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※こちらの5話は時系列で8話めの直前にあたります
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エドヴァルドとは粗暴な男である。
父の死後、リーベルト男爵などという仰々しい位を戴いてからでも、この男の本質は全く変わることはなかった。
「あ、そうだエディ、後でちょっと私の部屋においで」
気品あふれる男が、ビロードと金で誂えた豪華絢爛な椅子から斜め後ろを振り返る。ふわふわした癖毛の金髪と可愛らしいそばかす、眼差しは穏やか、口調もスロー。壁画に描かれた天使みたいな王子様。そんな主人をちろりと見下ろしてから、エドヴァルドは太い首をコキコキと回して適当な返事をした。
「はぉ……ぉぉ」
「んん? エディ、ちゃんと聞いていたかい? 私室の方に来るんだよ。王太子の政務室ではなくてね」
ガリア国の次期国王はニコニコと大男を見上げるが、不遜な寵臣は返事のついでに出た吠えるような欠伸を隠そうともしない。
優雅な休日の昼下がり、王家の所有する大舞台では歓声や悲鳴が飛び交い、『ガリア国王者決定』大会は佳境に差し掛かっている。観客は皆、中心に据えられた盤上を注視し、真剣を手にした闘士たちが繰り広げる試合に夢中だ。
「お前ね、欠伸はやめなさい。腐っても由緒ある御前試合だぞ」
「こんなもん真面目に見てられるかぁ。三年ぶりの帰国だし今度こそ出してくれるのかと思ってくりゃ、またぼん様の護衛……なんで俺がこんな貧乏くじなんだ。せめて休みにして酒でも飲ませろよ」
「そりゃお前が私の私兵だから。腕の立つ奴らは皆大会に行かせてやったんだ。そうなったら残るのはお前しかいないじゃないか」
「俺も出たい!」
「出られる訳がないだろう……父上が許すと思うか? ご覧、ガストンだって出ていないだろう? 一緒じゃないか。お前やガストンなんかが出たら全員が絶望で棄権する」
盤上を挟んだ闘技場の反対側では国王が私兵であるガストンを侍らせて試合の成り行きを見守っている。ジュリアンが指さす先に目を遣ったが、だからと言ってエドヴァルドが納得できるわけでもない。
「あいつが出てたら止める奴全員殺してでも出場するが……だけど他にも挑戦したがる奴だっているだろ。傭兵上がりの中途入隊の奴とか。大体、団長クラスが棄権なんて恥だろーが」
「知るか。稽古でやってきなさいよ」
ジュリアンは肩を竦めるだけで取り合わなかった。
エドヴァルドは寄宿学校にやって来た頃から悠に頭十個分抜けて腕が立った。加えて本人は気付いていなかったが、世にも珍しい高度なバトルスキルを備えていた。
攻撃力、防御力、体力に速度、反射に探索、回復といったあらゆる戦闘能力が包括的に付与されているのである。
この世には三割にも満たない人間に特異なギフトが授けられている。どういう理由で、何の因果でそのギフトが授けられるのか。調べたことのある者はいない。突発的に授けられる者もいたが、遺伝的要素もある。
ギフトの中身は多種多様で、飛んだり潜ったり、戦ったり癒したり、惑わせたり狂わせたり、消したり視たり、傷つけたり快楽を与えたり……種類さえわからない様々なスキルが存在している。
大抵のスキルは薄くて鈍い。例えば人より二倍跳べても空を飛ぶような突出した高度なスキルを持つものは二、三十年に一人生まれるかどうか。弱いスキルなら持っていても気づかない者が多い。
ガリア家が王族として長らく君臨しているのは、高度なスキルを複数持つ者がなぜか永続的に生まれるからだった。相対するスキルを見出しコントロールすることで国の秩序を保つ調停者のような役割を自然と担うようになる。
エドヴァルドもガストンも大変な希少種であった。
ガストンは洞窟掘りを生業とする男の次男に生まれ、十五の歳に一夜で小さな山を貫通させ今の国王に見つかった。
エドヴァルドは十三で既に成人男性の平均的な身体をし、こちらもまた並々ならぬ膂力があった。そして三つ年上の王太子ジュリアンは鑑定スキルがある。国王が飼うバトルスキル持ちの私兵と同等かそれ以上の駒が欲しくて、方々聞きつけては血の気の多い場所に出入りし、遂にエドヴァルドを見つけた。
それ以降は騎士育成校に顔を出しては成長を見守り続け、父の唾が着く前にこっそり手懐け退学させ、特別に素晴らしい訓練を施した。
おかげでエドヴァルドは毎日毎晩血反吐を吐いて鍛錬を重ね、十八を迎えた頃には引き締まった体躯にしなやかな猛獣を思わせる身のこなし、人間の限界を超えた反射神経を持つ一騎当千の殺人騎士に成長したのである。
琥珀色の瞳は鋭利で、笑えば狼のような歯が覗く。残念ながらその笑みは圧迫感しか与えないが。とは言え鋼のような身体と剣技は騎士たちの憧れで、玄人の女たちは彼を好んだ。
ジュリアンの目的はエドヴァルドを団長などの要職に据えるのではなく、有事にあらゆる超法規的な動きをさせる私兵である。
その為王家に近い騎士団幹部や一部の官僚、貴族くらいしか彼についての実態は伝えられていない。つまり生家にすら知らされていなかった。
エドヴァルドが入れば戦局が大きく変わる。戦時に突然敵の指揮官が消失する、夜営後に敵陣が全滅する、来るはずの敵方の援軍が来ないなど、ジュリアンご自慢の私兵は数え上げればキリがない戦績を上げてきた。
この三年は国内情勢が落ち着いていることもあって、友好国である王子の黒い我儘を叶えたり好戦的な近隣国の政治家を事故死させたり、同盟国の軍営に放り込んで敵性国家を弱体化させるなど息継ぎの間もなく実戦を積ませて帰らせたところである。
頭の固い父の私兵であるガストンは、手練れだが主同様に老いてきた。そのうちエドヴァルドにガストンを殺してこいと命じる日をジュリアンは楽しみにしている。
つまらない御前試合を終え、少しの休憩を入れた後、エドヴァルドは言いつけ通り主人の部屋を訪ねた。
「お、忘れずにちゃあんと来たな。菓子をやろう」
「いらん」
そう? と言いながら、ジュリアンはおっとりと好物のマカロンを優雅に咀嚼する。
「歯にくっつくのが難点だなぁ」
「用ってなんだ。今日はもう休みなんだろ? 俺ぁこの後、予定があるんだが」
「短気な奴だね。それは主との語らいよりも大切な用事かい」
「断然!」
「その予定って何かな? ちょっと聞きたかったのだよ。お前、またあの義賊ごっこを再開するつもりじゃないだろうね」
ひと口齧ったマカロンが引っ付いた前歯を剥きだして爪で掻き、ジュリアンが尋ねる。
「………」
だんまりを決め込む部下にマカロンを投げつけると、ジュリアンは数冊の釣書を出してきた。目の前で一冊ずつ広げ始める。
「!?」
「超常的な力がある故、お前には口酸っぱく道徳については教え込んだし、やや偏った道徳だったのも自覚している。だからそういう風に育てた私にも責任がある……あるけど、その『義賊ごっこ』はちょっと困る。いや、めちゃくちゃ困る。だからお前、そろそろ落ち着け」
「落ち着けってまさか」
「そう、そのまさか。どれか選んで、結婚しなさい」
目の前に厚化粧で超が付く程の爆乳揃いの煌びやかな絵姿が並ぶ。
主の言うことなので、エドヴァルドは一応じろじろと見てみた。
「……う~~~~~ん。好みじゃない。そんでなんでこんな皆、乳がでかい」
「お前がいつも娼館で寝てる女は巨パイじゃないか! 優しくて乳がでかくておつむの足りない女ばかりを見繕ってやった!」
胸を張る主人に白い目を向ける。寝ている女までなんでお前が知っている。
「娼館にいる女で俺でも良いと言うのが身体の大きな女ってだけだ。遣り手婆ぁも壊れるって小さな女たちは勧めてこないし。別に好みで巨パイを集めたわけじゃない。だいたいみーんな怖がるから」
でも俺、男爵なんだが? エドヴァルドが聞こえるようにぼやく。
男爵夫人がおつむの弱い妻では後で困る。
「ははは、まともに良識のある綺麗なお嬢さんがお前との縁談なんて受けるかな? 受けないだろう! ははっはは」
「………」
可愛い顔で抉ってくる主人である。
そこをどうこうするのが腕の見せ所じゃないのかよ、と言いかけて面倒くさくなって止めた。
「かいがいしく世話をしてくれて、妙な悪巧みもせず、何と言っても飽きずにセックスできる身体! 結婚なんて、それだけで良いじゃないか。特にお前の場合」
「適当にもほどがあるな。別に結婚なんてしなくていい」
「じゃあ聞くけど、酒と女以外に暇をつぶせる方法をお前は持っているのかい? 読書? ゲーム? スポーツ? 芝居鑑賞?」
結局、エドヴァルドは頭の中で一番楽しい暇つぶしの『義賊』を思い浮かべてにやけた。義賊は良い。好きな歌を口ずさみながら何も考えず気楽に暴れるのは最高に楽しかった。そして最後に役に立つ!
スコン、とマカロンが飛んでくる。
「いいかい、エディ。普通、暇なんて理由で義賊にはならない」
「でも戦争も任務もなかったら暇だろぉ。護衛なんて犬でもできるし、つまらん。俺のスキルも勿体ない」
「それが普通の暮らしというものなのだよ。でもお前を刺激的な場所に遣り続けた私が悪い。責任を感じている。つまりね、考えてみたんだけど、お前って本当に大切なものが無いから抽象的で広義に役に立とうとするんじゃないかな」
「何言ってるのかわからん」
「うん、そうだな。馬鹿だった。だから……つまり家族を持て。お前も二十六、いい歳だ。なんかそういうの似合わなさそうだから勧めなかったが、一回結婚してみなさい」
「面倒なことを言うなぁ……別に犯罪を犯してる訳じゃないのに」
不満げな声に対して分かっている、という風に、ジュリアンは鷹揚に頷く。
そしてこの可愛いがバケモノじみた部下が暇な夜を持て余し、女子供を攫う窃盗団や果樹園に盗みに入る熊、ドエスにドエムを売る闇オークションを崩壊させる等、主人の目を盗んで暴れているという報告をもらった三年前を思い出す。
「ちなみにお前、義賊ごっこで潰して良い悪党とダメな悪党をどうやって選別する?」
「勘」
「だろうね。三年前もそうだった。だけど考えてごらん? 私が……まぁ全部は知らないまでも、ある程度規模の大きな悪党を把握していないとでも?」
「え……ぼん様、あんなしょうもない悪党を把握していたのか」
エドヴァルドは鋭い目を丸くする。
「三年前、派手に潰したオークションだが。あれはコッパニエ侯爵の趣味で開いている変態の変態による変態の為のオークションだった」
「あ~、そうだ、変態しかいなかった。まず客が全員下半身剥き出しで、椅子が全部裸の人間だった。天井から逆さの女が吊られていたり……」
「皆迄言うな。そう。変態だからね。だけどアレは良いの」
「良い!? なんで」
「商品たちも変態だから、需要と供給全てが完全一致しているの。コッパニエは真性の変態だ、その辺は抜かりない。ある程度の趣味は認めて自由にさせてやらないと、それこそ締め上げすぎると実態の掴めない団体が出来上がるだろう。侯爵家が仕切っているのだから国益を損なう心配もないし……それをお前、バレてはいないが私の私兵が一人でぶっ潰したって言うんだから……あの時は真っ赤な顔のコッパニエが父上の所に怒鳴り込んで来て大変だったんだぞ。約束が違うと。まぁ、私も父上も知らん顔しといたが……後始末は大変なんだぞ!?」
主人の珍しく怒った顔にエドヴァルドは嬉しそうな声を上げる。
「ははははは」
ジュリアンが再びマカロンを投げつけた。
「いいね、今後も賊ごっこを禁ずる! 再開するな! 暴れて良いのは私が許可した時だけ! そしてお前は大事な存在を作って落ちつくのだ。わかったな、結婚しろ。それですぐ犬やら猫やらでも飼うとか、子でも作れ」
「………」
「さぁ、どの巨パイがいい? このスイカか? メロン? 十三号爆弾?」
「どれもいらん」
目を瞑って投げつけられたマカロンを口に放り込み、ネチョネチョと噛んだ。
「あんま……まっず……」
「お前って、なんかそういうの似合わなさそうだから聞いたことなかったけど、好きな女とか実はいたりするの?」
「………」
「え、いるの!?」
「………」
「いるわけないか。まぁ、いいや。じゃあ、三か月以内に自分で結婚相手を選んでこなかったら、私が選んだこの中のどれかと結婚するんだよ。いいね?」
「は!? 良い訳あるか」
「……エディ?」
ビリっと空気が震えて、エドヴァルドのうなじが粟だった。
金の瞳がひたと可愛い部下を見つめる。
「エディ、誰に向かって口をきいているの? また入れてあげようか?」
「………」
「私がどういう人間なのか忘れたの? 私がしろと言ったら、お前の結婚は絶対なんだよ」
「………くそっ」
エドヴァルドは舌打ちして立ち上がった。
「三か月って言ったな?」
「そうだよ」
「じゃあ、この三か月は遠征とか潜りはパスだ」
「オーライ! どこかへいくの? 王都からはあまり離れないようにしてくれよ。それといつでも連絡が取れるように」
「……実家に帰る」
琥珀の瞳が窓の外を見る。
ジュリアンはエドヴァルドの言葉に目を丸くした。
「なんで実家? お前、実家は嫌なんじゃ……あ、なるほど、あれか、昔からの知り合いとかそういう女か」
「じゃあな~」
「あっ、おい、気になる所で行くのは止めなさいよ。ちょっとエディ!」
エドヴァルドはひらひらと手を振って、ジュリアン王太子殿下の私室を出た。
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エドヴァルドとは粗暴な男である。
父の死後、リーベルト男爵などという仰々しい位を戴いてからでも、この男の本質は全く変わることはなかった。
「あ、そうだエディ、後でちょっと私の部屋においで」
気品あふれる男が、ビロードと金で誂えた豪華絢爛な椅子から斜め後ろを振り返る。ふわふわした癖毛の金髪と可愛らしいそばかす、眼差しは穏やか、口調もスロー。壁画に描かれた天使みたいな王子様。そんな主人をちろりと見下ろしてから、エドヴァルドは太い首をコキコキと回して適当な返事をした。
「はぉ……ぉぉ」
「んん? エディ、ちゃんと聞いていたかい? 私室の方に来るんだよ。王太子の政務室ではなくてね」
ガリア国の次期国王はニコニコと大男を見上げるが、不遜な寵臣は返事のついでに出た吠えるような欠伸を隠そうともしない。
優雅な休日の昼下がり、王家の所有する大舞台では歓声や悲鳴が飛び交い、『ガリア国王者決定』大会は佳境に差し掛かっている。観客は皆、中心に据えられた盤上を注視し、真剣を手にした闘士たちが繰り広げる試合に夢中だ。
「お前ね、欠伸はやめなさい。腐っても由緒ある御前試合だぞ」
「こんなもん真面目に見てられるかぁ。三年ぶりの帰国だし今度こそ出してくれるのかと思ってくりゃ、またぼん様の護衛……なんで俺がこんな貧乏くじなんだ。せめて休みにして酒でも飲ませろよ」
「そりゃお前が私の私兵だから。腕の立つ奴らは皆大会に行かせてやったんだ。そうなったら残るのはお前しかいないじゃないか」
「俺も出たい!」
「出られる訳がないだろう……父上が許すと思うか? ご覧、ガストンだって出ていないだろう? 一緒じゃないか。お前やガストンなんかが出たら全員が絶望で棄権する」
盤上を挟んだ闘技場の反対側では国王が私兵であるガストンを侍らせて試合の成り行きを見守っている。ジュリアンが指さす先に目を遣ったが、だからと言ってエドヴァルドが納得できるわけでもない。
「あいつが出てたら止める奴全員殺してでも出場するが……だけど他にも挑戦したがる奴だっているだろ。傭兵上がりの中途入隊の奴とか。大体、団長クラスが棄権なんて恥だろーが」
「知るか。稽古でやってきなさいよ」
ジュリアンは肩を竦めるだけで取り合わなかった。
エドヴァルドは寄宿学校にやって来た頃から悠に頭十個分抜けて腕が立った。加えて本人は気付いていなかったが、世にも珍しい高度なバトルスキルを備えていた。
攻撃力、防御力、体力に速度、反射に探索、回復といったあらゆる戦闘能力が包括的に付与されているのである。
この世には三割にも満たない人間に特異なギフトが授けられている。どういう理由で、何の因果でそのギフトが授けられるのか。調べたことのある者はいない。突発的に授けられる者もいたが、遺伝的要素もある。
ギフトの中身は多種多様で、飛んだり潜ったり、戦ったり癒したり、惑わせたり狂わせたり、消したり視たり、傷つけたり快楽を与えたり……種類さえわからない様々なスキルが存在している。
大抵のスキルは薄くて鈍い。例えば人より二倍跳べても空を飛ぶような突出した高度なスキルを持つものは二、三十年に一人生まれるかどうか。弱いスキルなら持っていても気づかない者が多い。
ガリア家が王族として長らく君臨しているのは、高度なスキルを複数持つ者がなぜか永続的に生まれるからだった。相対するスキルを見出しコントロールすることで国の秩序を保つ調停者のような役割を自然と担うようになる。
エドヴァルドもガストンも大変な希少種であった。
ガストンは洞窟掘りを生業とする男の次男に生まれ、十五の歳に一夜で小さな山を貫通させ今の国王に見つかった。
エドヴァルドは十三で既に成人男性の平均的な身体をし、こちらもまた並々ならぬ膂力があった。そして三つ年上の王太子ジュリアンは鑑定スキルがある。国王が飼うバトルスキル持ちの私兵と同等かそれ以上の駒が欲しくて、方々聞きつけては血の気の多い場所に出入りし、遂にエドヴァルドを見つけた。
それ以降は騎士育成校に顔を出しては成長を見守り続け、父の唾が着く前にこっそり手懐け退学させ、特別に素晴らしい訓練を施した。
おかげでエドヴァルドは毎日毎晩血反吐を吐いて鍛錬を重ね、十八を迎えた頃には引き締まった体躯にしなやかな猛獣を思わせる身のこなし、人間の限界を超えた反射神経を持つ一騎当千の殺人騎士に成長したのである。
琥珀色の瞳は鋭利で、笑えば狼のような歯が覗く。残念ながらその笑みは圧迫感しか与えないが。とは言え鋼のような身体と剣技は騎士たちの憧れで、玄人の女たちは彼を好んだ。
ジュリアンの目的はエドヴァルドを団長などの要職に据えるのではなく、有事にあらゆる超法規的な動きをさせる私兵である。
その為王家に近い騎士団幹部や一部の官僚、貴族くらいしか彼についての実態は伝えられていない。つまり生家にすら知らされていなかった。
エドヴァルドが入れば戦局が大きく変わる。戦時に突然敵の指揮官が消失する、夜営後に敵陣が全滅する、来るはずの敵方の援軍が来ないなど、ジュリアンご自慢の私兵は数え上げればキリがない戦績を上げてきた。
この三年は国内情勢が落ち着いていることもあって、友好国である王子の黒い我儘を叶えたり好戦的な近隣国の政治家を事故死させたり、同盟国の軍営に放り込んで敵性国家を弱体化させるなど息継ぎの間もなく実戦を積ませて帰らせたところである。
頭の固い父の私兵であるガストンは、手練れだが主同様に老いてきた。そのうちエドヴァルドにガストンを殺してこいと命じる日をジュリアンは楽しみにしている。
つまらない御前試合を終え、少しの休憩を入れた後、エドヴァルドは言いつけ通り主人の部屋を訪ねた。
「お、忘れずにちゃあんと来たな。菓子をやろう」
「いらん」
そう? と言いながら、ジュリアンはおっとりと好物のマカロンを優雅に咀嚼する。
「歯にくっつくのが難点だなぁ」
「用ってなんだ。今日はもう休みなんだろ? 俺ぁこの後、予定があるんだが」
「短気な奴だね。それは主との語らいよりも大切な用事かい」
「断然!」
「その予定って何かな? ちょっと聞きたかったのだよ。お前、またあの義賊ごっこを再開するつもりじゃないだろうね」
ひと口齧ったマカロンが引っ付いた前歯を剥きだして爪で掻き、ジュリアンが尋ねる。
「………」
だんまりを決め込む部下にマカロンを投げつけると、ジュリアンは数冊の釣書を出してきた。目の前で一冊ずつ広げ始める。
「!?」
「超常的な力がある故、お前には口酸っぱく道徳については教え込んだし、やや偏った道徳だったのも自覚している。だからそういう風に育てた私にも責任がある……あるけど、その『義賊ごっこ』はちょっと困る。いや、めちゃくちゃ困る。だからお前、そろそろ落ち着け」
「落ち着けってまさか」
「そう、そのまさか。どれか選んで、結婚しなさい」
目の前に厚化粧で超が付く程の爆乳揃いの煌びやかな絵姿が並ぶ。
主の言うことなので、エドヴァルドは一応じろじろと見てみた。
「……う~~~~~ん。好みじゃない。そんでなんでこんな皆、乳がでかい」
「お前がいつも娼館で寝てる女は巨パイじゃないか! 優しくて乳がでかくておつむの足りない女ばかりを見繕ってやった!」
胸を張る主人に白い目を向ける。寝ている女までなんでお前が知っている。
「娼館にいる女で俺でも良いと言うのが身体の大きな女ってだけだ。遣り手婆ぁも壊れるって小さな女たちは勧めてこないし。別に好みで巨パイを集めたわけじゃない。だいたいみーんな怖がるから」
でも俺、男爵なんだが? エドヴァルドが聞こえるようにぼやく。
男爵夫人がおつむの弱い妻では後で困る。
「ははは、まともに良識のある綺麗なお嬢さんがお前との縁談なんて受けるかな? 受けないだろう! ははっはは」
「………」
可愛い顔で抉ってくる主人である。
そこをどうこうするのが腕の見せ所じゃないのかよ、と言いかけて面倒くさくなって止めた。
「かいがいしく世話をしてくれて、妙な悪巧みもせず、何と言っても飽きずにセックスできる身体! 結婚なんて、それだけで良いじゃないか。特にお前の場合」
「適当にもほどがあるな。別に結婚なんてしなくていい」
「じゃあ聞くけど、酒と女以外に暇をつぶせる方法をお前は持っているのかい? 読書? ゲーム? スポーツ? 芝居鑑賞?」
結局、エドヴァルドは頭の中で一番楽しい暇つぶしの『義賊』を思い浮かべてにやけた。義賊は良い。好きな歌を口ずさみながら何も考えず気楽に暴れるのは最高に楽しかった。そして最後に役に立つ!
スコン、とマカロンが飛んでくる。
「いいかい、エディ。普通、暇なんて理由で義賊にはならない」
「でも戦争も任務もなかったら暇だろぉ。護衛なんて犬でもできるし、つまらん。俺のスキルも勿体ない」
「それが普通の暮らしというものなのだよ。でもお前を刺激的な場所に遣り続けた私が悪い。責任を感じている。つまりね、考えてみたんだけど、お前って本当に大切なものが無いから抽象的で広義に役に立とうとするんじゃないかな」
「何言ってるのかわからん」
「うん、そうだな。馬鹿だった。だから……つまり家族を持て。お前も二十六、いい歳だ。なんかそういうの似合わなさそうだから勧めなかったが、一回結婚してみなさい」
「面倒なことを言うなぁ……別に犯罪を犯してる訳じゃないのに」
不満げな声に対して分かっている、という風に、ジュリアンは鷹揚に頷く。
そしてこの可愛いがバケモノじみた部下が暇な夜を持て余し、女子供を攫う窃盗団や果樹園に盗みに入る熊、ドエスにドエムを売る闇オークションを崩壊させる等、主人の目を盗んで暴れているという報告をもらった三年前を思い出す。
「ちなみにお前、義賊ごっこで潰して良い悪党とダメな悪党をどうやって選別する?」
「勘」
「だろうね。三年前もそうだった。だけど考えてごらん? 私が……まぁ全部は知らないまでも、ある程度規模の大きな悪党を把握していないとでも?」
「え……ぼん様、あんなしょうもない悪党を把握していたのか」
エドヴァルドは鋭い目を丸くする。
「三年前、派手に潰したオークションだが。あれはコッパニエ侯爵の趣味で開いている変態の変態による変態の為のオークションだった」
「あ~、そうだ、変態しかいなかった。まず客が全員下半身剥き出しで、椅子が全部裸の人間だった。天井から逆さの女が吊られていたり……」
「皆迄言うな。そう。変態だからね。だけどアレは良いの」
「良い!? なんで」
「商品たちも変態だから、需要と供給全てが完全一致しているの。コッパニエは真性の変態だ、その辺は抜かりない。ある程度の趣味は認めて自由にさせてやらないと、それこそ締め上げすぎると実態の掴めない団体が出来上がるだろう。侯爵家が仕切っているのだから国益を損なう心配もないし……それをお前、バレてはいないが私の私兵が一人でぶっ潰したって言うんだから……あの時は真っ赤な顔のコッパニエが父上の所に怒鳴り込んで来て大変だったんだぞ。約束が違うと。まぁ、私も父上も知らん顔しといたが……後始末は大変なんだぞ!?」
主人の珍しく怒った顔にエドヴァルドは嬉しそうな声を上げる。
「ははははは」
ジュリアンが再びマカロンを投げつけた。
「いいね、今後も賊ごっこを禁ずる! 再開するな! 暴れて良いのは私が許可した時だけ! そしてお前は大事な存在を作って落ちつくのだ。わかったな、結婚しろ。それですぐ犬やら猫やらでも飼うとか、子でも作れ」
「………」
「さぁ、どの巨パイがいい? このスイカか? メロン? 十三号爆弾?」
「どれもいらん」
目を瞑って投げつけられたマカロンを口に放り込み、ネチョネチョと噛んだ。
「あんま……まっず……」
「お前って、なんかそういうの似合わなさそうだから聞いたことなかったけど、好きな女とか実はいたりするの?」
「………」
「え、いるの!?」
「………」
「いるわけないか。まぁ、いいや。じゃあ、三か月以内に自分で結婚相手を選んでこなかったら、私が選んだこの中のどれかと結婚するんだよ。いいね?」
「は!? 良い訳あるか」
「……エディ?」
ビリっと空気が震えて、エドヴァルドのうなじが粟だった。
金の瞳がひたと可愛い部下を見つめる。
「エディ、誰に向かって口をきいているの? また入れてあげようか?」
「………」
「私がどういう人間なのか忘れたの? 私がしろと言ったら、お前の結婚は絶対なんだよ」
「………くそっ」
エドヴァルドは舌打ちして立ち上がった。
「三か月って言ったな?」
「そうだよ」
「じゃあ、この三か月は遠征とか潜りはパスだ」
「オーライ! どこかへいくの? 王都からはあまり離れないようにしてくれよ。それといつでも連絡が取れるように」
「……実家に帰る」
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ジュリアンはエドヴァルドの言葉に目を丸くした。
「なんで実家? お前、実家は嫌なんじゃ……あ、なるほど、あれか、昔からの知り合いとかそういう女か」
「じゃあな~」
「あっ、おい、気になる所で行くのは止めなさいよ。ちょっとエディ!」
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シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
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