海賊提督の悪妻

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グレイプ編

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 自室の窓を開けると、すっかり見慣れた景色が広がる。
 温暖な気候の空には雲も少なく、太陽を反射して眩い海、丸く切り取られた湾と高台に向かって緩やかに広がり登る白い家たち。
 絵葉書のような景色の手前には、更に刈り込んだ芝生と噴水、手入れの行き届いた屋敷の庭が見えた。

 朝も夜も、見飽きる程に見てきた風景だ。

「こんなに景色は素晴らしいのに、どうしていつまでも私は用のない気持ちの悪い化粧とドレスを着ていなければならないのかしら」
 ぼやきは空に向かって消えていく。
 ドレスを着てから時間が経ったように思うが、一向に声はかからなかった。
「一度見て参りましょうか? お客様がまだいらっしゃるのかどうか」
ぼやきを拾った優秀なメイドが提案する。
「ええ、そうね。私のこと、皆忘れているのかもしれないし。悪いけど頼めるかしら。お帰りのようだったらさっさと脱ぐわ」
「ではしばらくお待ちください」
 チャコットが様子を見に出て行った。

 そのまま窓辺に軽く腰かけ、意味の無いヒールを行儀悪く脱いで飛ばした。

 きっと来たのは若い男なのだろう。婿候補かなにかの。
 ついでに長女を会わせる予定が、話が盛り上がって忘れてしまっているとか、大方そんな感じで。
 容易に想像できる光景を思い浮かべ、何度目かもわからない溜息を吐いた。
 ギヴリー家の長女としての自分を持て余している。手に職を付けるか、早々に役人とか軍人とかに嫁いでしまう方が楽だと思うのだが、過去にそう伝えた時には『亡き弟夫婦に顔向け出来ない』と父母に泣かれた。『お前には絶対に幸福な結婚をさせたいんだ、頼むから私たちに普通の親としての幸せを味あわせて欲しい』のだと切羽詰まった様相で訴えられれば、感謝以外の言葉は出てこなかった。

「はぁ………」
「ため息が多いな」
「!?」
 突然背後からかかった声に後ろを振り向くより先に、両脇からニョキ、と現れた腕に掬い上げられて身体が宙に浮く。
「ひゃっ」
 窓の外から現れた男はロープを身体に巻き付けて、リリアンヌの腰を両腕で抱いていた。その為リリアンヌから男は見えない。どうやらロープは屋根の方まで続いているようだった。

「リリーーー!!」
 ばーーーーん!! と轟音と共にドアを開け放ったマリアンヌが血相を変えて走り込んでくる。
「マリー!!」
「ちょっ、ちょっと、何やっているのよ!? 人が離れた隙にっ! 危ないじゃない、リリーを離して!! 落ちたらどうするのよ、お父様!!お父様ぁぁ!!」
 続けてカールが武器を手にした守衛たちと共に息を切らしてやって来る。
「ハァッ、ハァッ……な!! リリー!! 止めるんだ、ネイト! 総督に訴えるぞ!?」
「そうよ! 誘拐よ、こんな」

 ぶら下がったネイトと抱えられた長女を前に、窓の向こうからそれぞれが対峙する。リリアンヌの背後で明瞭なバリトンが響いた。
「お前たちがいつまで経ってもダラダラとリリを連れて来ないからだろう。ふた言目には海賊だ、海賊だと騒ぐから……思い出したんだ」
「何をよ!?」
「俺は海賊だからな。女の一人や二人、攫えばいい。そうだろ?」
 ニヤリと笑ったネイトとは対照的に、マリアンヌの顔が怒りに赤くなる。
「許さん!! こんの海賊提督めがぁっ」
「ママママママリー、止めなさい!!」
 青くなる父の制止も聞かず、マリアンヌが守衛の腰から棍棒を抜き取って振り上げながら窓辺に突進してくる。
「リリーを返せ! おぉぉぉぉぉ!!」

「よく見ておけ、リリアンヌ。アレが妹の本性だぞ」
「………」
 男がリリアンヌの耳元で囁いた。
 言われなくてもリリアンヌは呆けた顔で妹を見ている。
 可愛い筈の妹は魔物みたいに見えた。いや魔物にしか見えない。人違いかもしれない。
「ラルフ! 降ろせ!」
「クッソ野郎が!! 死ね!」
「マリー!?」
 およそ妖精と思えぬ、あまりの汚い言葉と声音にリリアンヌが驚いて声を上げると、背後で自分を抱きかかえた男が小刻みに笑っているのがわかった。次いでマリアンヌの手から振り下ろされた棍棒がすっぽ抜け、勢いよく降って来る。
「あっ」
 振り下ろした本人も顔を白くして窓から身を乗り出した。
「!!」
 舌打ちした男がリリアンヌを抱き込んで棍棒を受けて落とす。
「……ではな、カール! 賭けを忘れるな、マリアンヌ! また連れて戻る!」
「ネイト!! だめだ、待て!! 守衛たち、下へ、門へ行け!!」

 ザーーーーッと急降下したロープでダンっと着地すると、素早くロープを切ったネイトがリリアンヌをそのまま担ぎ上げて走り出す。裏手には三頭の馬が待っていた。
「スコット!! 足場!」
「もー、人遣い荒いんだから……ぐ…へぇっ」
 目の前で海軍服の男が小さくしゃがむと、ネイトは躊躇なくスコットを踏んでリリアンヌごと馬に乗り上げた。同時にラルフが屋根から降りて馬に駆けてくる。
「ラルフ急げ、行くぞ!」
「はいはい」
「リリ、怖ければ目を瞑っておけ」
「………わぁぁぁぁっ」

 説明もなく馬が駆け出す。裏手の門扉は既に破壊されて意味もない。
 リリアンヌは何がなんだかわからないまま、猛スピードで走る馬の上でネイトにしがみついていた。
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