The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第57話 ─国境の城塞─ 又思ふ 路の辺をあさりゆく物乞の漂浪人を*

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 陽が沈む前の野営準備。俺と、ロミナ・リンが二手に分かれてはじめる。シートを痛めないため、テントを置く場所に石ころが落ちていないか丹念に探し、見つければ脇に放り投げる。地面のくぼみには土を入れて水平にした。雑な整地をした場所にワンタッチテントを据えて、中に帆布製バックパックを運び入れ、エアーマットと寝袋を広げる。
 外に出ると、ロミナとリンが四人用テントを据えつけるために、短剣の柄でペグを地面に打ち込んでいるところだった。説明しなくても彼女たちがペグの使い方を理解しているのは異世界のテントでも標準装備品なのだろうか? それとも単に頭が良いから説明しなくても用途がわかったのか……手伝うことも無さそうなので夕食の準備に取り掛かる。

 ウィルマは夕食時に騒ぐこともなく俺の用意した物を黙って食べていた。もちろん女性陣は保存食も併せて食べていたけれど。先に食事を終えた俺は火の後始末をして、就寝の挨拶後先にテントへ入って横になる。異世界の星空も眺めたかったが、明日日本に帰るわけでもないので体を休めることを優先した。連日の早起きに未だ体が馴染んでいないので、今日も終日眠かった。

 翌日の朝食前、本来は首元を美しく飾ることを目的に製作されたであろうアミュレットネックレスをロミナはピアニストのような長い指でモックネックの下から取り出した。長辺が2cm位はありそうなライトブルーサファイアの周囲を精緻な金装飾が飾り立てている。

「{クリエイトウオーター}」

 日に1度だけ使えるマジックアイテムで、全員の水筒と馬車に積み込んである樽に水を充填《ジュウテン》してもらう。

 マヤに確認するとウィルマは寝袋とエアーマットも断らずに使ったそうだ。

 朝食後。マヤたちに声を掛け馬車の丸屋根にロープを差し渡してもらう。そこに寝袋を5枚引っ掛けて天日干しにする。

 出発に当たっての見送りはないし、ウィルマもわざわざ挨拶に行く気はないらしい。
 今日も良い天気だ。

 昨日と同じように午前中の休憩と昼休憩。

 馬車を進ませ、陽の光が少し黄色味を帯びてきた頃。前方に建物と塀が見えてきた。高低差を感じさせない平坦な土地で、塀越しに建物が見えるということは2階建てか3階建ての建物があるようだ。

 馬車が門前で停まると門が内側に開き肥満した中年女性がでてきた。
 女性はウィルマと少し話した後、こちらに歩いてきて馬車の中を覗き込む。
 ウナズいた女性は門内を指差し、ウィルマに中へ入れという仕草を見せる。

 馬車が塀の中に入って行くと、門前に残された女性は門を閉じ重そうな閂を掛けた。
 中に入っても臭わないのは風向きのせいだろうか。

 塀内には石造母屋と3棟の付属木造建物があり、母屋とオボしき2階建ての前には女性が1人立っていた。付属木造建物群の内1棟は6本の太い柱に支えられた高床式になっている。穀物貯蔵庫だろうか?

 「ご訪問を歓迎いたします」

 俺たちが馬車から降りて近づいていくと、玄関前の中年女性が大きな声で迎え入れてくれた。教師風の他人に命令を出すことに慣れた者特有の、明瞭で響きのある声。

 代表してウィルマが型通りの挨拶を返す。女性は俺たち1人1人を観察してから邸内に招き入れてくれた。 

「ちょうど夕食のために火をオコしたところですのでお食事も提供できます」

 応接室のような部屋に案内し、木製椅子に腰かけるようにウナガした後、出迎えてくれた女性にそう言われた。昨日とは雲泥の差だな。

「奥様。ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 ウィルマとの通り一遍の挨拶が終わったようだ。

「えっと。すいません。私は宗教上の理由で口にできるものが限られています。ですから歓待は4人の女性のみにお願いします」
 ナゴやかな雰囲気をぶち壊す俺の言葉に、邸宅の女性の表情が一瞬、困惑に固まった。異世界に来てからは、なんかこんな事ばかりやっている気がする。

「貴方だけが1人遅れて邸内に入ってきていましたね。当地に何かご不信でも? 」
 女性は微かに目を細め、警戒の色を見せた。

「え? いえそのように解されるとは思いも至りませんでした。地面を1メートル程掘り下げた竪穴式の建物の用途が思い当たらなかったので、少し集団に遅れただけです」

「あれは機織り小屋です」

「ご説明、ありがとうございます」

「食事は本当にご不要なのですか? 説明いただければご希望に沿う物を用意いたしますけれど」

「ありがとうございます。ですが巫覡フゲキというクライについた者が必要ですので私の願いは叶えられないでしょう」

「まぁ男神子ですか! シバラく前にそう名乗る男性が来られましたよ。確か日本人とか言っておられましたね。貴方も日本人なのですか? 」

「えぇそうです。シバラく前と言うのは1・2ヶ月ぐらい前ということでしょうか? 」
 動揺が表情や声に出ていなければいいが。何でそんな奴がうろついているんだ?

「そうねぇ……2ヶ月ぐらい前だったかしら」

「どこに行くのか話していきましたか? その日本人」

「城塞で労務者を雇っているので、そこで働くと言っていましたよ」

 城塞に行きたくない理由が1つ増えたな……

「すみません。よろしいですか? その日本人はオソらくボックステッド子爵から領外追放を命じられた者のようですね。半年前に閣下の執務室への濫入ランニュウや、その後にも貴族への不遜な振る舞いがあったようですが、こちらでもご迷惑をお掛けしませんでしたか? 」

「迷惑……というほどではありませんが、銀貨や対価としての物品がないというので、パンとスープの施しと、塀内で夜を過ごすのを許しただけです」

 俺は隣に座っているマヤに確認する。
「半年ぐらいの間隔で球冠キュウカン鏡が日本人を呼び寄せることもあるんだね」

「そのようですね。本当に食事を召し上がらないのですか? 」
 マヤは心配そうに、大きな瞳を揺らしながら見つめてくる。

「自分で持ってきた分を食べるよ」

「城塞には1日しか滞在しないとしても、帰還中に無くなってしまいますよ」

「その話は明日の馬車内でしない? 」

「……わかりました」

 女性がウィルマとの会話を終える。

「今、皆様方が今夜お泊りになる部屋のベットメイキングと清掃をさせております。夕食後にご案内いたしますので、それまではこちらでおクツロぎください」

そう言い残すと女性は部屋から出て行った。

「あんた。、変な事を考えているでしょ! 」
 リンは椅子から身を乗り出し、俺を指差した。

かどうかは見解の相違によると思う」

「ほら! やっぱりな事を考えている。大体わかってきたわ、あんたのこと」

「私も気になります。できればをしようとしているのか、事前にご説明してください」

「そんな大仰オオギョウなことじゃないよ。俺たちの世界で、その昔、航空機を操縦しているパイロット……まぁ馬車の御者みたいな仕事をしている2人組が同じ所で同じ物を食べ、2人揃って突然重度の腹痛に襲われてね。客を乗せたまま谷底に落ちて行ったことがある。だから俺たちの世界では2人組でパイロットという仕事をしている人たちは、同じ所の同じ食事を摂ってはならないと法で決められている」

「あんた、毒を警戒しているの? 」

「まぁそれもあるけれど、毒入りの食事ならロミナが事前に警告してくれるんじゃないの? 」

「はい。1日に際限なくできるわけではありませんが、可能な限りの探知は都度ツド行うつもりです」

「宿の人が悪意なしで傷んだ食材を使用して、全員が酷い腹痛に襲われたら誰も事態に対応できなくなる。だから、水も含めてここで出される物には一切口をつけない者が1人いてもいいと思う」

「勝手にしなさい」
 リンは呆れたように腕を組み、ぷいと顔をそむけた。

「話、変えるけれど。塀内を俺がほっつき歩くのって駄目なのかな? さっき日本人を1晩外で過ごさせたと言っていたから問題ないとは思うのだが」

「女主人にワタシめから伝えておきます。建物内には入らないですね? 」

「あぁそれが駄目なのは日本でも同じだから、敷地内をうろつくだけだよ」

「わかりました。そう伝えてきます」

 ウィルマが部屋を出て行ったので俺も立ちあがる。
 と、俺の左右に座っていたマヤとロミナも立ちあがる。

「え? 」

「護衛ですから」

 ロミナを見るとウナズいてこちらを見返してきた。

「ちょっと! あたしだけ残るのは嫌よ」

 そう言うとリンも立ちあがった。

 少女3人を引率して外に出る。別に目的はない。堅い木製椅子に座ったまま夕食とやらが用意できるまで待機させられるのが嫌だっただけで、敷地内をゆっくり1周すれば戻るつもりだった。

 「をなさるのですか? 」

「いや……別に何も。外の空気を吸おうかと」
 マヤがかわいらしく首をカシげるのを久しぶりに見せてもらった。異世界人にはこういう言い回しが通じないのか。あれ? よくよく考えてみたら、牛舎や豚舎に近づくと、わざわざ臭い空気を吸いに出たことになるな。

「ねえ。あんたの携帯食料、途中でなくなるのはわかっているのよね? どうするつもりなの? 」

「ロミナ。ここでの会話って邸宅内から盗み聞きしようと思えばできるの? 」

「魔法使いが滞在しているか、魔道具があれば可能です」

「それを防ぐことはできる? 」

「複数の魔法を併用すれば可能ですが、本当にそれをお望みですか? 」

 シバラくロミナと見つめ合う。本当に美しいなこの

「いや、いい。そこまでして秘匿する話でもない」
 ロミナの次にリンとマヤの顔も同じ時間だけ見つめる。ハーレム主人公たるもの気遣いを忘れてはいけない。
 そういえば出会った頃と比べてリンの目からはケンが取れた気がする。俺の家から陶磁器をごっそり持って帰れば一生食いっぱぐれないと、将来の不安が消えたなどと考えているのでなければいいが、こういう目つきだったら綺麗だと素直に認められる。

「城塞に着いたら俺も現地の物を食べるかもしれないが、まだ決めていない。俺は運動部……体を鍛えている人からは同類だと思われるぐらい体格がいいけれど、君たちが思っているより遥かに小食だよ。子供の頃は教育施設で出される食べ物が不味くて食べられなかった。だから昼食を食べない時期が6年間続いた。そのせいか空腹には耐性があるらしくて、今でも昼飯を抜いて1日に朝・夜2食でも問題ない。ついでに言うと30歳ぐらい迄は毎冬喉を痛めて高熱を出していた。毎年ではないけれど、子供の頃は5日前後何も食べないこともあったから、俺が何も食べなくても気にしなくていいよ」

「その話は真実だと誓えますか? 」
 マヤが気遣キヅカわしげに俺を見つめる。

「君の瞳に写る俺の顔にかけて誓おう」

「ふざけているんですか? それともそれが、日本人の一般的な誓いの言葉なのですか? 」

 何故だろう。城塞とやらの規模はわからないが、確実に日本人と遭遇する予感がする。





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* 上田敏訳詩集『海潮音』ジァン・モレアス「賦」新潮文庫 1952


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参考文献
 堀越宏一『世界史リブレット 024 中世ヨーロッパの農村世界』山川出版社 1997
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