The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第37話 写真は撮るものではない「つくる」ものだ

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 用意した服に着替えたことを告げるマヤの声が聞こえ、俺は洗面所へと足を向けた。ドライヤーの使い方を説明すると、言われた通りに濡れた髪を乾かしていく少女。温かな風が、この場の湿った空気を清涼なやわらかい雰囲気で包み込む。
 洗面所へ案内したときとは見違えるほど、鏡の前のマヤは生き生きとしていた。髪が乾いていくにつれ、心に陽が差すように機嫌が良くなっていくのがわかる。今にも鼻歌がこぼれそうだ。

「但馬さんの髪が綺麗なのは、このシャンプーやコンディショナーという物をお使いになられているからなのですね」

「何を指して綺麗と呼ぶのかは人それぞれだと思うけれど、一般的な意味での綺麗だったら、多分それであってる。比較の対象が俺の髪なのなら、それはわからないよ」

「それは、どういうことですか? 」
 手を止めたマヤが振り向いた。キョトンとした顔のマヤもかわいいなと思った。

「何度かこっちの世界の女性から俺の髪を褒められたことがある。雑な洗い方しかしていない俺より、平均的な日本の女性の方が余程手入れはしていると思う。にもかかわらず俺の方が綺麗なのは体質か遺伝的なものじゃないかな。俺の母は50代の頃に化粧品屋で『30代の肌質だと言われた』ととても喜んでいた。両親と姉と俺は全員実年齢よりかなり若く見える家系だから、俺と同じことをしても同じ髪質になると期待しないで。マヤがSF映画に興味がないように、俺も女性から髪が綺麗だと言われても、それがどうしたと全て聞き流していたから、髪の話は正直よくわからない」

 俺が淡々と説明を終えると、マヤは納得したように頷いた。
「たしかに。髪質を気にする殿方にはこれまでお会いしたことがありませんね。ところで但馬さんって、今、おいくつなんですか? 」

「多分、君の父親より年上だと思うよ」
 少し意地悪な言い方で返すと、マヤは一瞬考え込んだ後、真剣な眼差しで答える。

「生きていれば父は今40歳です」

「いつ亡くなられたの? 」

「8年前です」

「それからは母子家庭で? 」

 答えかけたマヤは一度開きかけた唇を閉じた。
「……ごめんなさい。私事をあまり話すなと家令さんから言われております」

「あぁ悪かった。ごめんね不躾なことを聞いて」

「いえ……いいんです。それで、おいくつなのでしょうか? 」
 マヤはふたたび年齢を尋ねてきた。今度はその答えを絶対に逃さないという強い意志が感じられた。

「年齢不詳の謎めいた男性って魅力が上がると思ったことは? 」
 軽い冗談で場を和ませようと試みる。

「全くありません! 」
 だが、マヤは即座に、きっぱりと拒絶した。

「では、今からは謎の殿方路線でちょっと試してみようか」

「絶対に止めて! ……ください」

 怒られた。今日の俺の冗句は何故か酷く評価が悪い。謎だ。

「それで、おいくつなのでしょう? 」

「55、いやもうそろそろ56歳」
 黒沢映画の三船を意識しながら「三十郎、いやもうそろそろ四十郎*」という台詞っぽく言ってみた。
 マヤは俺の返事を聞いて呆然としている。

「本当ですか? 」

「いや、別に信じてくれなくてもいいよ」

「本当ですか? 」
 二度も繰り返すほど、彼女は驚いている。

「どうすれば、証明できるの? 」

「……明日。……クーム侯爵家から来た者が中位か高位の[アナライズ** ]が使えるようであれば、使ってもらってもいいですか? 」

「それで君が納得してくれるならそれでいいよ。でも、俺の正確な歳なんか知っておく必要なんかないだろ? 」

「約束しましたよ」

 そう言うとマヤは鏡に向き直り、俺が普段使いしている櫛で髪を整えはじめた。
 バスタオルやフェイスタオルを洗濯機に放り込んだ後は特にやることもなかったので、自室のパソコンで行先のアレコレを調べておく。キーボードを叩く乾いた音が、静かな室内に響いた。

 マヤが俺を探している声が聞こえたので、装備品を置いてある部屋に立ち寄ってから廊下に向かう。

 玄関と廊下には俺が撮影した季節の写真が何点か飾ってあるのだが、マヤはそれらの1点・1点を興味深そうに眺めている。
「随分と細かいところまで書き込まれた絵ですね」

「人の手で書き込んだ絵ではなくて、道具を使って撮影したもので写真と言うんだけどね」
 そう言いながらスマホを取り出すと、マヤが写らないように玄関の写真を撮り、マヤに見せる。児童ポルノだの盗撮だのと余計な事に気を使わせる昨今の風潮が鬱陶しい。

 スマホの画像を見たマヤは画面を凝視する。
「映画というのもこれと同じ道具が使われているのですか? 」

「え~と、まぁ、できないこともないけれど、映画の場合は別の道具を使うのが一般的だね。ここにある写真もこの道具ではなくて別の道具で撮影しているよ」

「但馬さんが今手にお持ちの道具でコト足りるのなら、他の道具は不用なのではないですか? 」

「そう言ってしまうと身もフタもないな。何でもできるが何かが優れているわけではないのと、何か1つにだけ特化した優秀さがあるのって、両立するんじゃないの? 」

「それは……確かにそうですね。私が間違っていました」
 素直に非を認める少女に微笑ましさを覚えた。

「今ここにある写真も、1点を除いてこのスマホと同じ原理で撮影したものだけれど、1点だけスマホとは原理の異なる道具で撮影したものがある。どれだかわかる? 」

 マヤは1点1点確認した後に、その内の一つを指さした。

「どうしてそれだと思ったの? 」

「この写真だけ他とは違うような気がします。これだけがダンジョンで見つかるオーブの色相に似ていて、他の写真とは異なっています」
 俺は彼女の鋭い観察眼に驚いた。正直、まだ子供だと侮っていたが、異世界の少女を日本の十代少女と同じ目線で扱ってはいけない。表情には出さないが認識を改める。

「よくわかったね。それはポジフィルムで撮っていて、古い道具で撮影したものだよ。ポジの特徴はマヤが言う通り階調表現の豊かさだからね」

「はぁそうですか」
 SF映画を紹介したときと同じぐらい興味のなさそうな反応をされてしまった。

「あぁそうだ。もう1つお願いすることがあったよ。外に出る前に、病気治癒薬としてこの軟オーブ(赤)を使ってね。俺も飲むから」

「私は健康ですよ。[アナライズ** ]で確認してください」

「病気になるものが感染していても、その病気の症状が表れない人もいて、そういう人が自分は健康だからと不特定多数と接触したせいで病気が広がる可能性がある。だからこれは飲んでほしい」

「本当に日本の方って変なことばかり考えているのですね」
 マヤは不満を隠そうともしなかったが、それでもオーブを受け取ってくれた。
 マヤの手の中でオーブが形を変えていく。斜円柱の上面に口を当て一気に飲み干す。外側の固体は消えたのか不思議魔法が絶妙のタイミングで液体に切り替わっていくのか、マヤの手には何も残っていない。
 続いて俺も飲んだ。味はしないが、これで痛風も治ってくれないかなぁと余計なことは考えていた。





_______________________________________________________________
* 『用心棒』邦画 1961『椿三十郎』邦画 1962 「作中で名を聞かれて、三十郎いやもうそろそろ四十郎と答える台詞がある。

** 鑑定(赤) 装備品やアイテムの使い方や効果、金銭価値が分かる。
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