The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第18話 カードの家

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 勘違いした映像作家……かな。同業者とは違う画角で視聴者の関心を誘おうとしているのか、演劇や草創期の映画のように第四の壁* を打破する演出? まさかパントマイムか? 何か喋っているのだから違うか。1周回って新しいとか思ってんのかね。この映像をつくった奴は。何か怒っているように聞こえるが、欧米人は中国語を聞くと怒っているという印象をもつが、当の中国人は平静に話しているだけ。というのをTVで言ってたな、そういうタグイの話し方なのだろうか。

 ん? こっちに近づいてきた老人が画面一杯の大写しになった。俺を指さして眩しいから被り物を取れというジェスチャーをしている。

 そういえば、ヘッドライトの光が画面に写りこんでいない。最近のAVオーディオビジュアルは凄い。

 あれっ? 
 まさか、映像ではなくて、双方向ライブ配信なのか、これ?
 試しにヘッドライトを消してみた。老人は明らかに怒りを和らげた表情を見せる。
 ポンチョとヘルメットを取り、素顔を見せる。落ち着いた声で何か言っているが、やはり何を言っているのか分からない。

 バックパックからサークレットを取り出すと、老人はそれを頭に被れという仕草を見せる。
 何をやらせようとしているんだ? この老人。こんなわけの分からないものを被るほど俺は自分を過小評価していない。これが緊箍児キンコジでないとこの段階で断定する奴は大馬鹿だ。孫悟空役は別人にお願いしたい。

 サークレットを手に持ったまま話しかける。
「私の言葉はわかりますか? 」

「ん? あぁ分かる。お前は日本人か? 」
 ……これは困った。向こうは事情が分かっているのに、俺は全く分かっていない。どう答えるのが正解なのだろうか。


 しばし逡巡したが、相手の立場になって考えればここは正直者を演じるのが正解だろう。自慢ではないが俺はこの歳になるまで口論で負けたことがない。相手の見識が自分を上回っていたら、相手の言うことには絶対逆らわない。これが俺の処世訓だ。

「えぇそうです。私には状況が全くわかっていないのですが、ダンジョン内の大岩の上にあった物品を移動させると、突然映像が壁に映し出されたので驚愕のあまり正しい対応がとれませんでした。ご不興をコウムることを仕出かしてしまい誠に申し訳ございません」
 こちらを値踏みしている視線と沈黙が痛い。まぁ俺も同じことをしているのだから人のことをとやかく言える立場にないけれど。

「それは、もうよい。何を望む? 」


 何を……か。まぁ欲しいのは現金だが、日本で合法的に換金できる物って何だろう? シェイクスピア劇で着ていそうな服装をしているのは本職の役者? とりあえず現状の確認を済まさないと話の持って行き方が分からない。
「失礼ですが、そちらは何処の国の方なのでしょうか? 」

 片方の眉毛を吊り上げた老人は諧謔カイギャクロウしたようだ。
「3日後のこの時間にもう一度その魔道具を使いなさい。君の相手をする者を用意する」

「え~と。確認のために明日のこの時間に1度つないでも良いですか? この時間にそちらが不在の場合は机の上に花か何かを飾っていただいて、私のいる場所とそちらの場所。同じ時間軸上に位置しているのか確認をしておかないと、3日後のこの時間に話しかけることができるのかどうか確証がもてません」

 老人は可笑オカしそうな笑顔をみせるとウナズいた。
「他に要望がないのであれば、オーブの接続を切ってくれ」

 言われるままに俺は透明なオーブを持ち上げる。映像が消えた。
 インド人は肯定するときにも左右に小首をかしげるように振るそうだが、あの仕草は肯定でいいのだろうか……



 鏡の前から日本人の姿が消えたのを確認した老人は、静かに使用人の部屋につながる呼び紐を引いた。すぐに使用人が現れ、老人は流れるように指示を出す。
「指示あるまで鏡の前にて武装して交代で待機しろ。それと、鏡の前に衝立ツイタテを置け」
 その言葉に、使用人は無言で従い動き出す。

 指示されたことを全うすべく使用人が立ち去った後、老人は机の引き出しの中にある隠しポケットから指輪をとりだすと、それを指にはめて本棚の前に立ちキーワードを唱える。すると本棚の1部が木枠ごと前にスルスルとせり出してくると宙に浮いた。老人は隠し場所から1冊の書類束を取り出すと再びキーワードを唱え隠し場所を閉じた。

 書類束の1番上には『日本人規矩準縄まにゅある』と書かれてあった。





__________________________________________________________
* 第4の壁は、舞台と客席を分ける1線のこと。舞台の正面に築かれた、想像上の見えない壁であり、フィクションである演劇内の世界と観客のいる現実世界との境界を表す概念である。観客は、観客席からこの第4の壁を通して演じられる別の世界を客観的に見ることになる。
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