The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第36話 異世界人を日本に連れこんだら先ずはお風呂だよね

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「周囲の人から意識されない、認識阻害のようなことをマヤはできる? 」

「この指輪を使えば、[インヴィジビリティ* ]の呪文と同じことができます」

「図書館に行って帰ってくる間に3・4回使って欲しいと頼めば頼めばその指輪を使ってくれるかな? 使用制限とか回数制限といった頻繁には使えない理由がなければそうして欲しい」

「使用制限はありませんが回数制限はあります。魔道具屋で魔素を充填してもらえればすむことです」

「今日最低2回は使って欲しい」

「私は通常の手段では図書館に入れませんか? 」
 一瞬、彼女の顔に不安げな色が浮かんだ。言葉には出さずとも、何かを感じ取ったのだろうか。

「公立図書館であれば問題ない。自宅から外に出るときと、帰ってきて自宅に入るときが問題なだけ」

「理由を聞かせてもらえますか? 」

 何か不満そうだ。

「今住んでいるところには半世紀程住んでいてね。近所の住民には俺の家の家族構成は知られている。未成年が家に出入りしているところを不審に思われると官憲に通報されるかもしれない。で、問題なのは、日本では保護者の許可がない未成年を家に入れると、マヤが何と言おうと俺が誘拐という犯罪行為で君を家に閉じ込めたことになってしまう。マヤの保護者から同意を得ているのだと官憲に証明することはできないから、かなり面倒なことになってしまう。だから、出入りの際には[不可視*]の魔法を使って欲しい」

「私は閉じ込められていませんよ。日本人というのはどうしてそんな変わった考え方をするのですか? 」

「ごめん。あきらめて。多少の不自由よりも、未成年を犯罪者から守るためにはしかたのないことだから。これはどうしようもない。そんな理由では[不可視*]を使えないということであれば、絶対に玄関から外には出ないでね」

「わかりました。ご迷惑をお掛けすることは本意ではありませんので、お言いつけ通りにいたします」

「ごめんね。でもまだまだあるのだけれど、聞いてもらえるかな? ついてきて欲しくないから嫌がらせで言っているのではないことを信じてもらえると嬉しい」

「……どうぞ。言ってみてください」

 いや。そんな。覚悟を決めました。という悲壮な決意を表情にださなくても……

「まず、武器は持ち出さずに家に置いて外出して欲しい。それと、用意した服に着替えて、母の使っていたサンダルを履いて欲しい。最後に、お湯の出る部屋があるからそこで髪と躰を洗って欲しい。これら全てを了承してもらえたら一緒に出かけられるし、俺としてもマヤのような素敵な女性に同行してもらえるのはとても嬉しいよ」

「それで全部ですか? 」

「個別の対応を全部事前に伝えることはできないけれど、あと一つだけ。官憲と何かあっても絶対に何もしないで欲しい。俺が首を左右にふったら[不可視*]で隠れてから離れてついてきて。この国の官憲はやる気のないときは露骨に手を抜くけれど、自分たちが見くびられたり、官憲仲間に危害が及んだら組織を前面にだしてきて、とても面倒なことになる。繰り返すが、絶対に官憲へ手をださないでね」

「私との外出を楽しいと感じてもらえますか? 」

 これは大事な事の確認だと言わんばかりにマヤは真剣な視線を向けてくる。。そういえば今日は最初から機嫌が悪かったことだし、対応を変えてみるか。
「君の世界の男たちと同じで、俺もマヤと親しくなりたいと願っているよ」

「そういう言い方は嫌です」
 マヤの表情が一瞬で不機嫌なものに戻る。俺は慌てて言葉を改めた。

「マヤとの外出は、楽しい事が何もなかった俺の人生で最高の思い出になると思う。俺との外出を悪くないと受け入れてくれて、これから一緒に出かけてくれるのなら、今日は俺にとって最高の記念日だ」

「まぁいいでしょう。ところで私にどんな服を着せるつもりなのですか? 」

 マヤは、ふっと顔を背けて恥ずかしそうに呟いた。その照れ隠しのような、ぶっきらぼうな言い方が逆に可愛らしく見えた。

 母の部屋に案内する。タンスを開けるとマヤは大量の衣服に驚いているが、その中から何着か取りだす。ババシャツには見えない肌着と、尿漏れパンツは新品があるので何も言わずに黙って床に置く、トップはブクハドオフで母用に買ってきた古着がある。ポリエステル製だったから、年寄りは肌が弱いという理由で一度も着ることなく施設から突き返されたやつだ。シャツとセーターはマヤが来ても違和感のない服があったが、問題はボトムだ。ジャージと寝間着しかない。これと既に穿いている年配夫人向けの靴下。自分で選んでおいて凄い違和感がある。

「この服を着て欲しいのだけれど? 」

「ズボンはちょっと……」

「宗教上の理由? 」

「はい。そうです。女性が男性の服を着て性別を偽ることはできません」

「神様もスカートを買いに行く1時間ぐらいであるのなら、急場の間に合わせとして大目にみてもらえるということは?」

「急場の間に合わせですか……」
 マヤは考え込むように、指先を顎に当てる。

「外出して最初に服屋を訪れ、そこで着替える。それならどうだろう? 」

「そういう解釈であれば大丈夫なのでしょうか? 」

「いや、異教徒の俺には答えられないよ」

「それはそうですね……わかりました。最初にスカートを買っていただけますか、代金は後程ノチホドお支払いいたします」

「お金は交換レートの計算ができないから、何か別のかたちにして。例えば、今日別れるときに満面の笑みで『楽しかった』と言ってくれるとか」

「そんなことで良いのでしょうか? 」

「俺はそれで十分だと思うよ」

「何か別のかたちのお返しを考えておきます。ところで、髪と躰を洗うというのは但馬さんの世界での宗教的な儀式なのでしょうか? 」

「まぁ広い意味で言えばそういう解釈もできる……そういうことで納得してもらえる? 」

「誤魔化されたことはわかっていますからね」

 マヤは不承不承フショウブショウというテイで同意してくれた。

 浴室へ案内する。
 シャンプーとコンディショナーの使い方を説明し、ボディソープの使い方を説明しようとしたら、マヤは突然こちらをふりむいて叫んだ。
「そんなに一度に言われても、わかりません! 」
 捨てられた仔犬のような目で訴えてきた。

「髪はそっちの洗面台で俺が洗ってあげようか? 他人に頭を触られることが嫌でなければの話だけれど」

 マヤは洗面台の方をしばらく眺めてからこちらを見て小さくウナズいた。

椅子ゲーミングチェアを取ってくるから一寸チョット待ってて」

 洗面台の前に椅子ゲーミングチェアを置きマヤに座ってもらう。
「背もたれが倒れるけれど驚かないでね」
 そう断ってから椅子ゲーミングチェアのロックを外し、マヤが驚かないようにゆっくりと背もたれを水平に近い角度まで倒し、洗面台で髪を洗いやすいように椅子ゲーミングチェアの位置を調整する。

 何がはじまるのかと、少しオビえた表情を見せるマヤ。

「顔と服が洗剤や水で濡れないように、このバスタオルを掛けるから、息が苦しくなったらマヤが調整してね」

 更にオビえた表情を強めるが、ごちゃごちゃ説明するより、ちゃっちゃと進めた方が良いだろうと、マヤの顔にバスタオルを被せる。

 そういえば甥っ子が幼稚園児の頃にも洗ってやったことがあった。洗い終えたのにいつまでも頭の上に手を置いとけと、甥はぐずってたな。

「髪を洗うときは最初にシャンプーと書いてあるのを使ってね。三本並んでいる左側のボトル。ボトルの一番上を押し込むと、液体がでてくるようになっている。ただ、こっち風の洗髪は今日が初めてだろうから予洗いをさせて」

 そう言うと俺は湯の温度が適切かどうかを確かめるために自分の手首に当ててから、マヤの髪を湯洗いする。三分ぐらい湯で洗ってからシャンプー液を手に取り、手のひらで十分に泡立てる。

「シャンプーはこんな感じに、爪を立てずに指の腹で頭皮をマッサージするように洗ってね。セミロングの髪を手のひらに挟みこんで優しく撫でると、最後に湯で洗い流す」

 マヤが顔に被さっているバスタオルを取り去ろうとするのを止めさせて、フェイスタオルで髪を軽く拭き、コンディショナーを手に取ろうとする。
 
「もう洗ったのに未だ続けるのですか? 」

「シャンプーは髪の汚れを落とすためだけれど、その後に真ん中のボトルに入っているコンディショナーという洗剤を使わないと逆に髪を痛めるよ。もう終わりだから後ちょっとだけ我慢して」

「はい」

 髪を洗い終えると、浴室のシャワーの使い方と湯温の調節方法。一つだけ残したボディソープからボディータオルに洗剤をつける方法を説明し、浴室の扉は内側からしかロックを解除できないことを伝えて、俺は浴室から出ていった。

 マヤはバスタブの方をちらちら見ていたが俺は気付かない振りをした。
 まぁこのだと、勝手に湯を入れて使いそうだなぁとは思った。




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* 不可視  術者と身に着けている衣服、物品を透明化させることができる。音を出
        すと効果は消滅する。最大持続時間は24時間。
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