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第1章 望まれぬ献身
16話 ただ1人のため
しおりを挟む部屋を出たら直ぐに女の人に声をかけられ、フォトナさんに会いたいと告げた。そして彼女に連れられたのは、フォトナさんが居るという同じ階の別部屋だった。
「フォトナ様、ノマさんが会いたいと」
「いいわ、入って」
そっと女の人が戸を引き、中を入るように促される。素直になかに入るとリグルの部屋と同じように正面に窓があった。そしてその横には丸い机を挟んで2つの椅子。1つの椅子にはフォトナさんが座っていた。照明は夕日だけで、少し薄暗かった。
「どうしたの、ノマ」
「あの、これ」
震える手でボクは空色の石をはめた耳飾りを見せた。
「━━━綺麗な髪飾りね。どこで?」
「リグルさんの机の中、右の引き出しの奥に、隠すように」
「そう……そんな所に」
気づかなかったわ、と呟くフォトナさんの顔は思い詰めた様な表情でじっと髪飾り見つめていた。そして椅子に座るよう促され、ボクは椅子を引いた。
「この石、貴方の耳飾りのじゃない」
「ぴったり嵌ったんです。これってリグルさんの、じゃないですよね」
髪飾りを付ける男性は珍しい。きっと女性用。てことは、何となく予想できた。
「多分、リアナさんに渡そうとしたんじゃないかしら。渡す前に亡くなってしまったけれど」
「……これ、フォトナさんに預かってもらってもいいですか」
もし、もしもそれが本当ならば、これはボクが持っておくべきものでは無い。2人の家、リドリー家に渡すべきだ。この石はクラウスから貰ったものだけど、きっとクラウスも分かってくれる。
「……貸して」
ボクの手から髪飾りを受け取り、フォトナさんはその茶色の髪に付け始めた。そして手鏡を持ってこう言った。
「私には分不相応だわ。きっと私の子供にも、母にもね」
そう思うでしょう?と、フォトナさんはボクの方を向きながら笑った。確かにボクは、失礼にも程があるけど、少し違うなって思ってしまった。もっと、明るい茶色の髪だったら似合いそうだ、なんて……
「……なんで、ボクは」
「どうしたの?」
「あ、いえ……」
自分が自分じゃ無くなった、そんな違和感。思うはずのない事を思ったり、聞いたり、訳が分からなかった。でもこの髪飾りはボクのものでは無い、それだけは確信していた。
「これ、ボクが持っているべきじゃないと思うんです」
「なら、どうしたらいいかしら」
「……お墓。遺書の中にリアナさんが作ったという。そこに置きたいです」
「ノマがそうしたいなら、そうしましょう。でも、そのお墓は移動してしまったの。理由は行った時にでも話すわ」
昨日行った花畑の近くにそのお墓はあるとフォトナさんは言った。どうして昨日見せられなかったのかと思ったけど、そう言えばボクは情けない姿を見せてしまったから時間が無かったんだと思い直した。
「明日でもいいけど、今日は流石に疲れたわ。明後日でもいいかしら?」
「大丈夫です。今日はすみません、抱えてもらっちゃって」
「気にしないで、あなた軽いもの」
「か、かるい……」
ボクは確かに身体は大きいほうじゃないけど、特別小さい訳でも無い。長命種の平均よりは低いとはいえ……獣混種の人はどのくらいから「重い」と認識するんだろうか。
「じゃあ今日は帰りなさい。そろそろ心配する頃じゃないかしら」
「あ、そうですね! 帰ります」
そういえば本当に暗くなってきた。そろそろ帰らないと夜ご飯に間に合わない。
「じゃあ、明後日にまた来て」
「はい、ではまた」
部屋を出たらすかさず女の人が来て、家の出入口まで案内してくれた。そのまま寄り道をせずにダグラス達の居る家まで歩いて行った。
✳
家に着き、食事する部屋の扉を開くとバロンがこちらに気づき言った。
「おおノマ、ギリギリだな。お前の分まで食っちまうとこだったぜ」
「あぶな、やめてよね」
はっはっは、と相変わらず気持ちよく笑うバロン。ダグラスはもう既に部屋に戻ったらしい。ボクもおばさんの作った夜ご飯を食べよう。少し冷めてるけど、充分美味しい。
「なんか昨日からどっか行ってるみてぇだが、どうだ? 何か進展あったか」
残り少ないご飯を行儀悪くつつきながら、こちらを伺うように聞くバロン。そういえば昨日は2人には会えずに1人で食べたんだっけ。
「ううん、今んとこ無いや」
「そうか、明日はまたどっか行くのか?」
「明日は集落を回りたいな、昨日今日は外に出てたからね」
「お、なら丁度いい」
バロンは手を叩いて一緒に集落を回ろうと提案した。なんでも、明日は商品を買いに家々を回るらしい。今日までは集落の人と喋ったり、子供たちと遊んだり、田舎特有の穏やかな時間を楽しんでいたんだとバロンは言った。
「んじゃ、また明日な! 朝おきろよ~」
部屋の仕切りの向こうにある台所に食器を片付けたバロンが手を振りながら部屋を出ていく。すると入れ替わりでおばさんが入ってきた。
「おやノマ、来たんだね。ゆっくり食べな」
「遅くなってすみません、ありがとうございます」
にこりと笑ってから台所におばさんの姿は消えていった。急いで食べよう。
シャクシャクシャク
それにしてもこのシャキシャキした野菜、美味しいなぁ。この果物も熟れてあまくて美味しい。全部美味しい。
「ご馳走様でした」
食べ終えた食器をまとめて台所に持っていくとおばはんが洗い物をしていた。
「いつもありがとうございます。美味しかったです」
「あら、有難うね。お口にあったようで良かったわ」
ふふふと笑った後におばさんはところで、と話を変えた。
「確かあなた、左耳に綺麗な耳飾りを付けていなかった? もしかして無くしちゃったの?」
「あ、違うんです。なんて言ったらいんだろ」
どう説明しようか悩みながらポケットから石のはまった髪飾りを取り出す。
「実はこの石、この髪飾りの一部だったみたいで」
洗い物をしていた手を止めてボクの手元をじっと見つめたあと、おばさんはこう言った。
「なんか見た事ある気が……どこだったかしら」
うーんと唸った後、閃いたかのように目を大きく開いた。
「そう! 昔、ダグラスさんに見せてもらったんだわ! とても綺麗な絵だったの」
銀色と白、そして1つ描かれた空色がとても綺麗だったと目を輝かせて熱弁するおばさん。その特徴はたしかにこの髪飾りと一致していた。
「確かダグラス、この石見たことあるようなって……」
「やっぱりそうよ! この髪飾り、あの絵の髪飾りだわ!」
興奮が収まらないおばさん、相当綺麗な絵だったんだろうな。それにしても、ダグラスが髪飾りの絵を持ってるんだ……今もあるだろうか。
リグルがリアナに渡そうとした髪飾り。今更だけど、リグルはどうやってこの髪飾りを手に入れたんだろう。自分で作ったのだろうか、それとも誰からか買ったのだろうか。行商人のダグラスが髪飾りの絵を持ってるからにはダグラスが関係してると思うけど、年代が合わない気がする。リグルが生きていた、少なくとも病が発生した200年前はダグラスは生まれてすらいない。
なら、どうしてダグラスは絵を持っているのか?
そんな疑問を抱きつつ、興奮しているおばさんを置いて自室に戻る。そして机に髪飾りを置いて寝巻きに着替える。本当はそろそろお風呂に入りたいけど、残念ながらここには浴槽はなかった。現人神体に成ればそれまでの汚れとかその他諸々はきれいさっぱり無くなるから問題ないけど、精神的にね。
ぱぱっと現人神体になって清潔な体になり、直ぐに人体に戻る。一見両者に変化は無いけど、精霊達や魔物にはその違いがわかるらしい。眠気もなくなるからあまり使いたくないんだよね。今日は朝まで起きてる事になりそうだ。わがまま言わずに黙って浴びるだけで我慢すればいい話なんだけど。
「ふぁ」
ベッドにぼすん、と横になる。明日はどんな一日になるのだろうか。昨日今日みたいに、悲しくなったり、自分が分からなくなるのは嫌だな。明日は色んな人と話して笑って、そんな一日になるといいな。
月明かりがほのかに入る部屋の中、ボクは窓辺の薄桃色の花を眺めながら朝を待った。
______________________________
似合うと思った、けど
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