The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~

藤原丹後

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第1章 ダンジョン

第62話 ─国境の城塞─ げにわれは うらぶれて こゝかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな*

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 夕食。俺は厨房で湯を調達し、案内された部屋に入ると、マリールーンの酒場から持ち帰ったサンドウィッチと温めた缶詰で一人食べていた。
 サンドウィッチに使われているパンは日本人好みのソフトパンに近かったが、もう1度食べたいかと問われれば遠慮したいというのが正直な感想だ。
 労働者向けの味付けなのか具材に塩を過剰に添加している。日本の大衆向け食堂やファストフード店が使用している人工塩ではないから食べられたが、人工塩をこの量添加していたら食べずに捨てていた。
 念のために湯を調達しておいたのは正解だった。おかずの缶詰は冷たいより温かいのがいい。

 外が騒がしい。何かと思って部屋を出て傭兵たちが集まっているところに向かう。

 人だかりができているところから少し離れた場所にマヤたちがいたので、そっちに歩いて近づく。

「きちんと夕食を摂られましたか? 」

 マヤが探るような視線を向けてくる。

「食べたよ。あのサンドウィッチってマヤ基準で10点満点だと何点ぐらいなの? 」

「悪くはなかったですよ。6点か7点ぐらいでしょうか」

「あれより酷いのがあるんだ……」

「おいしくなかったですか? 」
 マヤが不思議そうに目を丸くする。

「又食べたいとは思わなかったね。マヤたちの夕食は食堂のようなところで食べたの? 」

「はい。士官食堂で隊長さんや分隊長さんたちと食べました」

「今、人が集まっているのは食後のモヨオしみたいなものでもするの? 」

「えっと……それがですね」

 マヤが言い淀む。

「日本人が殺されたのよ」

 リンがぼそりとツブヤく。

 同時に人だかりが2つに分かれ、傭兵が1人こちらに向かって走ってくる。
 走ってきた傭兵は俺の前で立ち止まり息を整え…… ているのか、整えているふりをしながらマヤたちを視界の端で眺めているのか、少し間が空いた。

「よろしければご同行をお願いできますか? 」

 ……軍隊内での丁寧なお願いだから、拒否することを許さない厳命なのか、言葉通りの意味なのか、(通訳)サークレットが仕事をしてくれない。

 取り敢えずついて行くことにした。
 視線を向けられていないマヤたち3人も同行するようだ。
 ウィルマがいない事に今気がついた。

 近づいていくと傭兵たちのざわつきが大きくなっていく。
 あの集団の近くに何があるにせよ最早誰もそれを気にしていない。全員がこちらを見ている。

 明瞭に聞き取れなかった誰かの言葉。直後に誰かが短い警句を発する。
 俺たちが集団の側に達するのと同じくして私語が収まり静寂が場を支配した。

「道を開けろ! 」

 知らない声で誰かが令を下すと集団が完全に2つに割れる。

「但馬殿こちらへ! 」

 隊長の隣にいる知らない顔の男が、1音1音明瞭な発音で、音質や抑揚においてもバランスが取れたよく通る声を飛ばす。

 隊長の足元にあるのが死体だろうか。
 薄汚れた作務衣サムエのような服を着ている仰向けの男。

「但馬。こいつは生前『自分は日本人だ』と名乗っていたそうだ。お前と同郷で間違いないか? 」

 隊長が無茶な質問をしてきた。

「話ができればかなりの確度で同定できるけれど、死体を見ただけで日本人と断定なんかできない。[鑑定]魔法で確認できないんですか? 」

「[アナライズ]は、そんな便利魔法じゃねぃよ。お前明朝に出て行くと言っていたが、こいつを連れ帰る気はあるか? 」

「いや、日本人かもしれないという理由だけで連れ帰っても……」

「それもそうか」

 隊長は肩をすくめ、視線を死体に戻した。俺の左隣りにマヤが並んだ。

「こちらの衣服ではなさそうですし、日本の服ではないのですか? 」

作務衣サムエと呼ばれている服に似ている気はするけれど……」

「何だ? 何を考えている? 」

「服は全体的に汚れているけれども、膝から下が取り分け傷んでいるのが、ちょっと」

「それが変なんですか? 」

「変と言うか、土の上で膝立ち作業していたらこういう傷み方になりそうだけれど、それはどういう仕事なのだろうかなと考えていた」

「言われてみれば、そういう汚れ方ですね」

「外国の果樹園で葡萄栽培している人たちが、収穫のときには膝立ちで作業していたのを(TVで)見たことがあるけれど、この辺で背の低い作物の収穫作業でもやっていたのだろうか」
 と、言いつつ俺は他の事を考えている。

「農作物は全て商人たちが運び入れている。試験的な栽培は始めているが、今の時期に収穫するようなものはないはずだ」

「全然関係無い話だけれど……マヤたちの世界での攻城戦で、寄せ手が地下にトンネルを掘って城壁を崩そうとしていないか警戒するには、どういう方法が用いられているの? 」

「攻城戦? ですか? 」

 マヤは目をパチクリさせて、俺の質問を消化しようとしている。相変わらずアドリブに弱いな、この

「唐突だな、おい。どういうつもりか知らんが、籠城中は城壁上に水を張った鉢を置いておくのが一般的だな。だがな、この辺りの地形は城壁上からの見通しが悪いから毎日部下がパトロールしている。ゴブリンドモが坑道戦を仕掛けている気配はないぞ」
 隊長は警戒を怠っていないことを示すように、やや強い口調で答えた

「日本の隣に中国という国があるのだけれど、噓かマコトか昔の戦争で、城壁上からも見えない遠く離れた地平線の彼方から坑道戦を仕掛けたという話が伝わっているから少し気になった。まぁ『白髪三千丈』というぐらい誇張表現の好きな民俗性だから、本当の事はわからない。でも大した手間ではないと考えるのなら、死体のあった場所から近い城壁沿いの地面に、マヤが入れるぐらいの大きな樽を地面に埋めて水を張っておくのも一手かなとは思う。城壁全体をカバーするのではなくて、10mか20m毎に3・4個配置するとかね。もちろんそれを決めるのは総司令官の仕事であって、俺の提案を聞いてくれるか、聞き流すかは知ったことじゃないけれど」

「いちおう伝えてはおくが、お前の言う通りそれを決めるのは総司令官だ」

「思考の出発点が死体のズボンだということも伝えてくれた方が、唐突に樽を地面に埋めると言い出すより良いと思いますよ」

「わかった。ところでお前、部屋に1人でいて何をしているんだ? 」

「もう寝ます。ここで彼女たちとお喋りしていると余計な面倒事が起きるかもしれないし、1人でいますよ」

「あっあぁ……気をツカわせてすまんな」
 隊長も、周囲に集まる傭兵たちの羨望と嫉妬が混じった視線に気がついていたのか、バツの悪そうな顔をした。

というのは、こっちの想定を簡単に超えてきますから、刺激しないようにしないとね」

「お前はお前で苦労して来たんだな」

 隊長に軽く頭を下げて、マヤたちにも一言告げて部屋に戻った。
 昨夜の農園と同じように今回も釣り糸と鈴を仕掛けると、やることもないのでテントの中に入り寝袋に籠って眠った。

 誰かが通路を走ってくる音で目が覚めた。足音は部屋の前で止まりドアを叩き中に入ってこようとしている。
 時計を見ると午前6時過ぎだった。魔法を再使用できる8時間の睡眠は確保できたようだ。

 ドアを叩く音。男の声。ドアノブをガチャガチャ回す音が繰り返されてる。

 寝袋から出るとナイフ片手にドアに向かう。ドア越しに一声掛けてからナイフで釣り糸を切る。

 直後にドアが開き、釣り糸に引っ掛けておいた鈴が石床に落ち、場違いな音色ネイロを響かせる。
 ドアを開けた男は目に入ったベッドの上のテントと、耳に入った鈴のと、言うべきつもりだった言葉。何から口にすべきなのか状況に戸惑っている。

「何か? 」
 この男が鼻を嗅ぎだしたのは、テントの中に女がいると疑っているのか? 変な性癖がある奴だと嫌だなぁと、ちょっと思った。

「襲撃です! 総司令官の元へ直ちにお越しいただけますか?」

 男は自分が何をしに来たのか思い出してくれたようだ。
 そういや昔『マーフィーの法則** 』っていう本が流行っていたな。

 夜明け直後の肌寒い空気で完全に目が覚める。
 城塞に着いてから最初に連行された小屋に案内された。
 総司令官と部下らしい者が4名。全員が金属製の札甲ラメラーアーマーを着用し、半球形の兜を被り腰には剣を吊っている。
 装備を統一しているのは誰が指揮官か敵に悟られないためかな。

「来たか」

 総司令官は俺の全身をさっと見て何やら不満そうな顔をしている。
 多分、防具も武器も持たずに来たことが不満なのだろう。

「どこまで聞いておる? 」

「敵襲とだけウカガいました」

「そうか。地下にトンネルを掘っていた者たちを捕らえたよ。お前の指摘だと聞いたが事実か? 」

「幾つかの可能性を口にしただけです。トンネル発見の功は、総司令官以下現場で汗を流した方々のものです」

 数拍の間を置いて総司令官は口を開く。

「朝霧の中、総数はまだわからんがゴブリンドモ数百が押し寄せて来よる。連中は夜目がくのに、何故か灯りが近づいて来たのが見えたので接近に気付いた。何か思うところがあるのなら申せ」

「この世界の軍事知識が皆無な上に状況もわからないのに、話せることなどありませんよ」

「……それもそうか。アンディ。この者に戦術概況ブリーフィングをしてやれ。それと但馬。内壁内への立ち入りは厳禁だが城壁上を含む城内での自由行動を許す。この短剣は出立前に必ず返せ、既に部下には伝えてあるが誰何スイカされたらそれを見せよ」

 言いたいことを言い短剣を手渡し終えると総司令官は背中を向ける。アンディと呼ばれた若者が近づいてきた。

「こちらへどうぞ」

 アンディが示すテーブルには城塞周辺の絵図と、3種類(正方形・長方形・三角形)の金属片が合計30ぐらい。それと、100ぐらいはあるのだろうか? 小石が隅に一山積んである。

「グラブ隊長は指揮下のA分隊とB分隊を率いて出撃しました。古墳墓イドウムに収納してある矢束ヤタバを回収しつつ、ゴブリンの数を漸次ゼンジ間引きし、シーミー川に唯一架橋してある地点に誘導します。現在C分隊は作戦予備として待機中。D分隊は城内警備に当たっております。この長方形の鉄片4個が傭兵隊の位置を示してあります。次に民兵が招集されました。40人の隊を3個編成し、それぞれの隊は10人の班4個で編成され、6時間交代で10人ずつが3等分された城壁の守備と城内の巡回に当たります。三角形の鉄片1個が10人の班を示しております。民兵の隊を現地で指揮するのは我々近衛ガーズです。正方形の鉄片が近衛ガーズの位置を表しています。1個が1人ですね。ここまではご理解頂けたでしょうか?」

 黙ってウナズく。

「敵総兵力次第ではありますが、午前中は縦深防御にてゴブリンを城壁へ近づけないことに注力しております。何か質問がありますか? 」

 ……それは文字通りの質問なのだろうか、それとも『お前に明かせる情報はこれだけだ』という軍隊用語なのだろうか、(通訳)サークレットが全く仕事をしてくれない。

「これからの行動は私と一緒に来た者たちと相談します。退室してもよろしいですか? 」

「了解いたしました。何か気がついたことがあれば何時でも言ってください」

 そんな尊敬しておりますという期待に満ちた目で見られても困るんだがなぁ。
 総司令官に軽く頭を下げて、兵舎に向かった。

 聞いていた部屋のドアをノックする。
 然程サホドの間もなくドアが開く。
 マヤが何時でも片手剣を抜ける姿勢で立っていた。上半身は皮鎧で、手の関節部は部分的な防具で守っている。ダンジョン内で視界の隅に入ったときは暗かったので未確認だが、今日までに見てきたスカートの盛り上がり方は膝にも防具を付けていると推察できる。
 ウィルマはブレスト・プレートと長剣という初対面から変わらない装備。
 リンは、見た目がマヤと変わらない防具、短剣・弓で身をカタめている。自慢していた赤いショールは外見からは確認できない。
 ロミナは上半身に金属製だろうか? 札甲ラメラーアーマーを着込み、布とも皮とも判然としないコートをマトわせ腰に短剣を吊っていた。
 部屋の薄暗い光の中でも、彼女たちの装備が放つ金属や革の鈍い光沢が臨戦態勢であることを示していた。

「短剣を持って寝起きを襲いに来たのかしら? お生憎アイニクね」

「リン。そんな小さな声では外にいるゴブリンには聞こえないよ」

「ゴブリンが襲ってきたのですか? 」

 目の前にいるマヤが声に僅かな緊張感を載せて聞いてきた。情報を共用するため、俺は今仕入れてきた話を提供する。

 話し終えても誰も発言しない。仕方がないから会話の取っ掛かり用にバカな事を言ってみる。

「今から馬車で出れば逃げ切れるかな? 」

「止めておいた方が良いわね」

 リンが待ってましたとばかりに即駄目だししてきた。

「逃げ切れないから? 」

「そうじゃないわよ、バカね。ロミナがクーム侯爵家の者だと身分を明かしたのよ。護衛なしで送り出せるわけがないじゃない。守備兵に負担をかけてどうするのよ」

「じゃあこのまま部屋に籠っているの? それとも防衛戦に参加するの? 」

 全員の視線がロミナに集中する。ロミナは皆の視線を受け止めながらも、動じることなく背筋を伸ばしていた。

「わたくしはこの部屋に籠っています」

「ではここからは自己判断で行動することにするか」

 俺は短剣を前にだす。

「総司令官は俺に何かを期待しているらしくて、城内の自由行動を許可した。午前中は城壁にゴブリンを近づけないと言っているから少し見て廻ろうと思う。ロミナはついてこなくていいよ。多分侯爵も状況を聞けば、俺を護衛しなかったのは正解だと言うと思う」

 ロミナはウナズくこともせずに、じっと俺を見つめている。

「但馬さん! まさかその恰好で城壁上を歩き回らないですよね? 」
 マヤが焦ったように声を上げる。

「防具は全部付けてヘルメットも被るから心配しないで」

「だったら良いですけれど、私はついて行きますよ。護衛ですから」
 マヤはホッと息をつき、すぐに強い決意を込めた顔になった。

「頼りにしているよ」

 そう言うとマヤは本心から嬉しそうに微笑んだ。緊迫した空気の中、その笑顔は一輪の花が咲いたように、薄暗い部屋の中でマブしく輝いていた。





_______________________________________________________
* 上田敏訳詩集『海潮音』ポオル・ヴェルレエヌ「落葉」新潮文庫 1952
** 経験則や、法則の形式で表明したユーモア集。
 「失敗する可能性のあるものは、必ず失敗する」
 「高価な物が先に壊れる」
 「起こる可能性のある悪いことは、いつか実際に起こる」
 「洗車しはじめると雨が降る。雨が降って欲しくて洗車する場合を除いて」
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