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十五 祖父の死と兄の失踪 真吾の捕縛
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火事は明け方になって、ようやく鎮火した。
屋敷は全焼し、蔵のみが、庭の一隅にぽつんと取り残されている。
由蔵は自室から無残な遺体で見つかったが、隼人助の遺体は発見されなかった。
火付盗賊改方から、与力の雨宮右膳がやって来て、きびきびと差配を始めた。
真吾は茫然自失の体で、松の木の根元にへたり込んだまま動かない。
お栄が、真吾の背中を撫でながら、あれこれ声をかけている。
「崎十郎殿」
右膳が声をかけてきた。
「これは右膳殿、お役目、ご苦労に存じます」
焼け跡を見回る右膳と歩を合わせて歩き始めた。
右膳は与力としての顔ではなく、友の眼差しで崎十郎を見詰めた。
「崎十郎殿の屋敷と近いゆえ、御母堂は、さぞかし驚かれたであろう。崎十郎殿が在宅の時期で幸いであったな」
「ご心配、痛み入ります。なれど、あの養母は拙者より胆が据わっておりますゆえ大丈夫です」
笑いながら、手を大きく振って打ち消した。
「いやいや、気丈に見えても女子は女子じゃ。昨年、崎十郎殿が薩摩に出向かれた際に、おひとりで心細くしておられぬかとお訪ねしたところ、ずいぶんこぼしておられたぞ」
崎十郎は右膳の心遣いが嬉しかった。
「養母が一言も申しませぬゆえ、まったく存じませんでした。いまさらながら、お心遣い、かたじけなく存じます。して、養母はどのように申しておりましたでしょうか」
「崎十郎殿を、たいそう頼りにしておられる。崎十郎に任せておけば加瀬家は安泰と誉めておられたぞ」
「養母がそのように申したとは意外でした」
面映ゆく感じたが、次の瞬間、はたと合点した。
体面を重んじる園絵だから、他人には『よくできた息子』と思わせたいに違いない。
(まさか、つまらぬ自慢などしておるまいな)
養父に仕込まれた武芸の腕前を大袈裟に吹聴していなかったかと、こめかみに嫌な汗を感じたが、
「御母堂の期待にさらに添うよう、剣の腕もしっかり磨かれぬとな。ははは」
右膳は可笑しそうに笑った。
蔵の前の広い庭に出た。
石灯籠の近くに、戸板に載せられた由蔵の焼け焦げた遺体が見えた。
「右膳殿、検分が終わりもうした」
検使与力が右膳に近づいてきた。
「ご苦労に存じます」
右膳が貫禄のある態度で応じた。
「このお方は?」
検使与力は崎十郎に警戒の色を見せた。
「こちらは御小人目付の加瀬崎十郎殿にて大事ござらぬ」
右膳の紹介に、崎十郎は検使与力に向かって一礼した。
「では、報告を申し上げるが……」
検使与力は、もったいぶって咳払いしてから、
「蔵地由蔵殿の死因は刺殺で、火事は火付にてござる」と言明した。
「なんと、それは、まことですか」
崎十郎は思わず声を上げた。
由蔵の真の姿を知って憎くなった真吾が、積もり積もった憤懣を爆発させたのではないか。
画への異常なまでの執着を併せて勘案すれば大いに頷けた。
(大げさに芝居をしていたのか。焼けてしまえばすべて隠し通せると安易に考えたのだろう)
疑惑が黒い雲のように広がった。
「ただちに真吾殿を、これへ」
右膳の指図で、捕り方が屋敷の裏手へどやどやと向かった。
「真吾が火付けの張本人なら、いまごろ、とっくに行方をくらませているはずじゃございませんか」
いつの間にか近くに来ていた善次郎が口を挟んだ。
「そこもとはなに者じゃ。黙っておれ。お上の邪魔をいたすでない」
検使与力が一喝した。
崎十郎は首を振り、善次郎の袖をつかんで引き下がらせた。
「まだ真吾殿の所業と決まったわけではない。行方が知れぬ隼人助殿も見つけ次第、取り調べいたす。外から侵入した者がないともいえぬ」
右膳が静かな口調で善次郎に声をかけた。
「どういうことでございますか」
両側から腕を取られながら、無腰の真吾が引き立てられてきた。
顔面蒼白で唇がわなわなと震えている。
検使与力は、真吾の小袖や頭髪に血の臭いが残っていないか調べ始めた。
「入念に洗い落としたとみえて血の臭いはござらぬ」
首を横に振った。
「真吾の両刀をあらためよ」
右膳の指示で、同心が真吾から取り上げていた大刀を、すらりと抜き放った。
「わずかに跡がございます」
同心の返答に、真吾は、
「まさか、そのようなはずはありませぬ」
狂ったように身をよじって暴れ始めた。
善次郎は痛ましげに首を振った。
(水を多量に浴びておったわけは、返り血を洗い流すためであったか)
いまだ水をたっぷり含んだままの真吾の着衣に目をやった。
「真吾に縄をかけろ」
右膳が配下の同心に命じ、真吾はたちまち高手小手に縛り上げられた。
「これは、なにかの間違いでございます。わたくしが、なぜ祖父を……」
引っ立てられていく真吾に、崎十郎と善次郎は顔を見合わせた。
「隼人は真吾の犯行に気づき、連座を恐れて、いち早く逃げ去ったのでしょう」
「どこへ消えたか知らぬが、隼人助も見つかりしだい、お終いだな」
善次郎は年寄りじみた暗い笑みを浮かべた。
「いかにも。弟がこのような罪を犯したとなれば、当主の監督責任は免れませぬ。御家断絶は必定。切腹か、遠島のお裁きが申し渡されるでしょう」
真吾を凶行に追い詰めた元凶だと思えば、憐れみなど微塵も湧かなかった。
「連座を恐れて逃げたのだから、卑怯未練の振る舞いとして斬首も有り得るぞ」
善次郎は歯を剥き出してつけ加えた。
屋敷は全焼し、蔵のみが、庭の一隅にぽつんと取り残されている。
由蔵は自室から無残な遺体で見つかったが、隼人助の遺体は発見されなかった。
火付盗賊改方から、与力の雨宮右膳がやって来て、きびきびと差配を始めた。
真吾は茫然自失の体で、松の木の根元にへたり込んだまま動かない。
お栄が、真吾の背中を撫でながら、あれこれ声をかけている。
「崎十郎殿」
右膳が声をかけてきた。
「これは右膳殿、お役目、ご苦労に存じます」
焼け跡を見回る右膳と歩を合わせて歩き始めた。
右膳は与力としての顔ではなく、友の眼差しで崎十郎を見詰めた。
「崎十郎殿の屋敷と近いゆえ、御母堂は、さぞかし驚かれたであろう。崎十郎殿が在宅の時期で幸いであったな」
「ご心配、痛み入ります。なれど、あの養母は拙者より胆が据わっておりますゆえ大丈夫です」
笑いながら、手を大きく振って打ち消した。
「いやいや、気丈に見えても女子は女子じゃ。昨年、崎十郎殿が薩摩に出向かれた際に、おひとりで心細くしておられぬかとお訪ねしたところ、ずいぶんこぼしておられたぞ」
崎十郎は右膳の心遣いが嬉しかった。
「養母が一言も申しませぬゆえ、まったく存じませんでした。いまさらながら、お心遣い、かたじけなく存じます。して、養母はどのように申しておりましたでしょうか」
「崎十郎殿を、たいそう頼りにしておられる。崎十郎に任せておけば加瀬家は安泰と誉めておられたぞ」
「養母がそのように申したとは意外でした」
面映ゆく感じたが、次の瞬間、はたと合点した。
体面を重んじる園絵だから、他人には『よくできた息子』と思わせたいに違いない。
(まさか、つまらぬ自慢などしておるまいな)
養父に仕込まれた武芸の腕前を大袈裟に吹聴していなかったかと、こめかみに嫌な汗を感じたが、
「御母堂の期待にさらに添うよう、剣の腕もしっかり磨かれぬとな。ははは」
右膳は可笑しそうに笑った。
蔵の前の広い庭に出た。
石灯籠の近くに、戸板に載せられた由蔵の焼け焦げた遺体が見えた。
「右膳殿、検分が終わりもうした」
検使与力が右膳に近づいてきた。
「ご苦労に存じます」
右膳が貫禄のある態度で応じた。
「このお方は?」
検使与力は崎十郎に警戒の色を見せた。
「こちらは御小人目付の加瀬崎十郎殿にて大事ござらぬ」
右膳の紹介に、崎十郎は検使与力に向かって一礼した。
「では、報告を申し上げるが……」
検使与力は、もったいぶって咳払いしてから、
「蔵地由蔵殿の死因は刺殺で、火事は火付にてござる」と言明した。
「なんと、それは、まことですか」
崎十郎は思わず声を上げた。
由蔵の真の姿を知って憎くなった真吾が、積もり積もった憤懣を爆発させたのではないか。
画への異常なまでの執着を併せて勘案すれば大いに頷けた。
(大げさに芝居をしていたのか。焼けてしまえばすべて隠し通せると安易に考えたのだろう)
疑惑が黒い雲のように広がった。
「ただちに真吾殿を、これへ」
右膳の指図で、捕り方が屋敷の裏手へどやどやと向かった。
「真吾が火付けの張本人なら、いまごろ、とっくに行方をくらませているはずじゃございませんか」
いつの間にか近くに来ていた善次郎が口を挟んだ。
「そこもとはなに者じゃ。黙っておれ。お上の邪魔をいたすでない」
検使与力が一喝した。
崎十郎は首を振り、善次郎の袖をつかんで引き下がらせた。
「まだ真吾殿の所業と決まったわけではない。行方が知れぬ隼人助殿も見つけ次第、取り調べいたす。外から侵入した者がないともいえぬ」
右膳が静かな口調で善次郎に声をかけた。
「どういうことでございますか」
両側から腕を取られながら、無腰の真吾が引き立てられてきた。
顔面蒼白で唇がわなわなと震えている。
検使与力は、真吾の小袖や頭髪に血の臭いが残っていないか調べ始めた。
「入念に洗い落としたとみえて血の臭いはござらぬ」
首を横に振った。
「真吾の両刀をあらためよ」
右膳の指示で、同心が真吾から取り上げていた大刀を、すらりと抜き放った。
「わずかに跡がございます」
同心の返答に、真吾は、
「まさか、そのようなはずはありませぬ」
狂ったように身をよじって暴れ始めた。
善次郎は痛ましげに首を振った。
(水を多量に浴びておったわけは、返り血を洗い流すためであったか)
いまだ水をたっぷり含んだままの真吾の着衣に目をやった。
「真吾に縄をかけろ」
右膳が配下の同心に命じ、真吾はたちまち高手小手に縛り上げられた。
「これは、なにかの間違いでございます。わたくしが、なぜ祖父を……」
引っ立てられていく真吾に、崎十郎と善次郎は顔を見合わせた。
「隼人は真吾の犯行に気づき、連座を恐れて、いち早く逃げ去ったのでしょう」
「どこへ消えたか知らぬが、隼人助も見つかりしだい、お終いだな」
善次郎は年寄りじみた暗い笑みを浮かべた。
「いかにも。弟がこのような罪を犯したとなれば、当主の監督責任は免れませぬ。御家断絶は必定。切腹か、遠島のお裁きが申し渡されるでしょう」
真吾を凶行に追い詰めた元凶だと思えば、憐れみなど微塵も湧かなかった。
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