短編集

明里和樹

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これは押し活に入りますか 〜小心者な私の、世界へのささやかな反逆〜

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 皆さんは、好きな食べ物はありますか?

 逆に、嫌いな食べ物はありますか?

 大抵の方はこの質問に、はい、と答えると思う。


 ではもし、あなたの大好きな料理に、好きな食べ物と嫌いな食べ物、両方使われていたとしたら──あなたなら、どうしますか……?

 嫌いな食べ物だけ残す?

 我慢して食べる?

 それとも最初から、その料理を食べない?

 おそらくこの質問に対しては、人によって意見が分かれることでしょう。



 ところで私は、豚カツが好きです。

 一口かじれば、サクッ、とした衣の食感と、その内側に包まれていた豚肉から、じゅわっ、と脂が染み出してきて、濃厚なソースと絡み合い、口の中が衣とお肉とソースの味で、大変幸せなことになる。


 ところで私は、玉ねぎが苦手です。

 好きな方には申し訳ないのですが、火を通した玉ねぎの、あの……、ぶよっ、とした食感と、甘みの中に混じるねぎ類特有の、あの……なんともいえない刺激が、嫌いというか、どうにも苦手でして……。
 余談ですが『ねぎ』と名の付く食材は全般苦手です。そのことを友達に話したところ「犬かな?」と、半笑いで生暖かい返事をいただきました。人間だよ!    あとワンちゃんには普通に危険だから、もし食べてしまったら獣医師さんに診てもらいましょう!
 ちなみにその友人は犬より猫派と普段から豪語しております。なんで?    ワンちゃんもかわいいでしょう?    それにねぎが苦手なワンちゃんは、勝手に私の同志だと思っている。モフモフいいよね……。でも確かにネコちゃんもかわいい。魅惑の肉球。ぷにぷに……。…………なんの話でしたっけ?    ああそう、ねぎの話でしたね。


 そう、ねぎ!

 日本人なら誰もが一度は口にするであろう、煮て良し焼いて良し生で良し、大抵の料理に合う、もはや日本人のソウルフードともいえる、あの万能の食材です!

 皆さんも思い返してみれば、そういえば今日のごはんに入ってたな、とか。料理番組なんかでも、よく使われているな、とか。思い当たる節はあるかと思います。

 でもね、私は思うのです。この世界──ねぎを推し過ぎではないだろうか?──と。

 ええ、別にねぎが苦手だから言っているわけではないのです。

 なんというかこう……番組とかレシピサイトとかを見ていると、「とりあえずねぎを入れてみました」「とりあえずねぎを使っておけば間違いない」「ねぎを嫌いな人なんているはずがない」という固定観念がすごいなー、と感じるのです。

 いえね?    ねぎなら安くて買いやすいですし、生でも食べられるので火の通りが甘くても、食あたりしづらいでしょうから、取り扱いやすい食材なのはわかるんですけどね。

 それにしたって「彩りが欲しいから」という理由で、仕上げに青ねぎを乗せたり散らしたりするのはいかがかなものか?    と思うのです。味じゃなくて彩りだけならそれ、青海苔とか三つ葉じゃダメなの?    と。彩り=ねぎ、みたいな、思考停止状態に陥っていませんか?    と。


 ところで話は戻るのですが、皆さんは好きな料理に嫌いな食材が入っていた場合、どうしますか?

 私は……我慢して食べます。あくまでも苦手……というだけで、アレルギーだから食べられない、というわけでもないですし。何より出された料理を完食しないのは食材がもったいないし、作ってくれた方にも失礼ですしね。
 お店によっては注文時にお願いすれば、お寿司のわさび抜き、みたいに対応してくれるところもありますが、私のような小心者にはそれもなかなか言いづらくてですね。

 それにですね、思い出してください、皆さん。よく酢豚にパイナップルはありかなしかが論争になりますが、その影に隠れてひっそりと──玉ねぎが入っていませんでしたか?

 牛丼、天丼、親子丼。丼と名の付く料理には大抵──玉ねぎが入っていませんでしたか?

 炒め物、汁物、鍋物……彼、彼女らはどこにでも潜んでいるのです。

 オニオンスープやオニオンリングといった「玉ねぎ使ってます!」と主張している料理は注文しなければいいので大丈夫なんですけどね。

 問題は不意打ち的にくるアレです。
 味噌ラーメンを頼んだら刻んだ玉ねぎが入っていたり……、定食なんかの付け合わせのサラダにスライスした玉ねぎが入っていたり……。

 こんなのもう、回避できませんよ……。

 日本人、ねぎが好き過ぎません?

 ええ、重ねて申し上げますが、ねぎが好きな人を否定するつもりはありませんし、お店の方も試行錯誤の結果、おいしいと思って作っているのもわかっているのです。

 でもね、ねぎが苦手な私としてはこんな状況ではもう……諦めてしまうのです。

 結局、我慢して食べてしまうのです。

 これだけねぎを苦手だなんだと言っておきながら、我慢して食べてしまう。私の主張なんて、その程度です。


 ただし、これは外食の場合、である。

 家で食べる場合──私は小心者から、自由気ままな反逆者へと変貌する。

 そう、こんな私にだって希望はある。世界がねぎを推してくるのなら──創作してしまえばいいのである。ねぎの入っていない料理を!

 ……とまあ大げさに語ってみましたが、要するに、家でなら好きな食材だけを使って、好きなように調理する、ってだけなんですどね。

 人気のレシピも、世間の常識も関係ない。ただ、好きな料理を、私好みに作って、おいしく食べたい。

 だから私は、その、ささやかで我が儘な願いを叶えるために、今日も、台所に立つ。



 フライパンにお水、醤油、みりん、料理酒、砂糖、だしの素をそれぞれ適量入れ、火を点ける。私は甘めが好きなので、気持ちお砂糖は多め。

 その間にスーパーで買ってきた冷えた豚カツを、衣をサックサクにするためにオーブントースターで温める。……うん、一からカツを揚げるのは大変だし、これなら失敗はないからね。……て、手抜きジャナイヨー?

 カップに卵を割って、黄身と白身が混ざらない程度に適当にかき混ぜる。あの黄身と白身が混ざりきってない感じが好きなんだよね。

 チーン!    というオーブントースターの軽快な音がすると、フライパンの中がふつふつと煮立ってきたので、丼にごはんをよそる。うーん……お腹が空いてるから、これも気持ち多めで!

 スプーンでフライパンの中を一掬い。そして味見。……うん、オッケー!

 そこにカツを入れて一煮立ち。すでにトースターで温めてあるのでそんなに煮る必要はないけど、煮ないと味が染み込まない。かといって煮すぎると、今度は衣がべちゃべちゃに……。この加減がいっつも難しい。

 今回は衣サクサクを目指して、ここで早くも溶き卵の半分以上を投入。

 フライパンを適当に揺すって、カツと溶き卵がいい感じに絡まるように調整。卵が少し固まってきたら、残りの溶き卵も投入。半熟加減を見極める。

 盛り付けてから食べるまでの間にも熱が通るのを考慮して、好みの半熟感よりもすこし早めに火を止める。

 ほかほか丼ごはんの上に、熱々のフライパンの中身をよそえば──はい、私特製の玉ねぎ抜き、とろとろ半熟卵カツ丼、完成で~す。

 うん、いい感じにできたかな。

 食欲をそそる、甘じょっぱいカツ丼のいい匂いに釣られ、今すぐにでも食べたいのを、ぐっ、と堪え、スマホ取り出してカメラを起動。

 ほかほかと湯気を立てる出来立てのカツ丼を、いろんな角度から、パシャ、パシャ、と撮りまくる。

 ……うん、彩りがないから見事に茶色いね。卵の黄色が多少のアクセントにはなってると思うけど。あ、そういえば。

 戸棚の中から取り出したきざみ海苔を、丼の中央にパラパラと散らして……うん、いい感じ。……茶色に黒が足されて、映えとは程遠い地味な絵面だけど、いいんだもん、好きなんだから。

 再びスマホでパシャパシャと撮影し、その中で一番美味しそうに撮れた写真に短いコメントを付けて、SNSにアップ。

 別にバズりたいわけじゃないし、誰かに肯定して欲しいわけでもない。主張といえるほど、強い想いがあるわけでもない。

 ただ、ねぎが苦手な私の、ねぎを推してくる世界への、ほんの少しの抵抗。ささやかな反逆。その記録。

 ……ま、結局ただの自己満足なんだけどね。まあでも、私の投稿を見て、誰かが喜んでくれたなら、うん、それはそれで嬉しいかな。
 でもそうか。人から見たら好きなものを応援しているわけだから、これも一応『推し活』になるの……かな?    ……カツ丼だけに。

 ……いや待って違うんです今のは忘れてください私の父がこの手の親父ギャグが好きでですねよく言っていたなあと思い出してですねぇ……あああぁぁぁ……あー、そうだ!    そんなことよりも冷めてしまう前においしく食べないと!    料理はできたてが一番ですからね!

 テーブルに移動し、あらかじめインスタント味噌汁を投入しておいたお椀にお湯を注ぐ。もちろん具材にねぎは入っていないタイプです。……て、手抜きジャナイヨー?

 カツ丼と味噌汁の黄金コンビを並べ、手前にお箸を置いてから席に着く。一度ゆっくりと深呼吸。それから両手を合わせる。

 …………では。

「いただきます♪」
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