海賊提督の悪妻

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グレイプ編

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 ギヴリーは海に面した南東部を古くから治めていたが、やはり長く海賊問題に頭を悩ませていた。
 有象無象の海賊はひっきりなしに現れて、一つをやり過ごしてもまた次が現れる。一度の航海で五回もあくどい通行料を分捕られれば利益など吹っ飛んだ。

 だが積み荷を丸ごと取られればマイナスの大損で、泣き寝入りするしか方法もない。
 自衛の船団を組んだり造船技術に力を入れたりと様々な試行錯誤を続けたが、バートレッドの登場で潮目が変わった。

 バートレッドは海賊行為そのものには重きを置いていなかったのだ。
 生活の為の仕事、という面で海賊業を進め、小島群全部の貧しい者たちを救おうとしていた。彼は日用品や薬を安く欲した。
 一方でギヴリーは航路の通行料の値下げと安全を欲した。積み荷は自営の商材もあったが、他店からの預かりも多く、取り扱い品目は食料から医薬に至るまであらゆる商材を抱えており、早い段階で裏取引が成立し始める。
 要するに、毎月一定の安い通行料に加え貧困層への商材を横流ししたのだ。
 他店からの依頼である積み荷を多少横に流しても『海賊にやられた』と言えば黙らせることが出来る無保険の時代である。ギヴリーの財布も傷まず、また全体の取引価格がほぼ一定の基準を担保できるようになった。

 バートレッドは『上流階級に阿るな』と憤る海賊仲間の手前、またギヴリーは不正横流しの手前、この取引については双方に箝口令が敷かれた状態であった。だがギヴリーのロゴが入った船に海賊行為を働くことは幹部の間で禁止され、通行の邪魔をする船は消えた。

 こうして『ギヴリーの積み荷は海賊の影響を受けにくい』とまことしやかな噂と実績が風に乗り、商売に追い風が吹いた。安全な商売が長く続けば信頼が生まれ、顧客が増える。甘い汁を吸い続けたのは事実である。


「カール、どうも状況がわかっていないようだな。話を替えようか。先日のパーティーで打診した件、我々の間で長らく続いた契約だな。さっさと終了しよう。俺たちには契約を続ける意味がない。この状況、わかっているだろう?」
 娘を差し出すなら別だが。
 皆まで言わずに言葉を切ると、ネイトが長い指で挟んだ煙草を吸い、白い煙を吐き出す。
「………用済みか」
「わかっているじゃないか」
 くくく、と楽しそうに笑うネイトをカールが睨む。

 長年、立場は対等だった。
 だが、バートレッド一家と政府との間にテーブルが用意されて以来、とんとん拍子に事態が変化し、一家を国が抱えることになった。最早バートレッド一家にはギヴリーの恩恵が必要でなくなったのだ。
 どこにも属していない小島群の住人たちから成る海賊は無条件でトリーチェの国籍をあたえられ、貧民層には家や仕事、教育、必要物資が手配される。男たちに関しては海軍兵になるので、トリーチェとしては一気に徴兵が済んで願ったり叶ったり。しかも訓練の必要がなかった。
 国際的に小島群をトリーチェの国土とする訳にはいかないが、大船団全てと難民の受け入れであれば問題は無かったのだ。

 だが、海賊はバートレット以外にも存在する。特に外海には。
 これまで一家に下らぬ海賊であっても、大海賊の仕返し怖さにギヴリーへ手出しが出来なかったのだが、契約の終了はこういった保障の終了をも意味していた。

 しかもネイトは長年のギヴリーによる横流しを知っている。
 首根っこを掴まれているに等しい。
 完全にカールが詰んでいた。

「娘を寄越せば海域では今後もギヴリーを護り続けてやると言っているんだ。横流しも黙っておいてやる。こんな良い条件はないだろう」
「馬鹿を言うな!! 娘はっ……あの子は、真実私の可愛い娘だが! 大事な預かりものでもあるんだ。それをお前……海賊上がりに」
「俺もその『海賊上がり』だと議場で舐められるのは都合が悪くてな。後ろ盾が欲しい」
「お前のような賊に嫁にやったと知れれば、死んだ弟たちが何というか!!」
「知るか。死者に口は無い。寧ろ海の底から娘を護るだろうよ」
「ネイト、お止めください、海が怒りますよ」
 ラルフが主人を諫めるが聞いてもいない。
「なぜリリアンヌなんだ!? 娘はふた」
「妹はいらん。俺が言うのもなんだが、変だろ、あいつ」
「トリーチェの妖精なんだが!?」
 大笑いしたネイトが煙草を灰皿で捻り潰す。
「妖精だと? あれは妖精の面を被った変態だ。リリが食われる前に引き離す」
「食う!?」
「余程頭が切れるのは間違いないが、シスコンでレズビアン、酒豪、喫煙、博打狂い……生まれる性を間違えたな。中身は男だ。屋敷の女中どもは大概お手付きだろう」
「博打!?」
「ああ、暫く陸で医者にかかっていた部下が出入りしていた闇賭博でな。タレコミがあったから俺も見てきた。丁稚あたりに変装していたが、すぐにわかったぞ」

 あいつ後でまた折檻しなくては! カールは奥歯を噛む。どこをどう間違ったのか皆目見当がつかないが、実子のマリアンヌはとんでもない娘に育ってしまった。いやもう娘には正直見えない。息子か。見てくれだけは一級品だが、中身は完全なる下衆である。

「早くリリを連れてこい。どうせ選択肢なんてないだろう。言っておくが、俺以外をリリにあてがうような真似も許さん。縁談があれば誰だろうが男を殺すぞ。ラルフ!」
 パチンと指を鳴らすとカールの前にスッと紙とペンが置かれる。婚約誓約書だった。間髪おかずペンを取ったネイトは署名を施した。あとはリリアンヌの署名だけだ。
「さぁ、呼べ!」
「………」
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