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第1章 望まれぬ献身
14話① 声の主
しおりを挟む「━━!━━マ!!起きて!ノマ!!」
誰かの、ボクを呼ぶ声がする。頬にひんやりとした冷たさを感じ、そして土の匂いに目を開ける。
「ん……」
ぱちぱちと瞬きをして、体を起こす。感覚が戻ってくる。手足がちゃんと動くことを確認し、立ち上がる。あれ、そういえば誰かに呼ばれてた……?
「ノマ!!無事なの!?」
「っ!あ、フォトナさん!!」
上からこちらをのぞき込むフォトナさん。そうか、ボクは大精霊に記憶を見せられて……。そっと頬を指でなぞる。泣いた形跡が感じられない。目も腫れてなさそうだし、泣いたと思ったのは精神的なものだったのかもしれない。あそこは現実では無かったし……。
「フォトナさん!!もう少しだけ待ってください!!すぐ戻ります!」
「ほんとに大丈夫なのね!? 後でちゃんと教えてね!!」
はい!と返事をしたけど、全てを話すのは難しい。特にバリバラナらしき人物が居たなんて知ったら集落の人は恐れるだろう。それでもちゃんと説明できることは説明して、ボクも聞こう。リグルという男の子について、もっと知らなければいけない。
「……それで、ボクにあの記憶を見せてどうすればいいの?」
表情は分からないけど、こちらを眺めているであろう大精霊に声をかけると静かな声が返ってきた。
(それはお前が決めること)
「あの記憶の続きは?」
(無い)
リグルは最後、泉を去っていた。だから大精霊が知らないのは変じゃない。でも、『今はこれだけ知りなさい』と言った。きっと大精霊は知っている。それでも教えてくれないのは何か理由が……?
「あの後のことを知りたいんだ。リグルはどうなったの?」
(それはまだ知るべきではない)
「どうして、知りたいんだ」
(いずれ知ることになる)
絶対に教えないぞと頑なな態度の大精霊。今すぐ知りたいけど、きっと答えてくれないんだ、諦めよう。ボクは大精霊に礼を告げて仕方なく背を向けたが、そこに声が掛かる。
(方生いよ)
「……? ボク?」
(全ては世界の理ゆえ。詮方無い事)
「……なんのこと?」
(背負うべきものを間違えるな)
それを最後に、大精霊は姿を消した。なんの事だか分からないけど、ボクを気遣ってくれたのは分かった。ぶっきらぼうな大精霊だったけど記憶を見せてくれたり優しいな。もう一度だけ礼をいって今度こそ背を向けた。
「さて、これを登るわけですが」
上にはフォトナさんが居るし、あまり超人的な事はしたくない。魔法、使えるよね? まさか使えないままってことはないと思うんだけど。
……試してみるか。
指をくるっと回すと、びゅん!と目の前を旋回する風が現れ魔法が発動するのを確認する。よし、これなら魔法で飛びましたって堂々と言える。気持ちも落ち着いてるし、べつに詠唱は要らないかな。
自分の下に上昇気流を想像すると、次第に風が集まりだして髪をなびかせる。安定した風の強さになったらその場で飛び跳ねて地面に背を向ける平行な姿勢をとり、横になったボクを押し上げてくれる風に上手く乗る。
「よっと……えい!」
掛け声とともに上に登るボクの体。まるで風のベッドだ。視界の下に流れる岩肌を眺めながら、でも落ちないように精霊たちが制御しきれないところを補う。
「ノマ!落ちた時も驚いたけどそんなことまで出来るのね、魔法って凄いわ……」
崖の上までたどり着いたから風のベッドをふわっと霧散させる。
「よっ、と。落ちた時はすみません。驚かせましたよね」
「無事ならいいの。それより、下で何があったの?誰かと話してたようだけど……」
「あの泉、大精霊が住み着いてたようで」
ボクはバリバラナの所を抜かして説明した。精霊が記憶をボクに見せた事、リグルという少年の事。連れ去られた所の記憶は見なかった事にした。
「……リグル、たしか遺書に出てきたわ」
「それ、今日見せて貰えますか?」
「分かったわ。じゃあ時間も無いし、帰りは私に掴まって」
「……え?」
掴まってと言われても、どこに掴まれば? ボクはまだ変態にはなりたくないです。いやいや、と抵抗するボクをがしっと掴まえて走り出すフォトナさん。
「っええ!!っうわあああ!!!」
「舌噛むわよ」
「っっいひゃい!!ひゃみまひた……」
「ほら見なさい」
記憶で見た連れ去られるリグルの気持ちが少しわかった気がした。
※
2人の見張りの元までたどり着いた頃には、ボクはヘロヘロになっていた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
「さすがに……疲れたわ、はぁ」
「で、でしょうね……」
つねに変化する重心と揺れによって体力が奪われた。1回しか休憩しないとか信じられない。獣混種の本気をこの身体で感じた、やばすぎる。
「まだこの明るさなら……ノマ、行ける?」
「は、はい、行きますぅ」
明日でいいです、なんて言えなかった。狼狽える見張り役を置いてフォトナさんは歩き出す。その背中をボクはひたすら追いかけた。
またもや好奇の目で見られながら集落の中をあるきつづけるボクたち。昨日も一緒にいたんだし、慣れて欲しいなぁ。
「ごめんなさいね、私が誰かと歩くのは珍しいみたいで」
そんな空気をよんだのかフォトナさんが謝り出す。
「いや、フォトナさんが謝ることじゃないですよ。元はと言えばボクが……あ」
「……そうだわ、何か手がかりは見つかりそう? 大切な人なんでしょう」
そうだった、すっかり忘れてたけど ボクは自分の大切な人を探している設定だった。バリバラナのことは言えないし、見つけたことも伝えてないから全く手掛かりがないってことになる。
「今のことは全く……でも、あまり迷惑をかけるわけにはいかないので、ダグラス達と一緒に帰ろうと思います」
「気にしなくていいのよ、本当に」
心配そうにボクを見るフォトナさん。優しさと思いやりに満ちたその瞳をみると、殊更迷惑をかける訳にはいかないと思った。
「ユグル以外も探すつもりだったので、2週間で丁度いいんです。手がかりがなかった、それも手がかりと言えませんか?」
「……そう、貴方が良いなら良いのよ」
何か手伝える事あれば言って、と笑いフォトナさんは再び前を向く。
手掛かりかは分からないけど、バリバラナに関しての情報は得た。リドリー家に伝わっていたという内容にある花畑も崖も見た。あの丘にはもう何も無いだろう。あるとすれば『遺書』だ。
「……そういえばその女の子、フォトナさんの御先祖の名前って、何でしたっけ?」
「リアナ。リアナ・リドリーよ」
胸を刺すような、響きのする名前。
「リアナ……さん」
舌の上で転がすようにボクはその名前を呟いた。その時、また声が響いた。
『リアナ』
「っ!」
喉に詰まるような、胸をえぐるような声色。そしてどこか憧憬と渇望を感じさせる声が、響く。
『会いたい』
「……あい、たい」
「どうしたの、ノマ」
立ち止まったボクを気遣うフォトナさんの声は、脳内の声にかき消された。そして
『……見てみたかった』
その言葉を最後に声は止んだ。ボクに余韻を残して。
━━━声の主が、分かったかもしれない。
「ノマ! ほんとに、どうしたの」
「あ……すみません、ぼーっとしちゃって」
ボクの両肩を前から掴んで顔をのぞき込むフォトナさんの顔。なんとなく、何か足りないなと思った。
「……明日にしとく?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと魔法使いすぎたかも。もう平気なので行きましょう」
それでも心配をするフォトナさんを宥めながら歩き出した。
『リアナ』
と、呼んだその人はきっと、リグルだ。それ以外考えられなかった。彼以外にあの呼び声は出せないと思った。
でも、何故ボクなのかは分からなかった。
※
あれから特に問題もなくリドリー家に着き、リアナさんの遺書を見せてもらうべくボクは案内された部屋で待っていた。
「入るわよ。……はい、これが遺書よ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、何かあったら近くに人がいるから呼んで」
フォトナさんはボクに封の空いた遺書を預けてから部屋を出ていった。いいのかな、大事なものだと思うんだけど……。まあいっか。
机の上に遺書を置き、中身を取り出す。丁寧に保管されてたんだろう、とても綺麗な状態だ。
「リアナさん、失礼します」
ボクは、リアナさんの思いが詰まった手紙を開いた。
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