19 / 76
第1章 ダンジョン
第19話 撃鉄の落ちる音
しおりを挟む
あの老人。当世風の服を着ていないし、一般に知られていない魔道具にも何故か知識を持っていた。
そして、その知られていない魔道具を俺が所有し、何も知らない道化である俺が作動させても不審に思わない。秘匿されている物にはそれだけで価値があるのに、悠長に3日という時間を俺に与えた。
つまり俺がこの透明オーブを持ち続けても、それを俺が誰に話そうと、あの老人にとって問題のない些事ということか。
俺のことを初見で日本人と決めつけたのは、鑑定魔法を使ったのだろう。
だけど、何を望むってのは何だ? 俺は何を望めた? そして、その対価は何だ。あの老人にとって価値ある何かを俺が所有していたということなのか?
3日後には分かること。これ以上判断する材料もないことであるし、透明オーブとアームレットの鑑定(赤)を済まそう。
・透明オーブ
一定距離内の球冠鏡への転移可能。転移可能距離は魔素濃度に準ずる。未登録の場合、アームレットに接触させることで近隣の球冠鏡を捜索し自動で接続する。最初に繋いだ球冠鏡に固定。
・アームレット
透明オーブと球冠鏡が、接続登録済みであれば、このアームレット装着者は双方向に転移可能。
神の創り給いし夜々は
夢とさまざまな鏡で武装している
人間が空ろな映像にすぎないことを自覚するように
それゆえ夜はわれらを怯えさせる
…………
…………
カルタゴの遺跡を前にして一席ぶったパットン* ではないが、ボルヘスの詩** が脳裏に浮かぶ。
まぁなんとなく予想はしていたが、誰かが仕組んでいることはほぼ確定だね。異世界人なのか未来人なのか地球外の生命体なのか、それらを超越した何かなのかはわからないけれど。俺が普段どういうネット小説を読んでいるのかよくご存じなのは間違いない。
だけど、当人の意思確認もなく強制参加させるってのは、俺がいなくなっても後の世に影響がないと誰かに保証されたようで不愉快極まりない。それとも、俺に何かをやらせようとしている誰かは、死亡か重篤な怪我をしたら回復させて、ベランダでアレをみつけた頃の俺と取り換えて記憶を消すサービスぐらいは期待していいのだろうか。
根拠の希薄な勘だけれども、あの老人は異世界人という設定にしておこうか。
用意するとか言ってた人物。今後出会うかもしれない商人、貴族、王族、それらの内の誰か、若しくは幾人か、俺と接触してくる何かがこの舞台を用意しているアバターの可能性もあるけれど。
あの服装やインテリアでSFとか現代ゾンビパニックものの可能性は考えるのも馬鹿馬鹿しい。チュートリアルはどこまでで、どこからがスタートなのか。
はじまりのファンファーレはどうせ俺には聞こえない。
さて、露骨に手を抜いているのを悟られないように気をつけながら探索を続けようか。
入ってきたところから右奥に出口があるので、俺は再びヘッドライトを大角度の投光照明モードで点灯させ、龕灯を持つと天井を警戒しているふりをしながら奥に進む。
10メートルほどで丁字路に。手書きの地図が大きくずれていなければ、右は探索済みなので帰りに確認することにして、左の路を選ぶ。
道なりに25メートル程歩くと、右手の壁に銀白色の霧状のものが見えてきた。
公社の説明通りなら第2層への入り口ということになる。
念のため、U字型になった路を更に30メートル程進んだら驚いた。
天井から崩れ落ちてきたと思しき土石で通路が完全に塞がれていた。
ダンジョンの通路って崩れるんだ……
通路を引き返し、第2層への入り口でしばし逡巡する。
第2層は狼? それともスライムが配されているのだろうか?
戦闘があるのなら相棒、それも俺の前で戦ってくれる人がいれば心強い。あの老人に頼めば手配してくれそうな気がする。
“異世界の文明度は前近代”というよくある設定であるのならば、高く売れそうな物もあるだろうし、一度だけ大きな取引をして現金化することを検討するのも悪くない。
先への好奇心と、緊張していたわりにはここまで問題なくこれたというバイアスで、第2層に向かった。
ヘッドライトの輝度を弱に戻し、右手に木製バット、左手に龕灯を持ち室内を見回す。縦長の5メートル四方ぐらいの部屋には何もない。天井を警戒しながら次の部屋に踏み込むと、10メートルぐらい先から子供がこちらに走ってくる。
成程な。というのが第一印象。事前にネットで調べておいたが、これがゴブリンか。
神童寺に安置されている役行者に従う後鬼像と違って角はないが、全身がっしりした体躯、身長に比して異様に大きい手と太い指。
大阪と奈良の境。千数百年前の暗峠で災いなしたと伝承に言うが、それもゴブリンだったのだろうか。
視線が合った瞬間。一瞬立ち竦んだ。無我夢中で「[魔法の矢]」と3度叫ぶ。
1発目で目標がよろける。
2発目で仰向けに転がる。
3発目は通り抜けて地面に着弾したように見えた。
倒したことを確認すると、俺はゴブリン消滅後の固体を拾うこともなく第1層に逃走した。
___________________________________________________________
* ジョージ=スミス=パットン=ジュニア。第二次世界大戦時の米陸軍将軍。ボルヘスを読んだかどうかは定かでないが、剽窃したような言動があった。
** J.L.ボルヘス 『ボルヘス詩集』思潮社 1998
出典はこの詩集だと思ったのですが見当たりません。内容からボルヘスの詩なのは間違いないと思うのですが、手持ちのボルヘスの本にはどこにも書いていません。
どなたか出典をご存知の方がいらしたら教えてもらえると嬉しいです。
そして、その知られていない魔道具を俺が所有し、何も知らない道化である俺が作動させても不審に思わない。秘匿されている物にはそれだけで価値があるのに、悠長に3日という時間を俺に与えた。
つまり俺がこの透明オーブを持ち続けても、それを俺が誰に話そうと、あの老人にとって問題のない些事ということか。
俺のことを初見で日本人と決めつけたのは、鑑定魔法を使ったのだろう。
だけど、何を望むってのは何だ? 俺は何を望めた? そして、その対価は何だ。あの老人にとって価値ある何かを俺が所有していたということなのか?
3日後には分かること。これ以上判断する材料もないことであるし、透明オーブとアームレットの鑑定(赤)を済まそう。
・透明オーブ
一定距離内の球冠鏡への転移可能。転移可能距離は魔素濃度に準ずる。未登録の場合、アームレットに接触させることで近隣の球冠鏡を捜索し自動で接続する。最初に繋いだ球冠鏡に固定。
・アームレット
透明オーブと球冠鏡が、接続登録済みであれば、このアームレット装着者は双方向に転移可能。
神の創り給いし夜々は
夢とさまざまな鏡で武装している
人間が空ろな映像にすぎないことを自覚するように
それゆえ夜はわれらを怯えさせる
…………
…………
カルタゴの遺跡を前にして一席ぶったパットン* ではないが、ボルヘスの詩** が脳裏に浮かぶ。
まぁなんとなく予想はしていたが、誰かが仕組んでいることはほぼ確定だね。異世界人なのか未来人なのか地球外の生命体なのか、それらを超越した何かなのかはわからないけれど。俺が普段どういうネット小説を読んでいるのかよくご存じなのは間違いない。
だけど、当人の意思確認もなく強制参加させるってのは、俺がいなくなっても後の世に影響がないと誰かに保証されたようで不愉快極まりない。それとも、俺に何かをやらせようとしている誰かは、死亡か重篤な怪我をしたら回復させて、ベランダでアレをみつけた頃の俺と取り換えて記憶を消すサービスぐらいは期待していいのだろうか。
根拠の希薄な勘だけれども、あの老人は異世界人という設定にしておこうか。
用意するとか言ってた人物。今後出会うかもしれない商人、貴族、王族、それらの内の誰か、若しくは幾人か、俺と接触してくる何かがこの舞台を用意しているアバターの可能性もあるけれど。
あの服装やインテリアでSFとか現代ゾンビパニックものの可能性は考えるのも馬鹿馬鹿しい。チュートリアルはどこまでで、どこからがスタートなのか。
はじまりのファンファーレはどうせ俺には聞こえない。
さて、露骨に手を抜いているのを悟られないように気をつけながら探索を続けようか。
入ってきたところから右奥に出口があるので、俺は再びヘッドライトを大角度の投光照明モードで点灯させ、龕灯を持つと天井を警戒しているふりをしながら奥に進む。
10メートルほどで丁字路に。手書きの地図が大きくずれていなければ、右は探索済みなので帰りに確認することにして、左の路を選ぶ。
道なりに25メートル程歩くと、右手の壁に銀白色の霧状のものが見えてきた。
公社の説明通りなら第2層への入り口ということになる。
念のため、U字型になった路を更に30メートル程進んだら驚いた。
天井から崩れ落ちてきたと思しき土石で通路が完全に塞がれていた。
ダンジョンの通路って崩れるんだ……
通路を引き返し、第2層への入り口でしばし逡巡する。
第2層は狼? それともスライムが配されているのだろうか?
戦闘があるのなら相棒、それも俺の前で戦ってくれる人がいれば心強い。あの老人に頼めば手配してくれそうな気がする。
“異世界の文明度は前近代”というよくある設定であるのならば、高く売れそうな物もあるだろうし、一度だけ大きな取引をして現金化することを検討するのも悪くない。
先への好奇心と、緊張していたわりにはここまで問題なくこれたというバイアスで、第2層に向かった。
ヘッドライトの輝度を弱に戻し、右手に木製バット、左手に龕灯を持ち室内を見回す。縦長の5メートル四方ぐらいの部屋には何もない。天井を警戒しながら次の部屋に踏み込むと、10メートルぐらい先から子供がこちらに走ってくる。
成程な。というのが第一印象。事前にネットで調べておいたが、これがゴブリンか。
神童寺に安置されている役行者に従う後鬼像と違って角はないが、全身がっしりした体躯、身長に比して異様に大きい手と太い指。
大阪と奈良の境。千数百年前の暗峠で災いなしたと伝承に言うが、それもゴブリンだったのだろうか。
視線が合った瞬間。一瞬立ち竦んだ。無我夢中で「[魔法の矢]」と3度叫ぶ。
1発目で目標がよろける。
2発目で仰向けに転がる。
3発目は通り抜けて地面に着弾したように見えた。
倒したことを確認すると、俺はゴブリン消滅後の固体を拾うこともなく第1層に逃走した。
___________________________________________________________
* ジョージ=スミス=パットン=ジュニア。第二次世界大戦時の米陸軍将軍。ボルヘスを読んだかどうかは定かでないが、剽窃したような言動があった。
** J.L.ボルヘス 『ボルヘス詩集』思潮社 1998
出典はこの詩集だと思ったのですが見当たりません。内容からボルヘスの詩なのは間違いないと思うのですが、手持ちのボルヘスの本にはどこにも書いていません。
どなたか出典をご存知の方がいらしたら教えてもらえると嬉しいです。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる