片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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四章 熱願冷諦

-80- 苛烈な熱風

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「そ……んな、こと……あの子は、普通の白猫で――」
「目が赤かったのだろう?」
「それは……」
「白い体に赤い目は災物に共通する特徴だ」
「で、でも……あの子は、ずっと……ずっと、普通の猫でした。にぼしが好きな普通の――」

 信じ難い気持ちで、これまでシロと過ごしてきた日々を思い出しながら、私は必死に太蝋さまにシロは普通の猫だと証明しようとした。
 けれど――

「八重。今の状況を誰が――何が引き起こしたか、お前になら分かるだろう?」

 認めたくない思いで私は弱々しく首を横に振った。
 けれど、太蝋さまに両頬を両手で包み込まれて、首を振れなくなる。

「シロは熱波の災物――我々が討伐しなければならない存在だ」

――くらくらする。

 充満する熱以上に苛烈な真実に目が回る。頭が理解することを拒絶している。

 けれど――私は見て来てしまった。
 この熱波に苦しめられている親子を。日向で倒れ込んでいた老人を。
 きっと、この朱町あけまちのあちこちで、同じ様に苦しんでいる人達がいる。

 その原因を作ったのは――

「中隊長。お話中のところ、失礼致します」
「……。構わない。どうした?」
「先ほど、第一小隊長の分隊が合流しました。そちらの報告によりますと、熱猫ねつびょうは雀通りに向かっているとのこと。また、付近に暑蜴しょかげの姿は見られないそうです。恐らく、この災害を引き起こしている災物は熱猫一体のみと思われます」
「熱猫だけ、か……」
「妙、ですね」
「あぁ。三週間前から出現していたにもかかわらず、これまで熱波を引き起こさなかったことも含めて、妙だ。意図的に潜伏していたと思われる。その間、暑蜴を吸収していたにしても、これほどの勢力を一体のみで引き起こすとは――」

 太蝋さまと風間さんの会話を聞いていて、私はシロと出会った日のことを思い出した。
 確か、あの時シロは白い身体をした赤い目の蜥蜴とかげを食べていた。

 白い体に赤い目が災物の特徴であるなら、あの蜥蜴も……?

「た、太蝋さま……」
「ん? どうした?」
「シ、シロは……蜥蜴を食べて、勢力を増すのですか……?」
「……見たのか? 白い蜥蜴を」
「は、はい……一度だけ……。シロと出会った時に……」

 質問に答えると「一度だけ?」と怪訝そうに太蝋さまが言った。

「今になって暑蜴しょかげの目撃情報が出てくるとはな……。だが、それ以外で目撃情報が上がってきていないとなると、熱猫は片っ端から暑蜴を吸収していたことになる」
「しかし、それでは説明がつかないほどの勢力です。気温計は既に四十度を越えています」
「まさに度を越しているな。過去の熱波でも、これほどの気温になった試しは無い。暑蜴の霊力のみを吸収しただけで、これほどの勢力になるとは――」

……シロは霊力を吸収して、これだけの暑さを引き起こしたの?
 白い蜥蜴を食べていたと言うことは、それで霊力を吸収していたってこと……。
 それなら……まさか……。

「……っ。太蝋さま……っ」
「なんだ?」
「こ、これを、食べても、シロは強くなってしまうのでしょうか……?」

 私は袖元から、にぼしが入った布を取り出して太蝋さまに見せた。
 味噌汁の出汁を取り終えた後のにぼし。私はそれに霊力を込めて、再び乾燥させて、煮干しにしていた。その時に、にぼしが霊力を持っていたなら――

「これは……! ……八重が用意したにぼしか?」
「か、乾燥させる時に、火蝶の力を使って……」

 私の答えを聞いて、太蝋さまは剣呑な雰囲気をまとわせ始めた。シロと関わるなと言われた時とは比にならないほどに、怖い。今すぐ、太蝋さまの火で燃やし尽くされてしまいそう。

「……八重の霊力を吸って、勢力を増したようだ」

 頭を抱えて太蝋さまが呟かれる姿を見て、私は息を飲んだ。

 つまり、この状況を引き起こした原因は――私だ。

 私が熱猫であるシロに霊力を分け与えて、強力な災物へと育ててしまったのだ。
 暑さで倒れてしまったヨネも。暑さで苦しんでいた親子も。水を飲めずに苦しんでいた老人も。朱町あけまちに住まう人々が今、暑さで苦しんでいるのも、全て――

「ごめんなさい」

 地面に伏して謝ることしかできない。

「私の所為です。私が、災物が何たるか知らず、シロ可愛さに迂闊な行動を選択してしまったばっかりに。何も……何も知らなかった。私は何て罪深いことを……っ。沢山の人を苦しめる原因を作ってしまった……っ。ごめんなさい……っ。ごめんなさい……っ! うっ……。ひぅっ……。ごめんなさ――」
「もういい」

 頭上から太蝋さまの無情な声が響く。
 私がシロを甘やかしたばかりに、こんなことに。
 こんな大事を起こしてしまった私は、きっと、地獄へ堕ちるんだわ。
 太蝋さまに見放される。両親にも会わせる顔がない。誰とも、もう関わっては――

「八重」

 優しい声で太蝋さまが私の名前を呼んだ。
 気が付けば、私は太蝋さまの腕の中に居た。
 歪む視界の先には、太蝋さまの軍服に取り付けられた数々の記章が映っている。
 頭上から太蝋さまの声が響く。

「シロは災物さいぶつだ」

――シロは熱波を引き起こす災物だった。

「討伐しなければならない」

――太蝋さまは災物を討伐される任務に就かれている。

「お前が、気に入っていた猫を、私は殺さなければならない」

――殺さないで。
 シロを、殺さないで。
 お願い。
 可愛いあの子を――

「……熱猫ねつびょうを……討伐、してください」

 シロと呼べば、本音が溢れる。そんな予感がした。

「……分かった」

 太蝋さまは短く答えて、一層強く私を抱き締めた。
 溢れる涙は全て、太蝋さまの軍服に吸われていった。
 太蝋さまは私に何か言い残して、シロを――熱猫が居る雀通りへ向かわれていった。
 私は、風間さんの保護を受けながら、火焚の屋敷に戻ることになった。


――ごめんね。
 ごめんね、シロ。
 私のせいで。
 守ってあげられなくて、ごめんね。
 貴女は、私に癒しと勇気をくれたのに。
 私は――

 なんて愚かなんだろう。


  △ ▽ △
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