海賊提督の悪妻

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グレイプ編

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 何かの用事でラルフが呼びに来て、ネイトが行ってしまった後、リリアンヌよりも小さな水兵が部屋を訪れた。
「初めまして! リリアンヌ様。僕は水兵で、ウニと申します。ラルフ様からお世話係を拝命いたしました。航海の間、何でもご用命下さい。船内では荒っぽい奴らもいますので、御印が付くまでは必ず僕と一緒に行動をお願いいたします!」
「初めまして、リリアンヌ・ギヴリーです。色々ありがとう。早速ですが、小舟を用意して頂けますか」
「えっと、小舟、ですか?」

 ウニは焦げ茶色の癖毛、そばかすが散った顔に丸い瞳で、まだ十代半ばの男の子に見える。見るからに見習いである。
「ええ、乗船する時に見ましたが、この船の側面にはいくつかボートが取り付けてありました。それを用意して頂けますか」
「あのそれは、何のために」

 そんなもの逃げる為に決まっている。

「人違いで乗船してしまったのに、お世話になる訳にはいきませんから。今ならまだボートでも十分にギヴリーまで戻れます。マレーナは穏やかですし、漂っていれば波が沿岸まで連れて行ってくれるでしょう」
「でも僕、ラルフ様に叱られます。リリアンヌ様をボートに乗せたなんて知られたら大変なお仕置きが。ハメ殺されるかも」
「はめ?」
「とにかく無理です! リリアンヌ様にはこのままグレイプ国まで行って、またトリーチェに戻る間、丁重におもてなしするよう大役を任されているんです。バートレッドのマムになって頂くんですから、僕らのこと知ってもらって、大好きになってもらいたくって!」
「マム? マムってなにかしら?」
『母親』にしか聞こえないが、念の為。
 引き攣って繰り返した言葉に、ウニはとろけて嬉しそうにクネクネする。
「僕も親がいないんです! そういう奴らばっかです、ここ。頭(かしら)がとーちゃんだし、あとかーちゃんがいなかったから、リリアンヌ様のこと、ずーーーーっと待ってました!! みんな、リリアンヌ様のこと待ってましたよ!! マム!!」
「………」

 蟀谷を揉んでみるが、脳みそが焦げ付いて思考が進まない。だから強引に投げ捨てた。

「はぁ……わかりました、つまり小舟を出しては頂けないと。では船内を案内していただけますか?」

 自分で脱出できる手段が何かしらあるかもしれない。かくなる上は飛び込むか。海など大嫌いだったが、そこら中にある浮き輪を持って飛び込めば済む。

 船内には厨房と食堂、洗面室、シャワールーム、幹部たちの相部屋やハンモックが並んだ大部屋などがあった。副船長の部屋と船長室は場所だけ教わって回った。
 屈強そうな男たちが、案内の途中でリリアンヌをにやにやしながら見ては挨拶してくる。たまにいる女はじとーっとした目を寄越したり、投げキッスを送って来る者などもいる。歓迎されているのかいないのか、よくわからない。海賊上がりと言え全員が着崩しながらも海軍服を着ていることだけは救いに感じた。何とはなしに規律を感じて、誘拐されたのにパニックになっていない一因でもある。
「……ウニ、私はどこで寝泊まりすればいいのかしら」
「リリアンヌ様のお部屋は船長室です」

 なるほど、就寝前に逃げなければ。

 かと言って暮れ始めた空を見ると、飛び込むのも怖い。
 ボートなんかは明日どうにかするとして、ひとまず今日はどこかに隠れてしまえば良いと思いつく。
 リリアンヌは隠れ場所を物色しつつウニの後をついて回った。所々に樽が有って、『何のワインかしら?』とか言いながら中身が空かを確かめたり、『軍船って初めてなのよ』と全ての部屋の用途を質問し、頭に入れた。警戒心のないウニはニコニコと素直に教えてくれる。

「それにしても、本当にどこもかしこも綺麗ね」
「そうでしょう。頭の好みなんです。僕たち水兵は朝から晩まで掃除させられます」
「海賊ってもっと汚いイメージだったわ」
「昔は相当汚かったみたいです。だけどバートレッドで頭がどんどん出世するたび船団が綺麗になっていきました。今はどの船もピカピカが基本です。汚かったら頭がそこの船長を半殺しにしますから。昔、掃除に従わなかったアーガイルって言う船長は足だけロープに繋がれて、船で海の中引きずり回されたらしいです。息できませんよね~! でもね、船がピカピカになったら不思議と航海中に具合が悪くなる奴がピタリといなくなったんです。僕らは意味が分からないんですけど、頭に言わせればそれが当たり前らしくて……あ、頭はすっごい頭が良いんですよ。本も読むし、色んな港の現地妻から偉い役人とか学者を紹介してもらって」
「現地妻?」
 リリアンヌは予想外のパワーワードに話を遮る。
「ええ、あの通り色男ですから、そりゃ~もう、女は入れ食い状態で。下着で港に出迎える女もいます。下着は紐みたいだから、殆ど裸ですけど。頭は僕たち皆の憧れです!!」
「へぇ……」

 つまり自分はトリーチェの現地妻になるのだ。いや、今の話ならギヴリー地方での現地妻かもしれぬ。
「無理だわ」
 リリアンヌは浮気する男なんて話に聞くだけでも汚くて信じられないし、一夫多妻制の国を軽蔑している。それはもう心底に。一人の男に多数の女? 食い物にするイメージしか持てず、断固拒否である。
「え? 何がですか?」
「いいえ、大丈夫です」
「そうですか? 何でもお申し付け下さいね! じゃあ、これで案内は終わりです。あとは最下層に船倉がありますけど、爆弾とか危ないものが多いので、間違っても入らないようにしてください。航海中は立ち入り禁止区域です」

 なるほど。リリアンヌはにっこりした。

「わかったわ。最下層に間違って行かないように、行き方を教えておいてくれる?」
「かしこまりです!」


 案内の間にすっかり日が暮れ、最初の部屋に戻って来た。途中、甲板にはテーブルが並べられ、沢山のランプが吊るされたパーティー会場と、ガシャガシャと銀色の食器や酒瓶を運び込む忙しそうな人々が見えた。それはもう楽しそうな表情の。
「お疲れ様でした。もう直ぐ食事になります。今日はリリアンヌ様がいらっしゃったので歓迎会です! シェフが御馳走をたーっくさん用意していますから、楽しみにしておいて下さい! 船団の中でも頭のいるこの本船のシェフが一等美味しいですから!」
「そう」

 リリアンヌは返事もそぞろ、教えてもらった最下層までの道のりをトレースし、イメージに余念がない。
 さて、どのタイミングで、どうやって出ようかしら。
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