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グレイプ編
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つまり自分は誘拐されたんじゃないかと思い当ったのは、船が出航した後だった。
しかも人違いで。
「間違えていませんか?」
「何を?」
四人が乗り込んだ途端に出航した船内、方々からかかる『おかえりなさい』の声にネイトが片手を上げて、甲板から一段降りた大きな部屋へと移動していく。
「誰かと……。私は姉の方です。ちょっとその、錯乱してたようですけど、本来なら素晴らしく可愛い妹とか」
「あんなもん金積まれたって断る」
棍棒を振り回していた妖精を思い出し、リリアンヌも姉妹違い案は黙ることにした。ちょっと妹には悪魔祓い的な何かをした方が良いのかもしれない。
「でも実子でもない私を誘拐しても、その……何と言うか、旨味は少ないですよね。奴隷にかけるにしても、高値で売れないのはご覧の通りですし」
ネイトもラルフも、リリアンヌの言葉にゲラゲラと笑い出した。
「冷静なのか、ただの卑屈か。まぁその酷いナリでは無理か」
「面白い方ですね。旨味はさておき、最初からリリアンヌ様に婚約の打診をしていましたよ、船長はね」
「せん、ちょう……」
夕方のマレーナ海、そう大きくは無いのだが、乗っているのは立派な船だった。内装の設えも良く、甲板の床や壁全てがピカピカだ。どこもかしこも清潔感に溢れて海賊っぽさはない。案内された部屋は大きなワーキングデスク、椅子、壁には海図、いたるところに写真や絵が貼られている。
「あの、あなたはまずどなたですか。私はリリアンヌ・ギヴリーです」
「俺はネイト、ネイト・バートレッド。バートレッド一家の頭だ。先月トリーチェ国民になり、海軍提督を拝命した。こいつはラルフで海軍中将。元は副船長だ」
やっぱりそうなのだ。
まじまじとリリアンヌはネイトを見た。
メアリーが言っていた男に違いない。そして。
「迎賓館でワインを……?」
「………知らんな。粗相などしていない」
ニヤリと笑ってこちらはあからさまに嘘を吐く。
あの夜、ヴァレンシアに絡んでいた男の背に二階から赤ワインを垂らしたのもこの男だった。目が合ったから覚えている。
ネイトは椅子に腰かけて煙草に火をつけた。
ラルフがサッと灰皿を置いて窓を開ける。
長身に細身だが鍛えた身体、精悍な顔立ちは爽やかなのに色気が立ち昇る。あっけらかんとした物言いは落ち着いたバリトンが嫌みを打ち消し、明瞭な内容と瞳の強さも相まってどうにも強いカリスマを感じさせた。
「なぜ私と婚約を? あなたは大層人気なのだと名家の子女から聞きました。別に私じゃなくても、もっと条件の良い女性を選べるでしょう」
「……化粧もいらん、そのドレスはないな」
「は?」
全然関係のない言葉が返ってきた。
指差されたピンクのドレス。ひく、とリリアンヌの口端が引きつる。
「同感ですね。リリアンヌ様の良さを台無しにする最悪なドレスです。なぜこんな悪趣味な」
「大方、カールが手配させて男除けに作らせたんだろ。そんなことをしなくてもトリーチェのクズ共にはどうせ良さなどわからんが。用意周到なこった」
言いながら、立ち上がったネイトが腰に挿した短剣を抜いた。
リリアンヌはぎくりとして青くなる。
海賊上がりなんて碌なもんじゃない、強姦の二文字が頭に点滅し出す。
「え……なに、やめて、なにするの」
「ラルフ、俺の部屋にあるリリアンヌの服を持って来い。取ってきたら放り込め。見るなよ」
「はいはい」
「私の服?」
自分の服がなぜここにある?
リリアンヌは訝し気な顔をする。
「ここここ、来ないで!!」
煙草を咥えた男が手首を返して短剣を持ち替え、クイっとドレスの胸元を引っ張る。
「食わない、まだ夕方だ」
「あっ」
潔い音と共に、ピンクの生地が裂かれた。
一直線に引き下ろされた短剣が鮮やかな切れ目でドレスの前を引き裂く。
「………っ」
見下ろした自分の身体は何とも無様で、コルセットに重ねたスリップ、そこに上着のようにピンクのドレスを羽織った格好になった。
「リリアンヌ」
上から呼ばれて、展開に付いて行けないもののネイトを見上げた。
「きゃーとかぎゃーとかわーとか、もっと咄嗟に声を出せ。屋敷から連れ出した時も殆ど声を上げなかった」
「え?」
「我慢するな。これから幾らでも危ない目に遭う可能性はある。俺の側にいるのはそういうことだ。だけどお前が声を上げないと、俺が気づかないかもしれない」
何を言っているのだ、この男は。
頭がおかしいのではないか。
リリアンヌは蟀谷を揉んだ。考える時の癖だった。
「あなたの側にいるって言うのは?」
「俺の女になるからな」
「……んんんんん、百歩譲ってそうなって、危ない目というのはどういう種類のものですか?」
「それだけ魅力的なんだ。似合わん恰好はやめて、黄色にどでかい薔薇やらピンクのフリフリしたドレスを脱げば、お前に襲い掛かる男は五万と現れる。それにお前は俺の女になる。印があるだけで俺の弱点にもなる」
「他の男云々というのは全てが杞憂でしょう。保証します。堂々巡りですが、あなたの女になれば危険なら、ならなければ良いのでは?」
「おっと」
「おっと?」
「思わず丸め込まれそうになるな。気を付けよう」
その時ドアが開いて服が投げ込まれた。見た所、シルクの一枚もの、ワンピースのようだった。続けてベルトと靴がちょこんと置かれて扉がしまる。
ネイトが服を拾い、またゆっくりと戻ってピンクのドレスを肩から剥がした。
「ちょっと!」
無言でスリップの肩紐が落とされるので慌てて前で受けると、煙草を消した男がコルセットの紐を緩め始める。
「ドレスもコルセットも、着なくて良い」
「………」
息が楽になっていく。
リリアンヌを縛り付けていた紐が、するすると解かれていく。
やがて、ゴトン、とコルセットが床に落とされた。
下着にスリップだけになったリリアンヌに、上からワンピースが通される。
「……なにこれ」
思わず『綺麗』だと口から漏れる。
高級ドレスをダメにされた後だと言うのに、漏らさずにはいられない。
「そうだろ?」
見たことの無い柄がV字の切れ込みが入った胸元から足元にかけて描かれていた。ライン上に描かれた手作業の絵柄は繊細で、シックなダークゴールド、他はオフホワイトのワンピース。仕上げに細い革で編まれた太いサシェを巻かれた。少しタイトなスカートだったがスリットが入って動きやすく、リリアンヌの美しい脚が見え隠れする。
「でも待って、これは私の服じゃないわよ」
「いや? リリの服だ」
「こんなの持っていないわ」
「ああ、違う。俺が用意していたお前の服だ。色んな場所を巡る度、お前に似合いそうな服があれば買っておいた。癖だ」
「……………は?」
しかも人違いで。
「間違えていませんか?」
「何を?」
四人が乗り込んだ途端に出航した船内、方々からかかる『おかえりなさい』の声にネイトが片手を上げて、甲板から一段降りた大きな部屋へと移動していく。
「誰かと……。私は姉の方です。ちょっとその、錯乱してたようですけど、本来なら素晴らしく可愛い妹とか」
「あんなもん金積まれたって断る」
棍棒を振り回していた妖精を思い出し、リリアンヌも姉妹違い案は黙ることにした。ちょっと妹には悪魔祓い的な何かをした方が良いのかもしれない。
「でも実子でもない私を誘拐しても、その……何と言うか、旨味は少ないですよね。奴隷にかけるにしても、高値で売れないのはご覧の通りですし」
ネイトもラルフも、リリアンヌの言葉にゲラゲラと笑い出した。
「冷静なのか、ただの卑屈か。まぁその酷いナリでは無理か」
「面白い方ですね。旨味はさておき、最初からリリアンヌ様に婚約の打診をしていましたよ、船長はね」
「せん、ちょう……」
夕方のマレーナ海、そう大きくは無いのだが、乗っているのは立派な船だった。内装の設えも良く、甲板の床や壁全てがピカピカだ。どこもかしこも清潔感に溢れて海賊っぽさはない。案内された部屋は大きなワーキングデスク、椅子、壁には海図、いたるところに写真や絵が貼られている。
「あの、あなたはまずどなたですか。私はリリアンヌ・ギヴリーです」
「俺はネイト、ネイト・バートレッド。バートレッド一家の頭だ。先月トリーチェ国民になり、海軍提督を拝命した。こいつはラルフで海軍中将。元は副船長だ」
やっぱりそうなのだ。
まじまじとリリアンヌはネイトを見た。
メアリーが言っていた男に違いない。そして。
「迎賓館でワインを……?」
「………知らんな。粗相などしていない」
ニヤリと笑ってこちらはあからさまに嘘を吐く。
あの夜、ヴァレンシアに絡んでいた男の背に二階から赤ワインを垂らしたのもこの男だった。目が合ったから覚えている。
ネイトは椅子に腰かけて煙草に火をつけた。
ラルフがサッと灰皿を置いて窓を開ける。
長身に細身だが鍛えた身体、精悍な顔立ちは爽やかなのに色気が立ち昇る。あっけらかんとした物言いは落ち着いたバリトンが嫌みを打ち消し、明瞭な内容と瞳の強さも相まってどうにも強いカリスマを感じさせた。
「なぜ私と婚約を? あなたは大層人気なのだと名家の子女から聞きました。別に私じゃなくても、もっと条件の良い女性を選べるでしょう」
「……化粧もいらん、そのドレスはないな」
「は?」
全然関係のない言葉が返ってきた。
指差されたピンクのドレス。ひく、とリリアンヌの口端が引きつる。
「同感ですね。リリアンヌ様の良さを台無しにする最悪なドレスです。なぜこんな悪趣味な」
「大方、カールが手配させて男除けに作らせたんだろ。そんなことをしなくてもトリーチェのクズ共にはどうせ良さなどわからんが。用意周到なこった」
言いながら、立ち上がったネイトが腰に挿した短剣を抜いた。
リリアンヌはぎくりとして青くなる。
海賊上がりなんて碌なもんじゃない、強姦の二文字が頭に点滅し出す。
「え……なに、やめて、なにするの」
「ラルフ、俺の部屋にあるリリアンヌの服を持って来い。取ってきたら放り込め。見るなよ」
「はいはい」
「私の服?」
自分の服がなぜここにある?
リリアンヌは訝し気な顔をする。
「ここここ、来ないで!!」
煙草を咥えた男が手首を返して短剣を持ち替え、クイっとドレスの胸元を引っ張る。
「食わない、まだ夕方だ」
「あっ」
潔い音と共に、ピンクの生地が裂かれた。
一直線に引き下ろされた短剣が鮮やかな切れ目でドレスの前を引き裂く。
「………っ」
見下ろした自分の身体は何とも無様で、コルセットに重ねたスリップ、そこに上着のようにピンクのドレスを羽織った格好になった。
「リリアンヌ」
上から呼ばれて、展開に付いて行けないもののネイトを見上げた。
「きゃーとかぎゃーとかわーとか、もっと咄嗟に声を出せ。屋敷から連れ出した時も殆ど声を上げなかった」
「え?」
「我慢するな。これから幾らでも危ない目に遭う可能性はある。俺の側にいるのはそういうことだ。だけどお前が声を上げないと、俺が気づかないかもしれない」
何を言っているのだ、この男は。
頭がおかしいのではないか。
リリアンヌは蟀谷を揉んだ。考える時の癖だった。
「あなたの側にいるって言うのは?」
「俺の女になるからな」
「……んんんんん、百歩譲ってそうなって、危ない目というのはどういう種類のものですか?」
「それだけ魅力的なんだ。似合わん恰好はやめて、黄色にどでかい薔薇やらピンクのフリフリしたドレスを脱げば、お前に襲い掛かる男は五万と現れる。それにお前は俺の女になる。印があるだけで俺の弱点にもなる」
「他の男云々というのは全てが杞憂でしょう。保証します。堂々巡りですが、あなたの女になれば危険なら、ならなければ良いのでは?」
「おっと」
「おっと?」
「思わず丸め込まれそうになるな。気を付けよう」
その時ドアが開いて服が投げ込まれた。見た所、シルクの一枚もの、ワンピースのようだった。続けてベルトと靴がちょこんと置かれて扉がしまる。
ネイトが服を拾い、またゆっくりと戻ってピンクのドレスを肩から剥がした。
「ちょっと!」
無言でスリップの肩紐が落とされるので慌てて前で受けると、煙草を消した男がコルセットの紐を緩め始める。
「ドレスもコルセットも、着なくて良い」
「………」
息が楽になっていく。
リリアンヌを縛り付けていた紐が、するすると解かれていく。
やがて、ゴトン、とコルセットが床に落とされた。
下着にスリップだけになったリリアンヌに、上からワンピースが通される。
「……なにこれ」
思わず『綺麗』だと口から漏れる。
高級ドレスをダメにされた後だと言うのに、漏らさずにはいられない。
「そうだろ?」
見たことの無い柄がV字の切れ込みが入った胸元から足元にかけて描かれていた。ライン上に描かれた手作業の絵柄は繊細で、シックなダークゴールド、他はオフホワイトのワンピース。仕上げに細い革で編まれた太いサシェを巻かれた。少しタイトなスカートだったがスリットが入って動きやすく、リリアンヌの美しい脚が見え隠れする。
「でも待って、これは私の服じゃないわよ」
「いや? リリの服だ」
「こんなの持っていないわ」
「ああ、違う。俺が用意していたお前の服だ。色んな場所を巡る度、お前に似合いそうな服があれば買っておいた。癖だ」
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