片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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四章 熱願冷諦

-69- 自由な風

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 シロににぼしをご馳走してから三日。あれ以来、シロは姿を見せていない。あれで満足してしまったのか、もっと良い物を貰える他所を見つけたのか。……この町を去ってしまったのか。理由は分からないけれど、姿が見れなくなってしまったのは寂しい。
 せめて、元気に過ごしてくれていれば良いのだけど――

「にゃうん」

 絹を織りながらシロのことを考えていたら、外から猫の声が聞こえた。
 まさか……。
 そんな思いで窓から外を覗くと、隣の部屋の縁側に座っている白猫の姿が見えた。

「……シロ」 

 奇麗な白い毛並みに、不思議な赤い目をした猫。それは間違いなく、私が待ち望んでいたシロだった。嬉しくて思わずシロを呼ぶ声が弾んだ。

「にゃふん……」

 シロはまるで「こっちへ来い」と言うように、その場で寝そべり始めた。この前のように窓枠に寝そべることはしてくれないみたい。
 私はとあるものを袖に忍ばせて、機織り部屋を出て、隣の部屋へ入り、縁側へ出た。

 姿を見たかった思いから見てしまった幻ではなく、そこには確かにシロが寝そべっている。手や腕を毛繕いして、気ままな態度でそこに居る。

「元気そうで良かった」
「……にゃ~」
「今日は、ここに涼みに来てくれたの?」
「……にゃふん」
「……にぼし、食べる?」
「にゃるるぅんっ!」
「ぷっ。ふ、ふふ……っ」

 猫の言葉が分かる訳では無い。けれど、不思議とシロは分かりやすい子だった。人間の私にも分かるようにしてくれているのかも。いずれにしても、にぼしが貰えると分かったら、ご機嫌に返事をしてくれる現金な姿が可愛かった。

 私はにぼしが入った袋から三匹のにぼしを取り出して、シロにご馳走した。毎日、ヨネが地道に貰って来てくれて、私が火蝶の力でもう一度乾燥させた、とっておきのにぼし。

 シロはぺろりと奇麗に食べてくれた。満足そうに口の周りを舐め取って、手で顔を洗っている。口の周りについていたにぼしのかすは、あっという間に奇麗に洗われてしまった。猫が奇麗好きだとは知っていたけど、こんな風に奇麗にしているのを、まじまじと見るのは初めてかもしれない。

 こうして奇麗に保っている毛並みは、うっとりするほどの手触りのはず。絹とは違った柔らかな手触りなのだと思う……。
 撫でてみたいけれど、にぼしを貰ってご機嫌になっているシロを不愉快にさせたくない。ただ、また姿が見れて、にぼしをご馳走できたことを喜ぶだけにしておこう。

 シロは一通りの毛繕いを終えたら、ふぅと溜息をついて、また縁側に寝そべった。そして、時折吹いてくる風を一身に受けて、昼寝を始めた。
 シロがいる場所は、よく風が通っていく。竹林のさざなみや、風鈴の音が遠くに聞こえた。もっと遠くからは蝉の声が聞こえて、夏の昼間なんだと実感させてくれる。

 絹織に夢中になっている間は聞こえない音や感覚が、身体を包み込む。
 シロと過ごす時間は、何だかとってもゆっくりに思えた。

「奥様~?」

 ヨネが私を呼ぶ声で、ハッと我に返る。機織り部屋の窓から漏れ聞こえてきたと言うことは、ヨネが休憩時間に頂くお茶とお菓子を持って来てくれたんだ。

 ここにいると声を出せば、ヨネは気が付いてくれるだろうけど、隣で眠っているシロを起こしてしまうかも。でも、このまま無視していたらヨネに申し訳ない。

 どうしよう……と悩んでいるとシロが突然起き上がって、身体を伸ばしたら縁側から降りて行ってしまった。

「シロ? ……帰るの?」
「にゃうん」
「そう……」

 シロは別れの挨拶を言うと、軽々と塀の上に飛び乗って、颯爽と屋敷の外へ出て行ってしまった。シロがいなくなったあとに吹く風の音は、どことなく寂しげに聞こえた。

「奥様? なんで、そこにいるんです?」
「あ……」

 機織り部屋の窓から顔を覗かせたヨネに、縁側に座っているところを見られてしまった。少し恥ずかしく思いながら、私はヨネに事情を話した。
 ヨネは「用が済んだから帰ったんだ。現金な猫」と言って、シロへの不満を滲ませていた。苦手と言っていたけど、ヨネもシロを可愛いと思っているのかもしれない。

 私はヨネとお茶を飲みながら、身軽に塀の上を駆けていくシロの姿を思い浮かべて、切なさに胸が締め付けられた。
 まるで、置いていかれたかのような悲しさだった。追いかけていけない自分の無力さを痛感してしまった。

 シロが見る世界は、どんな色をしているんだろう?
 きっと、私が想像できないほどの自由が溢れた色をしてる筈。
 その景色を見てみたいと思う一方で、未知の世界へ踏み出すのが怖いと思う私が居る。

 そうやって自分が臆病であることを実感する度に、私は私にがっかりしてしまう。
 こうありたかったと言う姿を想像してしまう。

 洗練されていて、苛烈な一面もあって、可憐な顔も見せる――姉様のような人を思い描いてしまうのだ。

  △ ▽ △
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