俺の静かなスローライフは終わった:モフモフを癒してただけなのに、盲目令嬢の呪いを鎮めたら「一生鎮め続けて」と溺愛ロックオンされた(胃痛)

cross-kei

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第01話:運命の衝突と聖なる暴走

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少女は、年の頃は十代半ばだろうか。
上質な、しかし今は少し汚れてしまったドレスを身につけ、
その手には白杖(はくじょう)が握られていた。

そして、彼女の隣には、歴戦の戦士のような風格を漂わせる、年老いた
ゴールデンレトリバーが寄り添っている。盲導犬だ。名前はアルゴスというらしい。

「すみません、このあたりで小鳥の鳴き声が聞こえたような気がして……」
少女は不安げに首をかしげる。その声は、澄んだ鈴の音のようだった。

「ああ、鳥なら今、治療が終わったところだ」
俺がそう言うと、手のひらの雛鳥が「ぴ!」と感謝するように鳴き、
元気よく飛び去っていった。

「……あなたは、お医者様、ですか?」
「いや、ただの通りすがりの冒険者だ」

その時だった。少女が日課のリハビリ中だったのか、一歩踏み出そうとして、
石畳のわずかな段差につまずいた。

「きゃっ!」「危ない!」

ガシャン、と白杖が落ちる。俺はとっさに彼女の体を支えようと手を伸ばす。
だが、俺より早く動いたものがいた。

老犬アルゴスだ。
よろめく主人を支えようと、老体に鞭打って無理な体勢で間に割って入る。
しかし、その動きは明らかに鈍く、少女もろとも倒れ込んでしまった。

「お嬢様!」

遠くの大通りから、焦ったような声が聞こえる。
立派な燕尾服(えんびふく)を着た老執事が、血相を変えてこちらへ走ってくる。

「大丈夫か、二人とも!」

俺はまず、少女とアルゴスに駆け寄る。
少女は膝を擦りむいた程度だが、問題はアルゴスの方だった。

「……っ、ぐぅ……」

犬は苦しそうな息を漏らしながらも、必死で立ち上がり、少女の顔を舐めて無事を確認しようとしている。その姿に、俺は息を呑んだ。

(こいつ……かなり弱ってる。いや、違う。これは病気だ。……タロと同じ、寿命か? いや、もっと重い……まるで、何かを『肩代わり』しているような……)

目の前の老犬の姿が、俺が救えなかったタロと重なる。誇り高く、
もう立っているのもやっとなのに、最期の瞬間まで主人に仕えようとする健気な姿。

「……お前は、本当に偉いな」
俺は気づけば、その老犬の頭に手を置いていた。

(ヤバい。執事も見てる。人前で魔法なんて)
だが、タロへの後悔が、俺の理性を上回った。俺のヒールは動物専用。
人間には大した影響はないはずだ。

「お嬢様! ご無事で――」
駆けつけた執事の言葉を遮るように、俺は呟く。

「【初級回復魔法(ヒール)】」

淡い光が俺の手から溢れ、アルゴスを包む。
神の言った通り、「動物特攻」の俺の魔法は、老犬に劇的な効果をもたらした。

「クゥン!?」
荒かった呼吸が、一瞬で穏やかになる。目に見えて毛並みに艶が戻り、
濁っていた瞳に力が宿る。まるで数年若返ったかのように。

「こ、これは……? アルゴスの長年の持病が……!?」
執事が目を見開く。

ガシッ。
回復したアルゴスが、俺のズボンの裾を強く噛んで引き留めた。
そして、倒れたままの少女に鼻先を寄せ、「クゥン!(この人も!)」と
切なげに鳴いた。

(……そうか。俺に、この子も助けてほしいのか)

自分が治ったことより、主人を。タロもそうだった。いつだって、
あいつは俺のことばかり心配して……。

「……ああ、わかったよ。お前の主人は、俺が治す」
もはや人目も、スローライフも、どうでもよくなっていた。
タロにできなかったことを、今、目の前でやる。

「(どうせ人間には大して効かない。擦り傷が治る程度だろ)」
俺は少女の前に屈み、決意を込めて彼女に向き合った。

「すまない、少し触れるぞ。すぐに楽になる」
俺は、擦りむ(む)いた彼女の膝に、右手をかざした。

「【ヒール】」

その瞬間だった。
(なっ!?)

アルゴス(動物)を癒した左手。
マリアナ(人間)を癒そうとする右手。

意図せず、俺の「動物への慈愛」と「人間へのいたわり」が、同時に発動した。

ゴウッ!!

神様が仕込んだ「特別仕様(タマシイノキズナ)」が、
俺の制御を離れて暴走を始めた。

「な、なんだこの光は!?」 
執事の悲鳴が聞こえる。俺の両手から溢れ出したのは、淡い光ではない。
世界を白く染め上げるような、荘厳で、絶対的な、黄金の奔流。

『《魂の絆》による魔法拡張を確認。【動物へのヒール】は
【万物への慈愛(ゴッド・ブレス)】へと強制進化しました』

無機質なシステム音声が頭に響く。
(は!? 神様!? 話が違うんですけど!?)

眩い光が収まった時。

俺の腕の中の少女が、ゆっくりと目を開けた。

光を失っていたはずのその瞳が、焦点を結ぶ。
驚きに見開かれたエメラルドグリーンの瞳が、目の前の俺の姿を、
はっきりと捉えていた。

「…………あ……なたは……?」

少女は、震える手で、俺の頬に触れた。

「……見、える……。あなたが……見える……!」
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