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第五話「光の行方」
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序幕:残響の駅舎
梅雨明けの陽光が浜田駅のホームを洗う。三崎麻子は改札口で目を細め、鞄の紐を握り直した。掌に刻まれた革の感触が、三ヶ月前の記憶を呼び覚ます。あの夜、地下室で炎に包まれた手記の熱。今は冷めたはずの汗が、頬を伝う。
「待たせたね」 佐々木和子が手を振る。白髪交じりの髪を短く刈り上げ、水色のシャツにベージュのパンツ姿。かつて仏壇にすがるように跪いていた面影はない。
「新しい管理事務所の資料、業者が見つけたの」 差し出された封筒から滑り落ちた写真。解体途中の地下室で、明治期の木箱が発掘された様子が写っている。麻子の指が震える。箱の蓋に浮かぶ「影の階」の紋章が、未だ禍々しい。
第一章:地下の記憶
鉄扉が軋む音が、百年の時を切り裂く。改修工事中の地下倉庫には、消毒液の匂いが漂う。佐々木の懐中電灯が壁を撫でる。
「ここよ」 コンクリート剥き出しの壁際に、桐の木箱が安置されていた。麻子が蓋を開けると、白絹のキモノが月光色に輝いた。その下から現れた和紙の束―地主の娘・小夜が自刃前夜に綴った手記だ。
『明日の暁、わが魂をこの階段に封ず。されど願わくは、後の世の誰かが縛りを解かんことを』
涙がシミを作る。麻子の頬を伝う滴が、和紙の割れ目に吸い込まれる。突然、潮風が吹き抜ける。存在しないはずの波音が、地下室に反響した。
「彼女は…ずっと待っていたのね」 佐々木の声に、初めて泣きじゃくる響きが混じる。背中を丸めていた彼女の肩が、ゆっくりと開いていく。
第二章:繭の光
コミュニティセンター建設現場。鉄骨が夕陽に赤く染まる。麻子が出土品を抱え、資材置き場に立つ。
「ここが小夜さんの…」 つぶやきが風に消える瞬間、視界の端を白い影が掠める。振り向いた先に、着物の裾が階段を昇っていく。
「待って!」 駆け上がる足音が、奇妙な高揚感を生む。三階の踊り場で、麻子は息を呑んだ。壁面に浮かぶ無数の「赦」の文字。明治の大工が刻んだとされるそれらが、夕焼けで血のように赤く染まっている。
ポケットの手記が熱を持つ。ページをめくると、新たな文字が浮かび上がる。『月満ちる夜、始まりの地にて』
「分かったわ」 麻子の指が文字を撫でる。かつての海浜が、現在の建設現場と重なる。小夜が命を絶ったのは、まさにこの場所だった。
第三章:終焉の儀式
満月の夜、潮が引いた浜辺に人影が集う。麻子、佐々木、町史編纂委員の面々。中央には小夜のキモノを掛けた祭壇。
「お願いね」 佐々木が麻子の肩を叩く。その手の平に、妹の形見の数珠が温もりを残す。
松明がゆらめく中、麻子が手記を掲げる。 「ここに、百年の縛りを解きます」 朗読する声が波と共鳴する。小夜の苦悩、裏切られた恋、孤独な決断。全てを曝け出す言葉の雨。
突然、祭壇の炎が青白く膨らむ。キモノが風に舞い上がり、人型の光へと変わる。
「ありがとう」 かすかな声と共に、光が天へ昇る。一同の足元で、潮がゆっくりと引き始めた。
佐々木がポケットから写真を取り出す。姉妹の写った昭和のスナップが、月光に照らされる。若き日の妹の笑顔に、初めて共感できる涙が零れた。
第四章:新生の朝
三ヶ月後、コミュニティセンター開所式。ガラス張りの建物が朝日に輝く。
「おめでとうございます」 麻子が佐々木に花束を渡す。受付カウンターでは、小夜の手記の複製が展示されている。訪れた子供が「きれい」と指差す箇所に、『恨みは消えぬものなれど、語り継がれぬ悲しみこそ真の呪いなり』の一節。
「あの子も喜んでいるわ」 佐々木は展示ケースを撫でる。かつて仏壇を拭いていた仕草だが、今は未来へ向かう慈愛に満ちている。
駅に向かう麻子が振り返る。センターの階段で、白い着物の女性が手を振る幻影。でももう震えない。鞄には新刊の原稿―『語りべの階』のタイトルが、希望の重みを感じさせる。
終幕:跫音の行方
ホームのベンチで新幹線を待つ麻子は、ふと下を見る。靴底に砂粒が残っていた。あの夜の浜辺のものが。
「もう大丈夫」 呟きが風に運ばれる。発車のベルと共に、背後の階段から軽やかな足音が響く。振り返らずとも、それが誰のものか分かる気がした。
窓越しに去りゆく街並み。雲の切れ間から差す光が、麻子の原稿用紙を照らす。やがて浜田の海が水平線に消える時、彼女は初めて深い安息のため息をついた。
階段の音は、もう過去を引きずらない。新たな物語を運ぶ跫音(あしおと)として、静かに心に響き続けるのだろう。
梅雨明けの陽光が浜田駅のホームを洗う。三崎麻子は改札口で目を細め、鞄の紐を握り直した。掌に刻まれた革の感触が、三ヶ月前の記憶を呼び覚ます。あの夜、地下室で炎に包まれた手記の熱。今は冷めたはずの汗が、頬を伝う。
「待たせたね」 佐々木和子が手を振る。白髪交じりの髪を短く刈り上げ、水色のシャツにベージュのパンツ姿。かつて仏壇にすがるように跪いていた面影はない。
「新しい管理事務所の資料、業者が見つけたの」 差し出された封筒から滑り落ちた写真。解体途中の地下室で、明治期の木箱が発掘された様子が写っている。麻子の指が震える。箱の蓋に浮かぶ「影の階」の紋章が、未だ禍々しい。
第一章:地下の記憶
鉄扉が軋む音が、百年の時を切り裂く。改修工事中の地下倉庫には、消毒液の匂いが漂う。佐々木の懐中電灯が壁を撫でる。
「ここよ」 コンクリート剥き出しの壁際に、桐の木箱が安置されていた。麻子が蓋を開けると、白絹のキモノが月光色に輝いた。その下から現れた和紙の束―地主の娘・小夜が自刃前夜に綴った手記だ。
『明日の暁、わが魂をこの階段に封ず。されど願わくは、後の世の誰かが縛りを解かんことを』
涙がシミを作る。麻子の頬を伝う滴が、和紙の割れ目に吸い込まれる。突然、潮風が吹き抜ける。存在しないはずの波音が、地下室に反響した。
「彼女は…ずっと待っていたのね」 佐々木の声に、初めて泣きじゃくる響きが混じる。背中を丸めていた彼女の肩が、ゆっくりと開いていく。
第二章:繭の光
コミュニティセンター建設現場。鉄骨が夕陽に赤く染まる。麻子が出土品を抱え、資材置き場に立つ。
「ここが小夜さんの…」 つぶやきが風に消える瞬間、視界の端を白い影が掠める。振り向いた先に、着物の裾が階段を昇っていく。
「待って!」 駆け上がる足音が、奇妙な高揚感を生む。三階の踊り場で、麻子は息を呑んだ。壁面に浮かぶ無数の「赦」の文字。明治の大工が刻んだとされるそれらが、夕焼けで血のように赤く染まっている。
ポケットの手記が熱を持つ。ページをめくると、新たな文字が浮かび上がる。『月満ちる夜、始まりの地にて』
「分かったわ」 麻子の指が文字を撫でる。かつての海浜が、現在の建設現場と重なる。小夜が命を絶ったのは、まさにこの場所だった。
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満月の夜、潮が引いた浜辺に人影が集う。麻子、佐々木、町史編纂委員の面々。中央には小夜のキモノを掛けた祭壇。
「お願いね」 佐々木が麻子の肩を叩く。その手の平に、妹の形見の数珠が温もりを残す。
松明がゆらめく中、麻子が手記を掲げる。 「ここに、百年の縛りを解きます」 朗読する声が波と共鳴する。小夜の苦悩、裏切られた恋、孤独な決断。全てを曝け出す言葉の雨。
突然、祭壇の炎が青白く膨らむ。キモノが風に舞い上がり、人型の光へと変わる。
「ありがとう」 かすかな声と共に、光が天へ昇る。一同の足元で、潮がゆっくりと引き始めた。
佐々木がポケットから写真を取り出す。姉妹の写った昭和のスナップが、月光に照らされる。若き日の妹の笑顔に、初めて共感できる涙が零れた。
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三ヶ月後、コミュニティセンター開所式。ガラス張りの建物が朝日に輝く。
「おめでとうございます」 麻子が佐々木に花束を渡す。受付カウンターでは、小夜の手記の複製が展示されている。訪れた子供が「きれい」と指差す箇所に、『恨みは消えぬものなれど、語り継がれぬ悲しみこそ真の呪いなり』の一節。
「あの子も喜んでいるわ」 佐々木は展示ケースを撫でる。かつて仏壇を拭いていた仕草だが、今は未来へ向かう慈愛に満ちている。
駅に向かう麻子が振り返る。センターの階段で、白い着物の女性が手を振る幻影。でももう震えない。鞄には新刊の原稿―『語りべの階』のタイトルが、希望の重みを感じさせる。
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ホームのベンチで新幹線を待つ麻子は、ふと下を見る。靴底に砂粒が残っていた。あの夜の浜辺のものが。
「もう大丈夫」 呟きが風に運ばれる。発車のベルと共に、背後の階段から軽やかな足音が響く。振り返らずとも、それが誰のものか分かる気がした。
窓越しに去りゆく街並み。雲の切れ間から差す光が、麻子の原稿用紙を照らす。やがて浜田の海が水平線に消える時、彼女は初めて深い安息のため息をついた。
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