海賊提督の悪妻

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トリーチェ編

37.5

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 そろりと身体を包んでいた熱が離れて、リリアンヌは薄っすらと目を開ける。ベッドに腰かけた背中が見えた。後ろの気配でネイトも振り返る。
「悪い、起こしたな」
「出かけるの?」
「昼から大尉を集めてるから、そろそろ準備する。行きたくないが……お前の体調が悪いなら休むのもやぶさかじゃないが」
 昨日も同じことを言っていた。
「どこも悪くないわ」
「そらよかった。もっと寝とけ。帰ってくるまでずーっと食って寝てろ」
「………」
 横たわる女をぐしゃぐしゃに撫で回すとシャワーに向かい、適当な恰好に着替えて出て来ると直ぐに外へと出て行った。リリアンヌがウトウトしていると、また帰って来た音がする。

 いつの間に付いたのか足輪には長い長い鎖がベッドの脚に繋がれている。カーテンを閉め切った薄暗い部屋、落ちていたバスロープを羽織って金属音を鳴らしながら明るいリビングに出た。
 キッチンに立つ後ろ姿が見える。ブランチを作っているのだろう。テーブルに置かれた紙袋からはパンの良い香りがしている。
「ねぇ」
「ん? もう起きるか」
「お腹すいたから寝れない」
「そーか。ちょい待て」
 ダイニングの椅子に座り、頬杖をついて後ろ姿に呼びかけた。
「こうやって暮らしたいの?」
「え?」
「私と、こうやって暮らしていきたいの?」
 フライパンで卵を丸くしていくネイトがチラリと後ろを振り返る。
「なんで?」
「だってあなた、婚約者なんでしょう、私の。すぐこうやって捕まえて来るし。どうしたいの? 私のこと」
「俺のにしたい。まぁ、もう俺のものだけど」
「結婚したいの?」
 美しく楕円を描いた卵をゆっくりと皿にのせ、サラダを横に置いた。
 頭をかりかりと搔きながら、ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

「結婚したら、お前は俺のものになるのか?」
「なるわけないじゃない」

 つんとして言い放つと嬉しそうに笑った。
「早く婚約を解消しなさいよ。どんな条件を付けたか知らないけど、どっちみちあなたから解消するのが一番丸く収まるんでしょう」
「そう急くなよ。婚約期間を楽しむのも良いだろ」
「監禁される婚約期間なんて聞いたことないわ」
「前人未踏の偉業だな。おめでとう、リリアンヌ」


 ガサガサと袋から出された焼き立てパンは狂おしい程の香ばしい香り。
「リリはクロワッサンだな?」
 しぶしぶ頷く。クロワッサンは大好物である。
「昨日のフランスパンて、まだある?」
「ある」
「じゃあ切って。クロワッサンはデザートみたいなものだから」
「んー、わかった。クロワッサン好きだな。何が良い? 上手く食べれんからイライラする。あ、あとジャムを買った。甘いか? 食う?」
「何があるの? 柑橘系なら食べるわ」
近寄って袋の中を覗きこんだリリアンヌの頭を横から意味もなく撫でてくる。
「覚えとこう。幸運にもいちごとオレンジジャムを買った。と言うことはオレンジだな。舐めてみろ……あー」
「………ん………うん、食べる」
 リリアンヌの前にオムレツの皿とパン、ジャムとグレープフルーツジュースが並べられる。昨日の朝もそうだったが、やたらとちゃんと用意してくれるのである。リリアンヌは独りなら食べないのだが、マメな男だった。
 ネイトの前にも同様に皿が並び、これも昨日同様、半分が甘い菓子パンだった。
「あなた、本当に甘いものがすきなのね」
「昔はどうやっても贅沢品で甘いものは食えなかったから反動だな」
「ふぅん。昔は何をよく食べたの?」
「船にいる時は食堂だろ~、家に帰ったら」
「その家って小島にあったの?」

 今朝も終わらない会話と食事が始まる。
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