五周目の王女様

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8.リンゴ

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 半年後に予定されている戴冠式で皇妃になるジゼルの部屋は、皇室エリアの最奥に位置している。皇妃の間の手前は皇帝夫妻の主寝室、その手前が皇帝の間。
 夫妻の寝室は皇妃と皇帝双方の壁にドアが設置されていて、二枚扉のそれぞれの鍵が開かねば相手のプライベートゾーンに立ち入ることは出来ないし、また合意なくば主寝室に踏み入れずとも良い仕組みになっている。
 要するに、互いに了承していないと夫婦関係は成立しないということね。

 ローテーブルに置かれたボードゲームの箱を見ながら主寝室に続く自室側の扉を何度見ても、やっぱり異常はなかった。腰高の出窓二か所についても既に確認済で、鍵は施錠されていた。
 実は主寝室へと続く扉の鍵は持っていなかった。私はまだ皇妃ではないから。それはどこかのタイミングで皇帝から渡されるものらしいが、また生涯渡されない可能性もある。

 つまり、開けようがないの。
 そして鍵を預かっているであろう皇帝にも開けられない。

 それと言うのも主寝室側から一つ扉を開けば木の板があるだけで、ドアノブも鍵穴もないからだった。破壊しない限りは開けられず、これは大陸の王室に準ずる城では一般的な構造で、フラリエヌ城も同じだった。

 見渡した部屋には他に侵入できるような場所はない。
 入り口の扉には二名の近衛が寝ずの番をしているし、さらに間隔を開けて皇帝の間の前にも近衛がいる。さすがに四人倒して部屋に入ろうとすれば何かしら騒ぎにはなるはずだった。念のため聞いたけれど誰も訪れてはいない。

 ベッドの真上に掛かる『まどろみの池』で目が止まる。有名画家フランボワーズの大作だった。
 最初に見た時、心臓が止まりそうになった。
 本人が「描いた」と言っているけれど、誰にもお披露目されていない幻の名画と言われる絵画だ。実は存在しないのでは、などと噂もあった。
 恐ろしいことに、その絵が自室にある。どれだけ観たいと切望しても叶わなかったのに。
 一回目の人生で私はフランボワーズのトリコになり、個展の際には数時間貸し切ってもらい、いつまでも眺めていた。
 彼の絵は子どもが欲しがるような値段ではなかったし、小国の国庫にそんな我儘が言える筈もない。だけど私が大ファンだと聞いたフランボワーズが、小さな手のひらサイズの葉書を送ってくれた。優しい風景画だ。二度目と三度目には出会えなかった宝物は心残りで、四度目に再び同じルートを辿って手に入れていた。
 そんな愛してやまない彼の絵がこの部屋を飾る意味。

 三度目にお気に入りになったボードゲームを一緒にしたのは、ミント、マウディ、トーマス様だったレオポルド。

 その中で私のことを知り過ぎていた人は一人しか居ない。


「ジゼル様」
 愚かな護衛の声が部屋に響いた。
「あら、いたの」
「最初からおりました」
「大きな図体なのに、気配を消すのが上手いのね。それで何かしら」
「消した覚えはございませんが、呪術師がいる塔の場所を聞いて参りました」
「ああ『リンゴ』ね? 塔って、城の中に住んでいるのではないの?」
 昨晩ウルから聞き及んだバザロス国のリンゴと呼ばれる呪術師は、同じ敷地内に建つ北の塔に住んでいるということだった。昼餉の後で私たちは塔と城を繋ぐ渡り廊下を目指す。

 三度目の失敗を糧に足腰を鍛えている私は健脚である。
 だけどそれにしたって目的地が遠い。皇室エリアを抜けるだけでも一苦労よ。
「はぁ……本当に広い城ね。迷路のようだし。フラリエヌの城が五つ分くらいあるわ」
「レオポルド陛下の即位後、接収した国が三つありましたから官吏が1.5倍に増えたそうで。増築せざるを得なかったそうです。増築部は石の色が違います」
「城の構造は理解できたのでしょうね。全ての階に何があるのか把握は」
「は。既に」
「結構よ。周りにおかしな場所はなかったでしょうね」
 ひそひそと話しながら進む。
 騒ぎにする必要がない気がして、ボードゲームの話はウェイにも言っていなかった。ただ、どうやって部屋に入ったのかがわからない。
「王城ですから隠し通路は……恐らく‘隠し部屋であろう’部屋はあたりがついております。手狭になったタイミングで隠すのをやめた部屋もあるようです。倉庫として利用されている場所も確認しています」
「隠し通路の出入り口がわかったら、その都度で報告なさい」
「は。ところでジゼル様、さっそく影が一人怪我を……恐らくこちらの手の者だとバレています。脅しのような斬り付けで。皇帝の影だと思うのですが、何とかなりませんか」
 将来夫婦だからと言って影同士まで仲良しになれなんて無茶を言う。
「馬鹿を言いなさい。なるわけないでしょう」
 ひょっとすれば、クラリスに取り入れば何とかなるかも。きっと今世も同じような立場と近さでいるような気がする。
「他力本願は止めて足をお使いなさい、足を。ついでに急がなくて良いけれど最高級の肉が調達できる者をこっそり探しておいて」
「肉ですか? どうして? ……ジゼル様」
「なに?」

 ふ、と真顔になったウェイが足を止めるよう手のひらを示し、次の角から五人来ますと言った。四回目のウェイ・ボルドンは私によって数度の死線を越えかけて獣並みの五感を手にしている。
「全員女性です、遅い……侍女や女官ではありませんね」

 皇室エリアの門近くでウロウロできる女性など例の娘しかいないのではないかしら。
「皇帝の」
「カタラーナ様ではなかったでしょうか」
 美味しそうになったじゃない。

 速足を緩めて廊下を歩いていると、楽しそうな笑い声と共に着飾った女性たちが視界の先に登場した。流行りのデイドレスに身を包んだ中心人物を侍女と三人の女性が取り巻いている。
 侍女が素早く私に気が付き、滑らせた目線の先でウェイが頷くとカタリーナに耳打ちをした。よく出来た侍女のようね。

「まぁ」

 彼女はため息のような声を大きく零してから、急ぎ目にこちらに赴いて深く膝を折った。
 ひと言も話さず頭を上げず時を止め、その優雅さはさすがに大公家の娘、躾が行き届いている。
 多少のわざとらしさはあったけれど及第点。
 何とかギリギリ仲良くなれそう。

 私は次期皇后で既に皇帝陛下の婚約者であり、また隣国の王女でもあった。つまりこちらから声をかけてやらなければならない。弱小国家の王女ですけれど。
「お立ちになって。お顔を」
 見せなさい。
 カタリーナは細い肩をふるりと震わせ息を吸い、渾身の笑みで顔を上げる。武者震いかしら、可愛いわね。

「はじめてお目文字いたします。ヨークレア家が娘、カタリーナと申します。
 ジゼル王女殿下におかれましては、この度の遠路はるばるのご入輿にゅうよ、心よりお慶び申し上げますとともに、さぞかしお疲れのほどとお察しいたします。
 私は長らく当城に身を置いておりますゆえ、何事によらずご不明な点がございましたら、何なりと私をお差し向けくださいませ。微力ながら、殿下の手足となりお仕え申し上げたく存じます」

 満点! と言いたい所だけれど、無論ウェイが横で寒風を吹かせている。
 そうね、長らく身を置く理由がないわ。暗に取られたマウントにあちらの侍女も少しギョッとしていた。だけどまさかこんなことで角を立てたりはしない。だってカタリーナも私を毒殺する理由があるもの。拗らせるのは得策ではない。

「ジゼルです。噂通り、可愛らしい方。お仕えだなんて気にされず……私に遠慮は不要ですから、この先もどうぞ自由に逗留なさって。陛下には精の付くものをお出しするよう指示を出しましたから、お励みになってください」
「んなっ」
「ジゼル様!!」
「静かになさい、ウェイ。あらなに、顔が近いわ」
「廊下で何てことを仰るのですか!! 誰かが聞いていたら」
 小声ながら怒涛の早口で言い募るウェイを手で押し返し正面に向き直ると、カタリーナは胸元まで真っ赤になって震えていただけだった。ウェイも横で同じように気が付いて、目を丸くする。

 ハムスターみたい。可愛いわ。
 とても毒殺を計画できる子には見えなかった。この子ではないわ。
 ぷるぷる、わなわなしていて、目上の私に悋気を隠さない無邪気な様子は愛らしい。
 きっと大切にされてきたのね。
 ちょっと高慢ちきで、センスの良い取り巻きがたくさんいて、お洒落と浪費が大好きで、我儘を通して城に逗留しても見逃されて、周囲の迷惑には気づかず、滞在費を父親に払わせるほどに盲目に愛されて、そしてまたそんな無邪気な彼女だからこそ、冷酷な皇帝も癒しを求めた……。

 めでたし、めでたし。
 今、チープな物語が生まれました。

「こんな皆さまの前では、は、励むなどと!! 妬んでいらっしゃるのねっ、私ばかりが愛されて陛下からご寵愛を賜っていることにご納得がい」

 正直に言えば少しだけ、羨ましかった。

 きっとこの子は内臓が焼け付く痛みを知らない。
 喋ろうとした次の瞬間に赤ん坊になったり、

「っていらっしゃらないのでしょうけれど、私たちは幼少期から長い期間を共に過ごしてきたかけがえのない存在なのです。それを星読みだけで突然現れた貴女がどうさ」

 至近距離で初対面の老人にいないいないばぁをされる驚愕も、
 酔いそうになる抱っこも、煩く音痴な子守唄も、聞き飽きた読み聞かせも、
 剣を振り下ろされる恐怖も。

「れても上書きなどできないのですわよ!!」

 ぶるっと震えが来て、思い切り護衛を睨んでやった。
「え? え? このタイミングで私ですか?」
「当たり前でしょう、あなた以外に誰を睨むというの……さぁ、では行きましょう。ごきげんよう、カタリーナさん! またね」
「聞いていらっしゃるの!? お待ちくださいませ、まだ話は」
「ぜひ今度、お茶でもしましょう」


 ****

 皇室エリアから中庭を挟んで対角線上にある北の塔は古い石造りの建物だった。
 ウェイの後を追い、二階分ほどの階段をあがると、その部屋にはつばのない白い帽子を被った女性が私を待っていた。
「待っていたわ、王女様! ずーっとお会いできる日を楽しみにしていたの!」
「初めまして、ジゼルです」
 互いに自己紹介をするけれど、そもそも星読みによって私を呼んだのは他でもないこの女性だ。
「不思議なんだけど、星読みで頭に浮かぶ文字を読みあげるのだけど……初めてじゃないって思ったの。ジゼル様のお名前をずーーーっと前から知っていたって。こんなことって初めてで。だからもう、本当に会いたかった!!」
 人懐っこい呪術師のリンゴはふわふわでチリチリのブロンドが雲みたいに膨らんだ不思議な髪形をしていた。髪の綿の中でハムスターでも飼えそうだった。星読みをしていた時には呪術師として働いていた訳だから私よりも年上のはずだけれど、少女のようにも見えるし妙齢の女性にも見えるし、ふとするとやっぱりかなり年上にも見える、摩訶不思議な外見をしていた。
「突然の訪問ごめんなさい。私もあなたに沢山聞きたいことがあって」
「オッケ~! お茶を淹れるわね」

 ウェイは扉の外に立たせ、私はリンゴの部屋でお茶をいただくことになった。
 こんな遠く離れた国まではるばる呼びつけてまで彼女が私に毒を盛る理由はさすがにない。リンゴの纏うスッキリとした空気も手伝って、久しぶりに気を抜いていられた。

「呪術師の方と会うのは初めてなの。あなた方は生まれた時から呪術師なの?」
「う~ん、どうかしら。数が少ないから私も二人くらいしか友人がいないけれど、みんな十歳前後で気が付いたのは同じみたい。なんか出来そう? みたいな」
「できそう?」
「そう。例えば離れているけどドアが閉められそう、みたいな」
「そんなことが出来るの?」
「実際はドアを閉めるんじゃなくて、風を送るんだけどね。私たちが出来るのは自然にそこにあるものが基本なの。すぐそばにあるエネルギーを借りる……のが近いかな。だから突然宝石を出したりは出来ないのよ。残念ながら!」

 なるほど。
 じゃあボードゲームを呪術で私のベッドに置くことも勿論できないわね。

 私はずっと聞いてみたかったことを口にする。
「人を操れる?」
「へ」
「それをやって欲しいとか、そういう意図はないの。変な質問をしてごめんなさい。昔、どうも操られているとしか思えない人を見たことがあって……何年も何年も、とても大事に護っていた護衛対象の女の子を騎士が泣きながら殺してしまって」
「え~っ! そんな大変な事件があったの!?」
 リンゴは驚く。
「ええ。見る限り、彼は殺すことに抵抗していたように見えたわ。女の子に逃げろと。だから、後から考えれば誰かに操られていたとか、何かそういうのろいが存在しているんじゃないかって」
 なるほどぉ! とガサガサとお菓子を出してくれながら彼女は興味深く、だけどとてもあっさりと「かもね!」と肯定した。


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