』と言ってる人がいるしね。僕の友人はコンパに行くと初対面の女子から最初の顔合わせで『TVでニュースを読んでいる人のような話し方だ』ってよく言われてたよ」
「今、何をやっているかというと、誰が誰より上で、誰は誰より下かっていう情報交換と探り合い。誰がどういう話柄を口にするのか、誰がどういう話に興味をもつのか。疑問を持ったときにどういうレトリックで確認するのか。認識に差異があると感じたらどのような予備質問から始めて認識を合一させるのか。質問を受けた側には直ぐに意図を察する思考の柔軟性があるのか。数分間の会話で互いの位付けを行っているところ。誰だって恥をかきたくない。口論で負けたくなければ、自分より頭の良い相手が何を言っても絶対に逆らわないで余計なことを言わなければいい。それを守っているから僕は口喧嘩で負けたことがない」
まぁ偶に、意図してピエロを演じて小芝居を打つ性の悪い連中もいるが……
「時間になりましたので、着席をお願いします」
ちぇ、なんだあいつ。結局内閣府が仕切るのか。
予定されていた席に貼ってある紙を剥がし、誰も座ろうとしない座席の紙も剥がして僕はそこに座った。
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